第604話 「ノースヘヴンで課外授業を②」
組み合わせが決まり、ルウが妻達を見回した。
彼女達は既にぺアを組む相手と一緒に立っている。
「じゃあルールの確認だ。購入予算の上限は金貨5枚までで、呪われたものは不可。種類と数は自由。制限時間は1時間――それで良いか?」
「「「「「「「OKで~す!」」」」」」」
「バルバトス、アモン……皆へ気を配ってやってくれ。良いな?」
妻達の返事があった瞬間にルウは2人の悪魔従士に命じている。
魔導拳の初歩以上を修めた彼女達ではあるが、万が一何かトラブルがないようにさりげなく見張れという指示である。
「は! ルウ様」
「了解!」
バルバトスとアモンは心得たとばかりに一礼した。
妻達が頼もしげに従士の2人を見やった後、彼女達は今居る広場を見渡す。
現在、蚤の市が開かれている広場は結構な広さである。
さすがに中央広場よりは狭いが、ざっと見て2/3に近い大きさだ。
多くの参加者が木製の展示台、もしくは敷物を敷いて簡易な形で店を出している。
ルウがいう通りに商人でない者の方が圧倒的に多かった。
妻達が顔を見合わせると一斉に身構える。
いつでも課外授業という名の勝負が開始されても良い様に、だ。
「よし、準備は出来たようだな。では俺が開始の合図をしよう。だが急いで走って転ぶなよ……用意……スタート!」
短い掛け声の直後に4組は一斉にスタートし、思い思いの方向に散って行ったのである。
その中ではスタートしてから比較的ゆっくり歩いているのはフランとジョゼフィーヌの組である。
「フラン姉、今回はどのような作戦で行くのですか?」
「そうね……私、先程ナディアが言った表現がジョゼに結構合っていると思ってね」
「ナディア姉が言った表現?」
ジョゼフィーヌは可愛く首を傾げた。
もう彼女の記憶が曖昧になっているようなのでフランはフォローしてやった。
「うふふ……貴女がゴージャスなマダム……宝石店の女主人も似合うって」
「もう! 嫌ですわ! 私そんなに派手でしょうか?」
ジョゼフィーヌはフランにそう言われて複雑な表情をしている。
彼女にとっては賞賛の言葉ではないらしい。
だが、このような例えが意味は同じでも、表現次第と伝えるタイミングでもある。
「ふふ、駄目よ。派手だなんて言っちゃ! 華があると言わないとね」
「華がある……ですか? うふふふ……」
ジョゼフィーヌは嬉しそうに微笑んだ。
華があるとは……言い得て妙である。
先程のマダム云々の表現より、ジョゼフィーヌは前向きに受け取ってくれたらしい。
「ええ、実家の爵位など関係なくジョゼが1番貴族令嬢らしいから」
「そんな!」
フランから「貴族令嬢らしい」といわれて戸惑うくらいだから、ジョゼフィーヌも随分変わったものである。
だがこうして、あまりゆっくりも話していられない。
フランはいよいよ話の本題に入る事にした。
「私は時間も無いし直ぐ方針を決めたの。貴女が私とペアを組むと決まった時から……貴女の方から提案があればぜひ聞かせて!」
「ジョゼからの提案は特にありません。というかこれから色々な勉強をしようと思っていますし、時間が無い勝負ですからフラン姉の経験に賭けます」
こう答えながらも、ジョゼフィーヌは決して優柔不断ではない。
フラン同様、彼女とのペアが決まった時に相手のA級鑑定士としての力量、そして経験に賭けると即決していたからだ。
「じゃあ、言うわね。私達、宝石で勝負しましょう!」
「宝石?」
宝石におぼろげな知識はあるが、万全のものではない。
しかし自分はこの魔法の天才である『姉』に賭けたのだ。
「まともに考えれば規定の予算である金貨5枚では大した宝石は買えないけど、それは普通の店の話。このような蚤の市では思いもかけない掘り出し物に出会える可能性があるわ」
「そうなんですか?」
きっぱりと言い放つフランの言葉にジョゼフィーヌに安堵感が生まれて来る。
「そうよ! だから私達が探すのは店主がいかにも宝石商という人じゃあない、狙うのは素人さんよ」
「素人……」
「うふふ、さあ行きましょう、ジョゼ!」
「はいっ!」
元気良く返事をするジョゼフィーヌへフランは手を差し出した。
ジョゼフィーヌもにっこり笑って彼女の手を握ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからフランとジョゼフィーヌは色々な店を見て回った。
あまり先入観を持つのもいけないので一応並べられている商品ありきで宝石商らしい店も覗いたが、やはり値段が全く折り合わない。
たまにある格安の店は宝石自体が巧妙に造られた偽造品であった。
そのようなまがい物を購入したら、魔法鑑定士になどなれるわけがない。
しかしこのような状況に慣れないジョゼフィーヌはつい弱音を吐いてしまう。
何も結果が出ずに時間だけが過ぎて行く不安もあるようだ。
「うう、現実は中々厳しいですね、フラン姉」
「そうね、でも私達は決め打ちしているから、駄目なら駄目で仕方が無いわ」
「ええっ!? 駄目なら駄目って……凄い度胸ですね。……ジョゼも……見習いたい!」
ジョゼフィーヌは従来高飛車であったが、それは生来の臆病さを隠そうとする無意識な行動である。
先日、ナディアと共に魔物と戦ってほんの少しだけ自信を付けた彼女にとって新たな師匠の出現ともいえるものであった。
フランの思い切りの良さは、これからのジョゼフィーヌの将来において貴重な経験となるに違いない。
そして何軒かの店では少し交渉すれば購入出来そうな商品を見かけると何の躊躇も無く、話し掛けていったのだ。
店主は未だ若く30歳を少し超えたくらいの人間族の男性である。
「店主さん、これは幾ら?」
フランが並べられた商品を指差して値段を聞いた。
商品には何故か値札がつけられていなかったからである。
「おお、貴族のお姉さん方か? ええと、これは金貨10枚だな」
金貨10枚!?
最初から予算が大幅にオーバーである。
しかしフランは怯まなかった。
「ふうん……でも普通は新品を正価で買ってそれくらいでしょう?」
「いや、これは50年くらい前の商品だからな。骨董的価値があるのさ」
「骨董的価値ねぇ……私はそうは思わないけど……金貨5枚ではどう?」
値引きをしそうにない店主に対してフランはズバリと直球を投げ込んだのだ。
「…………」
店主はフラン達をじっと見ながら少し考え込んでいる。
暫くすると彼の真面目な表情が下卑た薄ら笑いに変わって行く。
「ひひひ、今夜あんた方2人がひと晩付き合ってくれたら……この商品を無料にしてやるよ」
「え?」
堅そうな店主の豹変振りにジョゼフィーヌは驚いた。
しかしそのような態度を取られてフランはもう商品に未練は無いようだ。
「……私達も安く見られたわね。この宝石、折角まあまあの商品だと思ったのに台無しだわ。じゃあね! さあ、ジョゼ……行きましょう!」
フランはあっさり交渉を打ち切ると、踵を返してその店を後にしたのであった。
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結局、また時間を無駄に過ごしてしまい、ジョゼフィーヌは落ち込んでいる。
「フラン姉……」
「うふふ、お互い勉強になるわね。さあ次の店を探しましょう」
「…………」
「どうしたの?」
「私は駄目だなぁと……何も出来ないままですもの」
ジョゼフィーヌはどうやら自分の無力さに打ちのめされているようだ。
しかしフランはにっこり笑うとジョゼフィーヌの肩をポンと叩く。
「うふふ、ジョゼ! 勉強よ勉強! 実は私だってどきどきしながら話しているのよ」
「え? だってフラン姉ったら凄く堂々としていましたわ!」
「ポーズよ、ポーズ! 必死なのよ、結構!」
「そ、そうなのですか!」
フランの屈託の無い笑顔に不安に駆られていたジョゼフィーヌはホッとする。
そんな可愛い妹分の手をフランはきゅっと優しく握ったのであった。
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