第601話 「ノースヘヴンで昼食を①」
「ジョゼに生意気なマノンさんを絶対に倒して貰いましょう!」
オレリーが堅く拳を握り締めた。
いつもは大人しいオレリーのパフォーマンスにリーリャも興奮気味である。
「わぁお! わぁお! それ、楽しみです!」
「ま、待って下さい!」
盛り上がるオレリーとリーリャの話を遮るようにジョゼフィーヌの声が響いた。
「2人とも宜しいでしょうか? ジョゼはおおお、お腹が空きましたわ」
ジョゼフィーヌは盛大に噛みながらそう言うと、頬を真っ赤に染めて俯いてしまった。
いつものジョゼフィーヌなら自分から「お腹が空く」などと切り出す筈はない。
だが今の彼女は他のオレリーとリーリャの会話を終わらせたい一心だったのだ。
ここでジョゼフィーヌの気持ちを汲んでフォローしたのがルウである。
「よし俺も腹が減った。皆、昼食にしよう」
「旦那様! その後に私は観光もしたいぞ!」
すかさず次の提案をしたのがジゼルであった。
ノースヘブンの街を探索したいとせがむジゼルは楽しみで待ち切れないという表情だ。
フランがルウに昼食を摂る場所を問う。
「どうします? このホテルで食べますか? それとも街中で食べますか?」
ルウはフランの言葉を聞きながら、家族の意向を確認する。
「そうだな、皆はどうだ?」
「「「「「「「街中で~す!」」」」」」」
先程、昼食後に観光をしたいというジゼルの言葉は決定案として受け入れられたようだ。
こうなると全員一致で街中で食事をするのが決定となった。
「よっし! 決まりだな。まあ夜はこのホテルで豪華な夕食でも食べよう。値段相応の料理が出るだろう」
ルウの言葉に反応したのがリーリャであった。
彼女はザハールのホテルの宿泊は無料だと思っていたようだ。
「……旦那様、値段相応って……宿泊費はサービスして貰うのではないのですか? ザハールが今迄に犯した罪を考えたら……」
リーリャのいう事も尤もであった。
ザハールが自分にした事を考えれば宿泊費のサービスくらい、どうという事はないとリーリャは思ったのである。
「それも奴の贖罪……か?」
「はい! それくらいは当り前かと!」
ルウに対して断言するリーリャ。
しかしルウには考えがあるようだ。
「確かにな。リーリャの気持ちも良く分かる。しかしロドニアの為ならここはキチンと支払いをした方が良いのさ」
「ロドニアの為に?」
ルウの言う国の為とは一体何なんだろう?
リーリャは思わず身を乗り出した。
他の妻達も興味津々で2人の会話を聞いている。
「ああ、俺達が払う金はザハールの利益だけではなく、ホテルの従業員の給料、そしてロドニアへの税金にもなる」
「そ、そうしたら?」
「従業員は多く給料を貰えばたくさんお金を使える。彼等が使う金からも税金が多く入れば国は色々な施策が行える」
「先程のザハールの話の通りですね!」
リーリャは先程のザハールの話を思い出す。
彼はお金が色々な所に行き届けば、皆が幸せになると熱く語っていたのだ。
そしてルウは落としどころとしてザハールの利益を還元させる事を約束させたのである。
「そうだ、そしてザハールが得た利益を還元する意味でロドニアの魔法学校の資金や用地を援助して貰う。そこからまた新たな商売が生まれる筈だ」
「旦那様!」
やはりルウは先の先まで考えていた。
自分の故国ロドニアの様々な人が幸せになる為に……
リーリャはとても嬉しくなった。
2人を見守るフラン達も皆、笑顔である。
それはリーリャと同じ気持ちから出た笑顔に違いなかった。
「腹が減った! さあ飯に行こう!」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
ルウの言葉に皆が頷いた。
街には美味しい料理が待っている筈である。
妻達の期待はどんどん大きくなって行ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――30分後
ルウ達はホテル『名誉』の支配人ラスカー・ブルメルが手配した送迎用の馬車に乗ってノースヘヴンの中央広場へ繰り出した。
中央広場にはボリスの父すなわちリーリャの祖父プラトンの銅像が飾られている。
待ち合わせの目印としては申し分ないだろう。
ルウは御者に食事と観光が終わるであろう、4時間後に迎えに来るように命じたのだ。
「かしこまりました!」
先程のポーターも今の御者も従業員としての支配人であるラスカーの教育が徹底しているらしい。
御者は丁寧にお辞儀をすると馬に鞭をくれて去って行った。
ルウ達は周囲を見渡しながら、歩き出した。
時間は午後1時過ぎ……
昼食のピークは過ぎたが、料理店は皆盛況である。
このノースヘヴンも商業都市という性格上、様々な人種が街を行き来しており、料理店の種類もリーパ村同様多かった。
「この街も様々な国の料理店があるな」
「確かに迷いますけど……残念ながら大体の店が満席ですね」
フランが幾つかの店を覘いて残念そうに言う。
「それに11人の大所帯ですからね」
モーラルも同じ様に肩を竦めた。
「え?……11人? あら!」
モーラルの言葉にフランは周囲を見回した。
ルウ達は確か10人の筈である。
するといつの間にか木霊のエレナが一行に加わっていたのだ。
食事と聞いてちゃっかり異界から出て来たらしい。
当然、ルウ達は咎めたりしなかった。
「わぁお!」
辺りを見回していたリーリャが急に大声をあげた。
「ヘラジカ――エルクです! お、美味しそうです、食べたいです!」
一軒の飲食店の軒先にヘラジカの絵が掲げられている。
リーリャは王宮で食べていた食事を思い出し、懐かしくてつい声が出てしまったのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




