第60話 「約束」
「俺……鈍いか?」
「鈍いよ、ルウ先生。ボク達の気持ちが分かっていないんだもの」
「気持ち?」
「ううん、良いんだ。まずは先生に顧問を引き受けて貰わないとね!」
ナディアはきっぱり言い放ち、悪戯っぽい目をして笑う。
「ほらほら、愚図愚図していると職員会議の時間が来ちゃうよ」
ナディアの催促を聞いたルウは「仕方が無い」と生徒会顧問を受ける事にしたのである。
しかし、話はそれで終わらなかった。
ナディアの押しの強さは半端ではない。
「ええっと、次はボク達とのデートの日にちだね。いろいろ調べたけれど校長先生とは別に婚約している訳ではないよね?」
確かにルウはフランと婚約などはしてはいない……
どうやらナディア達は、ルウに関して色々と調べているようだ。
「校長先生が魔物に襲われているのを、ルウが助けたんだって?」
ルウが苦笑すると、ナディアは「ここぞ!」とばかりに畳み掛けて来る。
「じゃあボク達と全く同じだね。それどころか魔物の格が違い過ぎるよね。何たってこっちは大悪魔だもの」
「…………」
「ボク達の方がモノ凄い相手だよね? 大が付く悪魔なんだもの」
ルウに念を押すように聞き、「ぺろり」と舌を出すナディアは満足そうであった。
腕組みをしたルウはつい悩んでしまう。
デートを断わる理由が思いつかないのだ。
仕方がない!
遂にルウは覚悟を決めてしまう。
「俺は……今度の土曜日以外なら良いぞ」
「ん? 土曜日は校長先生とデートなの?」
ルウから土曜日が駄目だと聞き、ナディアはすかさず突っ込みを入れた。
「いや、ジーモンさん、ドゥメール伯爵家の家令と組み手さ」
「く、組み手ぇ!?」
模擬試合の話を聞いて、素っ頓狂な声を出したのはジゼルである。
「ル、ルウ先生ぇ! ジ、ジーモンといえば、あの屋敷の怪物みたいに強そうな家令だろう?」
「ああ、前から体術の模擬試合をやろうって言われていたんだ」
模擬試合と聞き、ジゼルがごくりと唾を飲み込んだ。
そして大きく息を吸い込むと、両手を合わせてルウに頼み事をして来たのである。
「頼む! ルウ先生、その試合を見学させてくれないか?」
ジゼルの意外ともいえる願いに、思わず吃驚したのはナディアである。
「おいおい、ジゼル。君はそんな約束で良いのかい?」
「ああ、私は男性が逞しい肉体を駆使して戦う剣の試合や格闘技が大好きなんだ」
「成る程ね……」
ナディアは苦笑し、ルウに了解を求めた。
ルウにしてもそんな事であればお安い御用である。
「ああ、見学する事に対して問題はない」
結局、ルウは首を縦に振ったが……
この時簡単にルウが了解した事が、ジゼルの運命を変えてしまうとは誰も気付かなかった。
ジゼルの希望が通れば……
ナディアは安心して『自分の日程』を決められる。
「じゃあボクは木曜日の午後にしよう。春期講習が終わったら王都で会うって事でお願いします……平日なら顧問の先生とふたりで居たって、学校帰りという理由で誤魔化せる」
誤魔化せるって……
ルウは思わず肩を竦めた。
ここまで来ると微笑ましい限りである。
ちなみにアデライドも了承したという事は、ある程度ナディア達の思惑などお見通しに違いない。
深謀遠慮なアデライドの事である。
もしかしたら愛娘フランへの『刺激剤』にでもするつもりかもしれない。
ルウは苦笑しながら、そんな事を考えていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ルウ先生! お待ちしていたのですよ」
会議室に入って来たルウにケルトゥリの鋭い声が飛ぶ。
「ぺこり」と頭を下げるルウに対し、教師全員の視線が一斉に注がれる。
結局ルウは、ジゼルとナディアに引き止められ、職員会議に5分程遅れてしまったのだ。
「さあ、ようやく全員揃いましたので……校長代理、今日の議題をお願いします」
「はい!」
ケルトゥリに促されてフランが返事をして立ち上がった。
それから―――30分後
朝の職員会議が終わった。
教師達が職員室に戻って行く。
アドリーヌ辺りからジゼルに拉致された事を聞いたのだろうか……
フランは、ルウから話を聞きたそうにしていた。
だが、上司である校長代理という立場上、必死に我慢をしているようであった。
会議後の教師達の関心事は、当然ながら先週末の『狩場の森』での勝負である。
ルウは質問攻めにあったが、のらりくらりと曖昧な返事をして、とりあえずジゼル達との勝負には勝った事だけを伝えておく。
教師達の間にホッとした空気が広がって行く。
生徒会のツートップがルウに好意的な態度を示したという噂も、教師達を安堵させていた。
教師達は別に、生徒が怖いわけではない。
ただ、煩わしい事に振り回されるのが嫌なだけなのである。
やがて……
午前9時となり、ルウとフランは2年C組に向かって一緒に歩いて行く。
「あの……ルウ……私、やっぱり」
フランはジゼルとナディアに優しくしてと言った事をとても後悔していた。
我ながら自分が小さい人間だなと自己嫌悪しながら。
「フラン、大丈夫だ。さあ生徒達が待っているぞ」
「うん! ……ありがとう!」
ふたりは寄り添って教室へ向かう。
歩きながら、フランは感じる。
たとえ何も言わなくても、自分の正直な気持ちがルウに伝わったと。
更に自分の気持ち伝えたいかのように、フランは「そっ」とルウの手を握る。
じわりとルウの温かい体温が伝わって来た。
「ルウ、本当にありがとう」
フランはルウが居る事を確かめるように、感謝の言葉を伝えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2年C組教室……
ルウとフランが教室に入ると同時に喚声が湧き上がった。
例の勝負の話が彼女達にも伝わっているらしい。
当日、ミシェルとオルガが『狩場の森』に来て居たから、尚更情報が伝わるのが早かったのだ。
ミシェル達は早速ルウの下に駆け寄って来る。
「せ、先生! ジゼル先輩から今まで厳し過ぎたって、謝られました」
「わ、私も今回、言い過ぎたって言われました!」
ミシェル達によれば、ジゼルの顔から険が取れ、厳しいながらも優しい顔付きになったという。
「ジゼル先輩がね……貴女達が羨ましいって! ルウ先生が担任でって!」
と、そこに割り込んだのはジョゼフィーヌだ。
「当たり前です! この私が目を掛けた人ですからね。王宮の一流魔法使いならともかく学園の生徒如きに遅れを取るなんて思いませんわ」
「ほっほっほ」と高らかに笑うジョゼフィーヌを見て、ルウとフランは苦笑いをしていたのである。
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