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第6話 「帰還」

学園と言えば先生と生徒なんですが、御免なさい! 導入部分が長くて。

 ルウが馬車に乗り込むと、扉が閉められる。

 御者が馬にひと声掛け、鞭が「ぴしり!」と鳴らされると馬車は出発した。

 その周囲を、馬に乗った4名の衛兵達が固め、馬車と併走する。


 馬車の中で、ルウと向かい合わせに座ったフランは、やっと安堵の表情を見せた。


「ヴァレンタインは冒険者の国と言われているけど……」


 フランが言うには……

 ヴァレンタイン王国の都セントヘレナは本来、余所者よそものが入国するのにとても厳しい。

 身元を保証して貰い、市民証を得て税金をきちんと支払えば、全く問題無いらしいのだが。


 この王都に対し……

 始まりの街とか冒険者の街と呼ばれる、ヴァレンタイン第2の都市バートランドは対照的らしい。

 ルウが当初目指していたこの街は、大陸の冒険者ギルドの総本部もあり、冒険者にはとても寛容な街なのである。


 それで、門に居た衛兵達の見る目が厳しかったのか……

 ルウは納得し、苦笑する。

 そんな事を考えているとは露知らず、フランは自宅へ来て欲しいと懇願した。


「とりあえず私の家に来て! 母に今までの経緯いきさつを説明して欲しいの」


「ああ、任せろ」


 また!

 あの『言い方』を聞けた!

 

 フランはつい嬉しくなり、満面の笑みを浮かべながらルウを見つめた。

 馬車は市街地を通り抜け、やがて貴族達の屋敷街に入って行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「フランシスカお嬢様がお戻りになられたぞ」

「お怪我をされているのではないか?」

「早く医者を呼べ!」

「お部屋の片付けは済んでいるのか?」


 ドゥメール伯爵邸へ、ふたりを乗せた馬車が着くと……

 使用人達が心配のあまり、騒いでいるのが聞こえて来た。

 

 衛兵が物々しく、家令(ハウススチュワード)の下へ報告にやって来たのを知っているからである。

 この家の令嬢に、道中何かあったらしい事は使用人皆が感じていたのだ。


「お前達、静かに、そんなに騒いではお嬢様の身体に障る」


 その中にひと際目立つ男がひとり。

 彼は騒ぎ立てる使用人達に対し、低いが良く通る声で一喝した。


 男の年齢は、50代半ばをとっくに過ぎている。

 しかし、そんな年齢を感じさせないほど逞しかった。

 身の丈は2mをゆうに超え、凶悪な程に発達した胸の筋肉がシャツの上からでも分かる。

 腕の太さは丸太のようであり、太腿は女性の腰まわりくらいはあるだろう……

 日焼けした浅黒い肌、スキンヘッドで彫りの深い顔立ちに意志の強そうな分厚い唇、鳶色の鋭い瞳が放つ鋭い眼光が、周囲へとてつもない威圧感を与えている。


「は、はい」

「申し訳ありません、ジーモン様」

「き、気をつけます」


 男の迫力に慌てて謝罪をし、たちまち黙り込んでしまう使用人達。

 この男こそがフランの母ドゥメール伯爵に屋敷の全権を与えられ、この屋敷の使用人全てを取り仕切る家令のジーモンである。


 馬車が屋敷の正門前に止まり、衛兵が脇を固める中で扉が開く。

 まずルウが降り、手を差し伸べると彼の手をしっかりと握り、フランが馬車から降り立った。

 それを見ていたジーモンの眉間に不快の皺が寄り、眼光はより厳しくなった。

 手を繋いだ、ふたりの前に立ちはだかったジーモンは、ルウを全く無視してフランに話し掛けた。


「これは、これは……フランシスカ様、ご無事で何よりでございました」


「ジーモン、ご苦労様。報告は衛兵から行っているわね」


「はい、奥様には私めから今回の事は報告をしております」


「では、彼を連れてお母様のお部屋に参ります」


 しかし、ジーモンは立ったまま動こうとしない。


 「そこをどいて!」というフランの抗議にジーモンは全く表情を変えずに抑揚の無い声で答える。


「奥様は研究室に籠っておられます。フランシスカ様については、入浴されてから研究室へお越しいただく様にという、お言伝ことづけを預かっております」


「もう! またよ、また魔法の研究、暇さえあれば魔法なんだから」


 フランは苦笑し、ルウを見て肩をすくめる。


「分かったわ、入浴してから研究室に行けばいいのね。ルウ、行きましょう」


 フランはルウの手を握り、屋敷の中へ入ろうとした。

 だがまたもやジーモンが、身体の向きを変え、ふたりを止めた。


「今度は……何?」


 流石に、フランの表情には苛立ちが生じている。

 あるじの不機嫌さを見ても、ジーモンは表情を変えなかった。


「奥様からは……お嬢様を通すように、としか伺っておりません。そこの者は一体何者でしょうか?」


「衛兵から、報告が来ていないの?」


「はい、お嬢様が途中で賊に襲われ、警護の騎士が全員死んだとしか伺っておりません」


 嘘だわ。

 

 フランは黙ってジーモンを睨みつけた。

 しかしジーモンはフランに対して平然としており、全く悪びれた様子が無い。

 

 フランは衛兵に今回の事件の状況を詳しく説明した。

 その報告を衛兵が捻じ曲げて、ジーモンに対して嘘の報告をするなどありえない。

 あるとすれば、この男が事実を捻じ曲げて、母へ偽りの報告を入れている。


「私からお母様へ直接報告します、彼は私を救った命の恩人です。お母様に説明する際、証人として証言して貰います」 


 しかしフランの言葉を聞いたジーモンは、表情を変えずにゆっくりと首を横に振った。


「いくらお嬢様でも、このままお通しするわけには行きません。そんな得体の知れない男を屋敷へ入れて、奥様に万が一の事が起きたりしたら……大変な事になります」


「え、得体の知れないですって!」


 ジーモンの悪意のある言い方に、フランはつい我を忘れそうになったが、すんでの所で踏みとどまった。

 フランの肩を軽く掴んで、ルウが制止したからである。

 

 ジーモンが眉をひそめると、不快感をあらわにして言い放つ。


「さっきから見ていれば、貴様! 下郎の分際で! 気安くお嬢様に触れおって許さんぞ」

 

 ジーモンの罵倒を聞き、ルウは呆れたように苦笑している。


「下郎? 俺が?」


「ルウ…… 御免ね。この人は、昔からそうなのよ」


 フランは疲れたような表情だ。

 ルウは「気にするな」と、フランへ声を掛けると……

 改めてジーモンの方へと向き直った。

 

 睨み付けるジーモンに対し、ルウの穏やかな表情は変わらない。


「あんたの忠義は間違っているよ」


「何だと! 何故、私の忠義が間違っているのだ!?」


 激高するジーモンへ、ルウはきっぱり言う。


「一番大事なのは、フランをいたわる事だ。ちゃんと主人に報告もしていないようだし、それじゃあ奥様とやらに対しても不忠だろう」


「わ、私を愚弄するか!?」


「衛兵の報告に関してフランが聞いた時に、あんたの出す魔力波(オーラ)が少し不自然に揺らいだ」


魔力波(オーラ)? 揺らいだ?」


「そうさ! あんたは嘘を言っている」


「う、嘘だと!」


 ルウの指摘に虚を衝かれたように、

 今まで怒りの表情だったジーモンに、初めて動揺の色が現れた。


 ええっ!? ルウ! 貴方には分るの? 彼の嘘が……分ってしまうの!?

 ジーモンを見ながら、淡々と話すルウにフランはまたも吃驚させられていたのだ。


「私が奥様に! う、う、嘘をつくだと! 許さん! 貴様、許さんぞ!」


「あんたが今まで奥様というご主人を大事に思い、不逞の輩を近付けない様、そうやって守って来たのは分かる」


「ぐうう……」


「だが今後、何か間違いがあれば、お互いが不幸になってしまうぞ」


 ルウは淡々と話しているが、その口調がジーモンの怒りに火をつけてしまったらしい。


「小僧めが! 偉そうな口をっ! そんな事は貴様に言われんでも分かっておるわ! 私が今まで! どれくらい苦労して奥様をお守りして来たか、知りもしない癖に!」


「少し言い過ぎたか。……悪いな」


「ふざけるなぁ!!! おおおおお!」 


 ジーモンは獣のような雄叫びを上げると、両手を広げ、ルウに掴みかかって来た。


「やめて! ジーモン!」


 ドゥメール家家令のジーモンは、ありとあらゆる武器をつかいこなすのは勿論、独特な拳法も使う強靭な戦士であった。

 今迄に戦場で……数多の敵を殺していた。

 

 ああ!

 ルウが殺される!

 

 フランの悲鳴が響き渡った。


 赤ん坊の頭ほどもあるジーモンの拳が、凄まじい速さで、ルウのか細い首にかかる!

 と思いきや、ルウはあっさり飛び退って、拳をかわす。

 

 攻撃を躱されたジーモンが再度、吼えて襲い掛かる。

 だが、ルウはまたも躱した。

 

 何と!

 ジーモンはルウへ、指一本触れる事が出来ない。

 

 最初は動揺したフランも……

 ルウが余裕をもって、ジーモンの攻撃を避けるのを見て、落ち着きを取り戻していた。


 これは?

 ……一体?


 フランは首を傾げていた。

 攻撃を躱しさえすれば、もう脅威はない。

 後は魔法を使えば、ジーモンを容易く倒せるのだろうけど……

 

 ルウは何故か、魔法を使わない。

 ただ、ジーモンが掴みかかるのを躱しているだけだ。

 

 ジーモンも我を忘れているせいか、今まで数多くの敵を屠って来た、いつもの体術を使ってはいない。


 相手をひたすら掴もうとするだけのジーモンに全て躱し、触らせないルウ。

 それは不思議な光景だった。

 まるで子供の鬼ごっこのようでもあり、子供の喧嘩のようでもある。


「貴様! 卑怯だぞ! 男だったら、逃げずに戦え!」


 痺れを切らしたジーモンが、じれったそうに叫んだ。


「ははっ、分かった。……じゃあ、来いよ」


「おおおおおおりゃあああ!」


 軽く言葉を返すルウへ、ジーモンが気合を込めて左拳を打ち込む。

 しかしルウはまたも、あっさりと躱す。

 そして自分の左腕を軽く上げ、打ち込まれたジーモンの左腕に当て、拳の勢いを流してしまう。

 

 その瞬間!

 何故か、いきなりジーモンがふらつき、蹈鞴たたらを踏んだ。


 ルウは口元に軽い笑みを浮かべると、ジーモンの腹めがけて、右拳を打ち込んだ!

 重く鈍い音と共に、ルウの拳が手首まで埋まった!

 ジーモンはルウの攻撃に、……驚きと苦悶の表情を隠せない。


「ぐはああ……ば、馬鹿な……私の身体がな、ぜ……こうも容易くダメージを……」


 呆然とするジーモンに対し、相変わらず淡々とし、息ひとつ乱れて居ないルウの声が降りかかる。


「あんたは俺を舐めて力量を見極めようとしなかった。もし体術を使われたら俺も苦戦した筈だ」


「く、苦戦だと!?」


 ジーモンは驚き、すぐ苦笑いが浮かぶ。

 

「こ、小僧! お、お、お前、……俺の使う技を、み、見抜いたのか?」 

 

「ああ、戦ってみて分かった。それにあんたは本気を出していなかったろう? フランの為に」


 得体の知れぬ若者から簡単にあしらわれ、一方的に倒され、とても悔しい筈なのに……

 ジーモンは、だんだん可笑しくなって来た。

 

 滑稽だ。

 手加減するつもりがされていて、それどころか……

 秘めた自分の心の内まで、見透かされてしまったとは。  


「ぐう……小僧、お前という奴は! ……お、お嬢様!」


 いきなり呼ばれたフランは戸惑い、改めてジーモンの苦悶に歪む顔を見つめた。


「あ、貴方のお連れしたお客人に、わ、私は! ……し、失礼を、い、致しました。こ、この罰は……い、いかようにも!」


 ジーモンはそう言い終わると、気を失ってしまった。


 驚いたフランが振り返ると、相変わらずルウは穏やかに微笑んでいる。

 

「フラン、大丈夫。ちゃんと手加減をしたし、すぐ治癒をしよう」


 ジーモンの無事を告げるルウの言葉を聞き、フランの顔に安堵の色が甦った。

 と、その時。


「これは何の騒ぎです? フラン、説明しなさい」


 凛とした声が!

 その場の全員へ降りかかる。

 

 屋敷の入り口にその小柄な身体を現し、鋭い眼差しで辺りを睥睨へいげいしたのは……

 フランの母、アデライド・ドゥメール伯爵その人であった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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