第599話 「対決と援護」
大騒ぎをした末にルウ達が案内された部屋はホテル『名誉』における最高級の部屋、10室続きのスイートルームであった。
贅沢にも広いキッチンと居間、そして屋上にはノースヘブンを一望出来る展望用のテラスが備え付けられていたのである。
部屋に着いたジゼルは堂々としていた。
魔法を使わず体力のみで登った彼女ではあるが、普段から鍛えているせいか、全く堪えてはいない。
それどころか高らかに笑っている。
「ははははは! 魔法抜きで6階を一気に駆け上がると良い運動になる!」
他の妻達は魔法の訓練も兼ねて身体強化の魔法を発動して階段を駆け上がったので、これも息が全く乱れていない。
「……本当に良かった! ボクの事をお姫様抱っこする権利があるのは旦那様だけだもの!」
ごつい男性のポーターに運ばれなくてホッとするナディアの傍らで、オレリーが素直に部屋の豪華さに驚いている。
「凄い! こんなお部屋に泊まる事が出来るのですか? 平民の私が!?」
感動するオレリーにジョゼフィーヌが首を振った。
「オレリーったら、お屋敷の規模の方がずっと大きいでしょう? 錯覚ですわ」
「だって、ジョゼ! やっぱりお屋敷と旅先でのホテルは違いますよ! 私、嬉しい!」
仲良く話すオレリーとジョゼフィーヌと同様に、フランもモーラルと部屋を見回しながら話していた。
「ホテルセントヘレナとはやっぱり趣きが違うわね」
「私はリーリャの泊まっている部屋へお迎えに行った事がありますが、雰囲気が全然違いますね」
しかしリーリャだけは俯いて、ぼうっとしていた。
やはりこれからザハール・ヴァロフとの接見が控えているのでだいぶ緊張しているようだ。
「…………」
きゅっ!
いきなりリーリャの可愛い手が握られる。
やや大きめのごつい手が温かく包んでくれたのだ。
驚いたリーリャが顔を上げると、ルウの温かい笑顔があった。
「あ!? だ、旦那様……」
「無理をするな……昨夜、初めて話を聞いて奴に正対するのがとても辛い事は分かる。お前が会うのは次回以降でも構わないぞ」
「……旦那様」
ルウの優しい言葉にリーリャは揺れる。
出来ればあのように怖ろしい相手と会いたくない。
それどころか、一切関わりたくないのだ。
そんなリーリャの気持ちをルウは分かっているようだ。
「残念だが、奴と関わらないわけにはいかない。しかし焦るなよ……それにお前が1人で関わるのではない、俺達家族全員で、だ」
「…………」
「黒を白だと簡単に切り替えられるほど、人間の気持ちはそんなに単純じゃない。そして過ぎ行く時間が癒し、解決してくれる時も多々ある」
「過ぎ行く時間が解決……してくれる……」
「ああ、俺を見てくれ。爺ちゃんの死から半年以上が過ぎてやっと穏やかに振り返れるようになった。俺だけじゃあないぞ! フランもジゼルもナディアもオレリーもジョゼも、そしてモーラルも含めて全員そうさ」
ルウの言葉を聞いてリーリャは気持ちが楽になって行く。
そうだ!
自分には理解してくれる家族が居る。
決して1人ではない。
「……うふふ、そう……ですね」
「だろう?」
ルウの話を理解はしたが、こうなるとリーリャは俄然ファイトが湧いて来る。
彼女は辛さを強さに変える事に決めたのだ。
「でも初志貫徹です! 旦那様、やっぱり私は逃げません!」
「リーリャ……分かった。もし相手を見るのも辛いのなら目を瞑っていろ」
「はい! そうします! ……あと、お願いして良いですか?」
「おう!」
両手を合わせる格好をしたリーリャに対して即座にルウはOKを出した。
そんな優しい夫にリーリャは満面の笑みを浮べた。
「わぁお! 何も言わないうちにOKですか? じゃあ直ぐ結婚してください」
「ははっ、何を言っている。お前は既に俺の嫁だろう」
「それを聞きたかったのですよ」
「ああ、何度でも言おう。お前は可愛い、そして俺の大事な嫁だ」
「わぁお!!!!!」
リーリャは思い切りルウの胸に飛び込む。
途中から、2人の会話を聞き、様子を見ていた妻達はもう我慢出来なかった。
「ああっ、リーリャったら! 私達も一緒ですわっ!」
ジョゼフィーヌが叫んだのと共に皆が2人に抱きついたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暫くして扉がノックされた。
メフィストフェレスがルウ達を呼びに来たのである。
「ルウ様、ザハールがホテルに着きました。別室で待っておりますよ」
「ありがとう、フィスト。じゃあ皆、行くぞ!」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
メフィストフェレスによると1つ階下の5階の部屋にザハール・ヴァロフが待っているという。
ルウは考えた結果、家族全員で会見に臨む事にしたのである。
当然、妻達も快諾した。
彼女達は乗り越えた壁が自分1人だけの力で成し遂げたと考えていないからだ。
家族の助けがあったからこそだと分かっているからである。
今度はリーリャが乗り越えるべき壁を家族全員でアシストしようと決めているからだ。
部屋の前の廊下ではバルバトスとアモンが控えていた。
5階の別室に泊まる彼等もザハールとの接見に同席する為に、ルウが部屋から出て来るのを待っていたのである。
そして本来なら跪く所ではあるが、前以てルウの指示で簡略化するように言われており、2人は深く一礼するに留まる。
メフィストフェレスに先導されてルウ達はザハールの待つ部屋へ向う。
何とザハールは扉の前に立って待っていた。
リーリャが以前見た白い顎鬚をたくわえた風貌は変わってはいなかったが、険が取れて人の良さそうな雰囲気になっている。
「ああ、これはルウ様! そして皆様! ロドニアへそしてこのノースヘヴンへ良くいらっしゃいました。ささ、どうぞ」
ザハールは扉を開けると先に部屋の中に入り、ルウ達にも入るように促したのであった。
――15分後
ルウが伴って来た人数が思いのほか多かったので、部屋にあった肘掛付き長椅子や椅子だけでは到底足りなかった。
メフィストフェレスは直ぐホテルの支配人ラスカー・ブルメルに命じて、不足分の椅子と人数分の紅茶の手配を命じたのだ。
ケースバイケースではあるが、妻達の序列は基本的に決まっている。
リーリャは1番の新参者ではあるが、当事者という事もあってルウの直ぐ隣に座っていた。
アリスに擬態したリーリャの事はザハールには伝えておらず、彼は陥れようとした王女が同じ部屋に居る事に気付いていない。
まあルウが自分を倒してアッピンの書を奪った事さえも憶えていないのだから、当り前ではあるが……
セッティングも完了したのでお互いを簡単に紹介し、全員が着席する。
ルウには強がったが、やはりリーリャはザハールを見て辛そうであった。
「ううう……」
「もしきついなら目を瞑っていろよ」
「だ、だ、大丈夫です」
ルウの労りにも弱音を吐かない様に頑張るリーリャではあったが、身体は正直であり、 震えが走り、とても硬く強張っている。
その瞬間であった。
「ああっ!?」
いきなりリーリャの身体が軽々と持ち上げられ、ルウの膝の上に乗せられたのである。
「旦那様っ!?」
「どうだ、落ち着いたか?」
いつの間にか、リーリャの身体の震えは止まっていた。
「は、は、はいっ!」
「ははは、ご夫婦の仲が宜しい事で何よりですな」
まさか自分が原因とは知らず、ザハールはにこやかに微笑んだのであった。
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