第596話 「フラッシュバック」
翌朝……
白鳥亭の前で馬車に乗り込んだルウ達を、アマンダとケイトがまさに見送ろうとしていた。
アマンダはやや強張った顔付きながら笑顔を絶やさない。
「ルウ様、貴方にお別れの挨拶は致しません。……では、また……」
「ルウ様、まったね~」
明日また直ぐに会うかの如く、挨拶するアマンダ。
アマンダに続いてケイトもルウへ同じ様に声を掛けた。
そんな2人の真意を汲んでか、ルウの返事も素っ気無い。
「ああ、2人ともまたな」
ルウとの挨拶が終わった後にアマンダは妻達やバルバトス達へも言葉を投げ掛けた。
「皆様ともまた近いうちに再会致しましょう」
「「「「「アマンダさ~ん、ケイトさ~ん、またね~」」」」」
妻達の別離の声が響く中、アマンダとケイトはルウ達が見えなくなるまで、ずっと手を振っていたのであった。
一方、リーパ村の正門にはロドニア4騎士の1人、通称『金狼』のクレメッティ・ランジェルが数名の部下と共に佇んでいた。
一昨日の夜の宴の席で出発する時間を伝えておいたら、律儀に待っていたのである。
ちなみにイグナーツの姿は見当たらない。
やはりこの前の挨拶が彼の別れの言葉だったようだ。
ルウ達は一旦馬車や馬から降りて、クレメッティの傍へ歩いて行く。
それを見たクレメッティも歩み寄って行った。
ルウ達とクレメッティ達はお互いに横一列に並んで正対する。
「ルウ、お前は王都ロフスキに行くのであったな。俺も暫くしたらロフスキに向かうが、任務を全うしたら、また直ぐにこのリーパ村に戻る。もう会えないかもしれないが、達者でな」
「ああ、クレメッティも、な」
2人はそれ以上言葉を交わさなかった。
夫の気持ちが分かったのか、妻達も黙って相手へ一礼をする
そして、お互いに背を向けて別れたのだ。
再び馬車に乗り込んだルウ達一行は次の目的地であるノースヘブンへ向う。
リーパ村の正門を出て、馬車は暫く走った後で転移魔法により、一気に異界を跳んだのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2時間後……
転移魔法で跳躍した馬車はノースヘブンからあと僅かと言う距離まで来ている。
御者台にはモーラル1人が座っており、馬車の車内ではルウにより、妻達へ説明が行われていた。
話の内容は昨夜、リーリャに話したロドニアの商人ザハール・ヴァロフの事であった。
闇の魔法使いグリゴーリィ・アッシュとしてリーリャを闇に染め、ロドニアを転覆させようとした悪人を、ルウは商人として生かしている。
妻達の中には当然抵抗感があったが、当のリーリャが受け入れるように説得に掛かると皆は吃驚したのである。
「リーリャ、分かったよ。君……乗り越えようとしているんだね」
ナディアの言葉にリーリャは黙って頷く。
大悪魔ヴィネへの恐怖を乗り越え、ナディアは結局、彼を許した。
今回は可愛い『妹』が自分と同じ様に試練を乗り越えようと決意したのを理解したのである。
「リーリャがそう言うのなら、私達も許しますわ。後はザハール・ヴァロフとやらの態度次第ですね」
ジョゼフィーヌが未だ会った事のない相手の態度次第だと告げると、ジゼルもその通りだと相槌を打つ。
「そうだな、旦那様には悪いが、反省の色が見られなければ悪・即・斬だ!」
妻達が今迄に許した者達は皆、改悛の情が顕著に現れている。
ジゼルの言う仕置きはリーリャを傷つけたら承知しないという姉としての宣言でもあった。
「旦那様、私も皆と同じ考えです。相手に反省の色が無ければ、リーリャは余計に傷ついてしまいます」
「待って下さい、お姉様方!」
フランもルウに対して意見したのを聞いて、リーリャが再び声をあげた。
「私は旦那様を信じます! まず何よりも家族の事を大事にしてくれる旦那様を信じます。次の宿泊地ノースヘブンではザハールに会う予定があるそうですが、私も同席をお願いしました」
「ええっ!?」
「それ……大丈夫ですの?」
「無理しちゃ駄目です!」
妻達の様々な声が飛ぶ中、リーリャは強い視線で彼女達を見回した。
「問題ありません! リーリャは絶対に逃げません!」
ここでルウがノースヘブンでの予定を説明する。
「リーリャが言う通り、次の宿泊地ノースヘブンではザハールに会う。何故なら、今回大事な仕事を彼に依頼しているからだ。言っておくが、彼自身にリーリャを害そうとした記憶は無い」
「ええっ!? 記憶が無い? という事は反省も出来ないという事か? 旦那様!」
ルウの言葉を聞いたジゼルの悔しそうな声が響く。
「ああ、表面上はな。グリゴーリィ・アッシュと言う魔法使いの人格は俺が解呪しない限り永久に魂の底に沈んだままだからだ。ザハール・ヴァロフとしての記憶の中からはロドニアを手に入れんとする野望の記憶も消去されているんだ」
馬車の車内を沈黙が包む。
ルウはさりげなく言うが、彼の行使した魔法は怖ろしいものである。
人間の魂を作り変え、意のままに操作出来る神の領域ともいえる魔法なのだ。
他の妻同様、息を呑んでいたフランが漸く言葉を発した。
「旦那様……それって……多分、私達の知らない禁呪ですよね」
「ああ、そうだ。魔法とは本来、幸せをもたらす為に行使するべきだと俺は考える。その意味では魂を書き換えて人格を創りこむこの魔法は、とても忌まわしいものなんだ」
「あ!?」
その瞬間であった。
フランの魂の中で封じられていた記憶が甦る。
地に堕ちた、12枚の神々しい翼を持つかつての天使長が自分に残した痕跡を……
悪魔に真名を知られ、意のままに操られそうになった自分を救ったのは……やはり神から禁じられた魔法、禁呪であった事が鮮明に思い出されたのだ。
「どうした? フラン」
フランの様子は傍から見たら、眩暈がしたように見えたらしい。
彼女が我に返ると、ルウや他の妻達が心配そうに見詰めている。
「大丈夫です。それより……私には……分かりました」
フランはここまで話すと1回大きな深呼吸をした。
「禁呪とは単に忌まわしいものではありません。使う人と目的によっては私達、人の子をとても幸せにしてくれるのです……そして旦那様は確りと考えて魔法を行使している……私は旦那様を絶対に信じています」
はっきりとそう言い放つフランの言葉は、真っ直ぐな実感の篭もったものであったのだ。
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