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第594話 「リーリャとの夜①」

 様々な料理を食べて満腹になったルウ達。

 今度はデザートタイムに移る。

 

 宴の席に出されたのはあの『金糸雀キャネーリ』の焼き菓子であった。

 当然ルウ達が持ち込んだものだ。

 

 ルウが焼き菓子を入れておいた魔道具『収納の腕輪』は異界につながっている。

 異界においては現世での時間の流れは止まっており、セントヘレナを出発する際に購入した菓子はほぼ出来立ての状態だ。

 こうしてリーパ村のような遠方でも美味しく食べる事が出来るのだ。


 アレシアの町で『金糸雀キャネーリ』の菓子に憧れているギルベルト・クリューガーにふるまわなかったには理由があった。

 彼には気の毒だが、ルウの魔法の評判が変に広まらない為の用心である。

 

 自分の大好きな菓子を頬張りながら、紅茶を飲む。

 そんな幸せに浸る妻達にルウがいきなり宣言する。


「今夜、俺とリーリャの2人で寝たいんだ。皆に了解を取りたい」


 一瞬の沈黙がその場を支配した。

 そして……


「賛成!」

「異議無し!」

「頑張れ、リーリャ!」


「あうううう……」


 妻達がエールを送る中、肝心のリーリャは既に涙目である。

 当然悲しくなんかはない。

 とうとうルウと結ばれる!

 そう思うと、嬉しくて感無量なのだ。


「アマンダ、今夜3階は俺達の貸切り状態だと言っていたな。俺とこの子の部屋を別に借りても良いか?」


「構いません! だけど良いのですか?」


 アマンダが確認を取ったのは、この宿で『初めて』を経験するであろう、リーリャへの配慮である。

 白鳥亭は高級な宿ではない。

 豪奢な雰囲気は皆無であり、木造の素朴な宿だ。

 アマンダはリーリャのような王族の娘の『思い出作り』には不向きの宿だと気遣ったのである。


 「リーリャ、どうだ?」


 ルウはアマンダの気持ちを嬉しく思いつつリーリャに問う。

 しかし彼女の答えは予想通りであった。


「私は構いません! それどころか白鳥亭ならとても良い思い出になります」


 リーリャは元々、王族が当り前のように求める豪奢な暮らしに全く拘りがない。

 ひと晩泊まって白鳥亭の雰囲気も気に入っていたし、思い出の夜を過ごすには申し分ないと素直に感じたのだ。

 アマンダの気遣いも瞬時に理解したのはいうまでもない。

 

「よし、決まりだ」


「旦那様、ひとつお願いがあります」


 リーリャがルウへ真剣な眼差しを向けた。


「分かっている。本来のリーリャの姿に戻すぞ」


 ルウの言葉を聞いてリーリャは満面の笑みを浮かべる。

 敢えて言葉に出さずともルウは自分の気持ちを汲み取ってくれる。

 リーリャはそれが何より嬉しかったのだ。


 ルウがパチンと指を鳴らすと変化の魔法が解除され、可憐なロドニアの王女リーリャ・アレフィエフの姿が現れる。


「わぁお! 旦那様ぁ! お久し振り!」


 妖精の姿も気に入ってはいるが、本当はリーリャとして一緒に旅をしたい。

 そしてルウには自分本来の姿を愛して欲しい。

 リーリャはそう考えていたのだ。


「おいで、リーリャ」


「はいっ!」


 ルウが呼ぶとひと際大きな声で、リーリャは返事をする。

 それを見たケイトがすかさず立ち上がった。


「私がお部屋まで、ご案内します」


「わぁお! ケイトさん、ありがとう!」


 ぺこりと頭を下げるリーリャに妻達は皆、目を細めた。

 王族らしくない物腰の柔らかさはリーリャの魅力のひとつだ。

 貴族などが見せる尊大さなど、まるで無い彼女の態度は普段から妻達全員に好かれていたのである。


「では皆に甘えさせて貰う、おやすみ」


 ルウはリーリャの手を引きながら空いた手を振った。


「「「「「「「おやすみなさい!」」」」」」」


 妻達の声を背に受けて、ケイトに先導されたルウとリーリャは部屋を出たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「では、ごゆっくり」


 ケイトに案内された部屋は大部屋からだいぶ離れた2人用の部屋であった。

 普通サイズのベッドが2つ並べられている。

 小さな窓からは月明かりが差し込んで部屋をぼんやりと照らしていた。


「旦那様ぁ!」


 ケイトが辞去するといきなりリーリャが抱きついた。


「ははは、相変わらず甘えん坊だな、リーリャ」


「旦那様ぁ! 旦那様ぁ!」


 暫し、甘えたリーリャではあったが、身体を離しルウの顔を見た表情は真剣であった。


「リーリャが抱いて頂ける前に、旦那様からお話があるのですよ、ね」


「ああ、大事な話だ」


「私がショックを受けるようなお話ですね……想像はつきます」


 リーリャは元々勘の鋭い少女である。

 加えて魔眼による見通す力、索敵の魔法の習得などで相手の行動の先を読み取れるようになっていたのだ。


 ルウ達の次の宿泊地であるノースヘブンはロドニア王国で1番の商業都市である。

 ノースヘブンで自分は今迄知らなかった事実を知るのだ。

 その為にはルウと2人きりになる必要が生じたと、リーリャは予想が出来たのである。

 

 勿論、話を聞いた後にリーリャが望めばルウは優しく抱いてくれるだろう。

 そのような彼の優しい気持ちもリーリャには確りと分かっていたのだ。


 この場に立っていても話が出来ないのでルウは2つあったベッドを寄せ合った上で、リーリャに座るように勧めた。


「とりあえず座ろうか」


「はいっ!」


 どのような内容の話でも受け止めるしかない。

 リーリャはルウを真っ直ぐに見詰めている。

 ルウの表情もいつも通り穏やかであった。


 リーリャを相手に、このような場合は結論から先に言う。

 ルウはそう判断した。


「単刀直入に言おう、お前やロドニア国民にとっては仇とも言えるグリゴーリィ・アッシュは俺の判断で生かしてある。理由は彼のもうひとつの顔であるロドニア王家御用商人ザハール・ヴァロフが死ねばロドニア国内が混乱に陥ると思ったからだ」


「あの闇の魔法使いを? ロドニアが……混乱?」


「ああ、以前お前とセントヘレナでデートした時にお金の存在と使われ方を説明しただろう?」


 ルウとリーリャ2人だけのデート。

 彼女にとって忘れる事など出来るわけがない。

 あの時ルウは色々な事を教えてくれた。


「お聞きしました! お金とは物と物を繋ぐ対価なのだと……」


 はきはきと答えるリーリャにルウは頷く。


「あの時にお前を連れて行ったキングスレー商会はお金を使って物を回す機能を持つ、それも大元でだ――あのような商会が大きく商売をして扱った商品が巡り巡って露店にまで至る場合が多い」


 ルウの話を聞きながら相槌を打つのはリーリャがその後に色々と学んだ証である。

 彼女は様々な方法を使って知識を得たようだ。


「はい、分かります! 私、あれから勉強しました。学園の図書室で本を読んだり、オレリー姉やジョゼ姉に聞きました――あのような大きなお店が無いと物が色々な人の手に届かない、と」


「そうだ、王様を始めとして庶民に至るまで無ければ困ってしまうだろうな。そしてザハール・ヴァロフが経営するヴァロフ商会はロドニアでは手広く商売をしている。困った事に商売敵といえる相手が居ない状況なんだ……」


「ではヴァロフ商会が突然無くなれば……ロドニアの国民は難儀しますね」


 リーリャは途中からルウの真意を理解している。

 ただ相手の話は、特にルウの話は最後まで聞いていたいという気持ちなのだ。


「ああ、いずれは商売を始める者が出て来る。しかしそれには結構な時間が掛かるだろう。そして大元で物が回らないというのはその国の人々の生活がとどこおるという事なんだ」


「成る程……食べる物も、着る物も、生活に必要な物が必要な分だけ入って来ない……残った物が一方的に高くなり、いずれは無くなる……それって地獄ですね」


「そこで俺は奴のグリゴーリィ・アッシュである魔法使いとしての力だけを封じた。商人ザハール・ヴァロフとしての資質のみを残して事件に対しての償いをさせる事を考えたんだ。悪魔による監視付きで、な」


「旦那様、ありがとうございます! ……ノースヘブンで私は彼と再会する。その時にいきなりショックを受けないように考えて頂いたのですね……そして私に乗り越えて欲しいと!」


「ああ、そうだ。今迄お前に隠していて済まなかった」


 ルウはリーリャに深く頭を下げた。

 グリゴーリィ・アッシュの事はリーリャにとっては忌まわしい記憶でしかない。

 しかし時間が経てばショックも薄れて行く。

 現にグリゴーリィに操られていたアスモデウスに対してリーリャが嫌悪感を見せたのは最初だけであった。

 ルウはそのようなリーリャの状態を見極めて、事実とその理由を話すタイミングをずっと考えていたようだ。

 敢えて黙っていた事が夫の優しい気遣いである事をリーリャは直ぐに理解したのである。


「何を仰います! ありがとう、旦那様! やっぱり貴方は私の唯一の旦那様です!」


 嬉しい!

 自分はしっかり彼に愛されている。


 リーリャは改めて実感し、ルウに思い切り抱きついたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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