第587話 「木霊谷⑪」
妻達の木霊谷の捜索は相変わらず続いている。
彼女達の様子を見ると結構難儀をしていた。
何せ全てが初めての経験なのだ、無理もない。
モーラルが妻達の様子を魔力波で確認すると、異界への扉を見つけたのは未だリーリャだけのようである。
「リーリャ、見つけた異界への扉は決して触らず、旦那様のご指示通りにそのままにして報告だけするのよ」
「は、はい! でもモーラル姉は多分、偽装だと仰いましたが……」
「リーリャ。私は1つの可能性を言っただけです。このような場合『更に裏をかく』という事もよくありますから」
「あからさまな偽装が実は本当の隠し場所とは……成る程、奥が深いです!」
リーリャはモーラルの物の見方を聞いて感心したように頷く。
しかし、いち早く異界の扉を発見したリーリャは優れた探知能力を持っている。
モーラルは褒めずにいられなかった。
「うふふ、でも貴女は大したものよ。他の人達は未だ探索中ですもの」
「そうでしょうか?」
モーラルに褒められてもリーリャは半信半疑である。
異界での訓練では周囲が素晴らしい才能の持ち主ばかりで圧倒される事が多かったからだ。
「ええ、私から見て貴女はとても才能のある魔法使いよ。これはお世辞でも嘘でもないわ」
「わぁお! 嬉しいです! モーラル姉に褒められると自信になります。私は一層頑張りますよぉ」
「向上心は大事よ! 加えて忠告すると自分を客観的に見れると尚更良いわ。そうすれば他人に対しても先入観を持たず客観的に見る事が出来る……これはとても大事なことなの」
実際、モーラルから見てリーリャは天才型の魔法使いだ。
風、水、土の属性を持つ複数属性魔法使用者という素材に、探究心、向上心という魔法使いに必要不可欠な性格を持ち、集中力、忍耐力に優れ、学習能力に長けている。
先日の対抗戦では統率力に関しても素晴らしい素質を見せており、末恐ろしいとはリーリャの事と言っても過言ではない。
「でも異界の扉は索敵の魔法ではなかなか上手く捉えられません」
「異界が放つ魔力波は通常の索敵魔法では捉えられない異質のものだから」
リーリャは今、モーラルが伝えた事も口の中で反復している。
彼女の学ぶ事への前向きさは、まるで乾いた砂がどんどん水を吸い込むようだ。
モーラルは当然嬉しくなり、この可愛い妹分にもっとアドバイスをしたくなった。
「リーリャも魔導拳の習得……頑張っているわね」
「は、はい。残念ながら、未だにほんの少ししか習得出来ていませんが……」
リーリャの魔導拳習得レベルは初歩の組み手を覚えている段階である。
しかし既に身体強化の魔法発動を習得しているのできっかけがあれば、飛躍的に上達する可能性を秘めている。
モーラルは控えめなリーリャに微笑んだ。
普段は前向きで活発ながらも、場を弁えた時は奥ゆかしい――リーリャはそのような性格なのだ。
「魔導拳を何故、旦那様が私達に対して徹底的に教えているか……それは単に護身の為だけじゃあないのよ」
「護身の為だけじゃあ……ない」
「ええ、魔力波読みを上達すれば、全ての魔法の上達に繋がるの」
「全ての魔法の上達……」
モーラルの言葉を噛み締めるように繰り返すリーリャであったが、何か魂に浮かんだイメージがあるようだ。
そんなリーリャにモーラルは魔力波読み上達の意義を告げる。
「そう! 魔法は体内の魔力が魔力波に変換され、放出されたもの。様々な術者が放つ魔法の魔力波を読み切る事が出来ればより効果的に魔法を発動出来るわ」
「わぁお! 魔力波をイメージして発動の際に再現出来れば……魔法の上達が」
目を丸くして驚くリーリャ。
「うふふ……当然、段違いに速くなるわね……そして敵と相対する際にも当然役に立つわ」
「分かりました、モーラル姉! リーリャはもっともっと頑張ります! アドバイスありがとうございます!」
大きな声でモーラルの教授に対する礼をいうリーリャ。
彼女の声はまるでモーラル自身の決意を宣言する声のように聞こえる。
優しい旦那様、この可愛い妹を始めとした、気の良い姉妹達……
私は幸せだ!
モーラルは目をきらきらさせるリーリャをまるで慈母のような眼差しで見詰めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
女神に呪われた南の妖精、木霊を閉じ込めたと思われる異界への扉は合計6つほど見付かった。
モーラル、リーリャ組が3つ、残りの妻達がそれぞれ1つずつ見つけたのである。
この異界は亜空間の牢獄であり、魂と身体を分離された木霊はこのいずれかに隠されている筈だ。
「旦那様、全員言い付けどおりに、発見に止めてあります」
「ははっ、良く守ってくれた。それでどう思った? 感じたままを言ってみてくれ」
「では私から……」
フランがルウへの報告に続いて言う。
彼女はアマンダと組んで探索していた。
2人のうち、片方が報告する形になりそうだ。
「魔力波が現世と違うので、場所はここだと把握出来ました。ですが鍵穴と呼べるものが全く分かりません……どうして探せば良いのか……」
ルウの言い付けを守り、手を出さなかったようだ。
続いてジゼル、オレリーが代表して話して行く。
「私もフラン姉と全く同じだ。何か嫌な予感もするから見送った」
「私もフラン姉やジゼル姉と同様です。先程の青銅の巨人達を見たから尚更ですね」
2人ともやはり罠の気配を感じ取ったようである。
最後に報告するのはリーリャであった。
モーラルの指示で感じたままを話すように言われたらしい。
「ええと……見付かった異界の扉ですが……それぞれ違いがある事に気付きました」
違いがある事!?
モーラルを除いた妻達の視線が集中する。
リーリャは一体何を発見したと言うのであろうか。
「まずは普段は感じない魔力波の量が……非常に多いもの……極端に少ないもの……実は最初にとても多いものを捕捉したので、これは絶対に偽装かなってモーラル姉と話していました」
「成る程……お前達は3つ見つけたからな。比較をしたという事か」
「はい! それに質感も違いがありました」
「ほう、質感とは……もしや異界に直接、魔法鍵で触ったのか?」
「いいえ! 旦那様から頂いた魔法鍵で触ると何か起りそうだったので索敵の魔力波で様子を確認しただけです。感じたままを言いますと何重もの封印で守られた厳重なもの、そして極端に薄いやわなものという感覚の違いがありました」
はきはきと話すリーリャに妻達の尊敬の眼差しが集まる。
ルウによる今日の『課外授業』では断トツの成績を収めた事になるだろう。
「おめでとう、リーリャ。お前の索敵の魔法はまたレベルアップしたようだ」
ルウに褒められたリーリャは嬉しくもあったが、それ以上に照れ臭かったようだ。
彼女は恥ずかしそうに真っ赤に頬を染めて、可愛らしく俯いてしまったのであった。
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