第585話 「木霊谷⑨」
女神の魂の残滓が消滅し――冥界に旅立った後、ルウとモーラルは直ぐ地上に戻った。
心配していた妻達を少しでも早く安心させる為である。
「旦那様ぁ! よかったぁ!」
ルウとモーラルが地上に降り立った瞬間、脱兎の如く真っ先に駆け寄ったのは意外な人物であった。
何と普段は凛とした佇まいでフランに次ぐ姉役を演じているジゼルである。
以前、ナディアに取り縋ったように完全に顔色が変わっていた。
「旦那様! 私は心配したのだぞ! 凄く心配したのだぞ!」
「ははっ、悪かったな、ジゼル」
ルウに飛びついて甘えるジゼルはまるで獅子から猫に豹変したという感があった。
しかし誰もジゼルを茶化す者など居ない。
地上に居た全員がルウとモーラルの事を心配していたからである。
放置された?モーラルが悪戯っぽい笑みを浮かべてジゼルに問う。
「ふふふ、私の事は心配してくれないのですか? ジゼル姉!」
「す、済まない! つい、な! お詫びにおんぶしてやろう!」
「え!?」
慌てて両手を合わせ、詫びたジゼルは小柄なモーラルを抱えると「よいっ」と掛け声を掛けて『おんぶ』してしまった。
「皆、注目しろ! 美しい『妖精様』の凱旋だぞ!」
「ちょ、ちょっと! ジゼル姉!」
予想だにしなかったジゼルの行動に驚くモーラルであったが、次第に戸惑いの表情は直ぐ笑顔に変わっている。
わああああああっ!
2人を見た妻達の歓声が沸き起こり、モーラルをおぶったジゼルはあっという間に囲まれてしまう。
こうなると妖精の風貌のままのモーラルは妻達の大注目を浴びる。
「いつものモーラルも可愛いけれど、妖精のモーラルも本当に可愛い! ボクも今度は、いの一番に立候補するよ!」
「地味な私でも妖精になれば!」
「アリスとはまた違った可愛さですわ」
「わぁお! 水の妖精に続いて南の妖精にもぜひ変化してみたいです!」
そのような妻達の喧騒を他所にフランだけがルウの傍に立ってまじまじと夫を見ている。
「どうした? フラン」
ルウは一応聞いたが、フランの気持ちは分かっていた。
「うふふ……確かに凄く綺麗で神秘的な男性ですね、ナルキッソスって」
「でも」とフランは言葉を続ける。
「旦那様が1番! 私には黒髪で黒い瞳の優しい旦那様が1番なのです!」
フランの言葉を聞いたルウは嬉しそうに笑うとパチンと指を鳴らす。
すると古の美青年の姿が変わり、フラン達の愛する夫、ルウ・ブランデルの姿が現れたのである。
「旦那様!」
その瞬間、フランは大きく叫ぶと、躊躇無くルウの胸の中へ飛び込んでいたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「改めてお疲れ様、旦那様! モーラルちゃん!」
「「「「「お疲れ様です!」」」」」
擬態を解いたルウとモーラルを妻達が慰労する。
「お疲れ様です、ルウ様、モーラル様」
「…………ご無事で何よりです」
それぞれが労いの言葉を掛ける中、ルウが妻達を見渡して笑顔を見せた。
全員が怪我も無く、笑顔に満ち溢れているからだ。
「ありがとう! 皆も無事で何よりだ」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
「俺に対して色々と聞きたい事もあるだろうが、白鳥亭に戻ってから話そう。今は木霊を探して呪いを解いてやる方が先だ」
探究心と好奇心の塊であるのが魔法使いである。
ルウがあっさりと高貴なる4界王、それも2体を召喚して誼を通じた事、守護者である青銅の巨人達をどのように倒したのかなどを根掘り葉掘り聞きたいに決まっていた。
そのような妻達の気持ちを察してルウは先手を打ったのである。
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
「よっし! これから木霊の魂と身体を探すが、俺も含めて手分けして探す事とする」
こちらもルウの言いたい事が妻達には分かっている。
未だ課外授業は続いているのだと……
ルウは満足そうに頷くと話を続けた。
「お前達がこれまでに培って来た力を生かすんだ。各自が創意工夫をして木霊を探す――結果は考えるな、挑戦する事が大事なんだ」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
「ひとつアドバイスしておこう、青銅の巨人同様、女神は異界に木霊を隠しているに違いない――これからお前達に『鍵』を渡すがそれは異界に近くなれば反応を示す。罠がある可能性もあるから異界の入り口が見付かったら直ぐ俺に報せるように」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
ここで妻の1人が挙手をした。
何か思いついたような表情のナディアである。
「旦那様、何かご褒美が欲しいな!」
「ご褒美?」
おねだりする可愛い妻の表情にルウの顔も綻んだ。
ナディアは可愛く首を傾げている。
「うん! ご褒美! 皆、やる気が出て来ると思うよ」
「…………」
このような時はいつも突っ込みを入れるジゼルは腕組みをして、そっぽを向いていた。
今回ばかりはナディアの提案に賛成のようだ。
「旦那様、贅沢は言わない! 2人きりで出かけてくれる権利が良い!」
「成る程……OKだ」
何かモノをおねだりするより、ルウと2人きりでデートする方が妻達にとっては幸せなのは勿論、上手くいけば出掛けた先で何か買って貰える可能性もある。
ナディアは瞬時にそこまで計算したのだ。
そのようなナディアの思惑はお見通しのようだが、ルウは素知らぬふりで了解したのであった。
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