第583話 「木霊谷⑦」
オリエンスは長い金髪をなびかせながら、面白そうに言う。
『ルウ、お前が私達を呼び出したのは、あの木偶の坊達を倒す為の手伝いであろう? どうする? 色々とやり方があるが……鋼鉄をも断ち切る烈風の刃で切り裂くか? それとも先程から泣き喚いている年増女の亭主が得意だった雷で止めを刺すか?』
一見冷たそうな雰囲気を持つアリトンもオリエンスに負けてはいない。
『ほほほ、大いなる水の力を使うのなら妾へ遠慮なく申すが良い! 狂える奔流の力であの人形の全身をバラバラにするか、冷たき太い氷柱で胸の真ん中を貫いてやっても良いぞ』
戦いにも長けた2人の上級精霊の容赦ない物言いであった。
相手を一旦、敵と見なせば全ての情を断つのが彼女達、精霊の考え方なのだ。
『ははっ、どちらのやり方でも面白そうだ。しかし2人とも俺の望みは分かる筈……協力してくれないか、アリトン、オリエンス』
ルウの頼みを聞いた2人は笑顔で快諾した。
『ほほほ、勿論だ。妾に異存は無い!』
『ははは! お前の魂の中のやり方とやらを見せて貰ったが酔狂だな! まあ……良いだろう。そなたの頼みならいつでもこのオリエンス、力を貸そうぞ!』
ルウのやり方は2人には奇妙な方法として受け止められたようだ。
相変わらずルウと2人の界王が念話で話している間も女神の絶叫は続いていた。
それを聞いたオリエンスは不快感を隠せず眉間に皺を寄せる。
『ええい、先程から煩いわ! まるで誰にでも吼えかける小型犬のようだな。ルウの言う通り、魂の残滓など冥界に送って静かにさせてやらねばならぬ』
『同感じゃ! ではオリエンス、そなたからやってはくれまいか』
アリトンが促すとオリエンスは大きく頷き、即座に言霊を詠唱したのである。
『常世の底から吹き荒び凍える大気よ、猛き巨人の熱きほとばしりを鎮めよ!』
すると5体の青銅の巨人達の手足は悴んだように動かなくなる。
そして力なく崩れ落ちてしまったのだ。
『アリトン! 後は任せたぞ!』
自分の役目は果したとばかりに、オリエンスが目配せする。
『承知した!』
アリトンはひと声返し、青銅の巨人達へ厳しい視線を向けると詠唱を開始した。
『嘆きの川の冷たき氷よ! 未来永劫動けぬよう、我が敵を封じ込めよ!』
アリトンの言霊が青銅の巨人達に届いた瞬間であった。
ぴしっ!
乾いた音がしたかと思うと青銅の巨人の全身が硬直し、彼等の身体はあっという間に透明な氷に覆われてしまったのだ。
『おっし、ありがとう!』
ルウは2人の上級精霊に礼を言うと指をパチンと鳴らした。
すると氷漬けの青銅の巨人達は煙のように消え失せる。
上級精霊2人が戦闘不能にした青銅の巨人達をルウが自分が創った異界へ転送したのだ。
ルウが青銅の巨人達を送った手並みにアリトンが感嘆する。
『ほほほ、さすがじゃ、ルウ! 結構な転移魔法じゃの!』
片やオリエンスもいつになく機嫌が良いらしい。
『ふむ! これからも何かあったら呼ぶが良い。どうせ、お前の事だ。このように詰まらない用事だけではなく、私達の力を必要とする時が来る筈だ。火界王パイモンも地界王アマイモンも異論はあるまいて……高貴なる4界王……いつでも出向いてやろうぞ』
『2人ともありがとう。これからもお前達4界王には頼る事になる、宜しくお願いしたいものだ』
ルウはいつものように穏やかに微笑んでいる。
『ははは、確かに承った! では用事が済んだようだから私達は帰るぞ。本当はもう少しこの現世に居たいが、な……』
仕事は終わった!とばかりに、にっこりと笑うオリエンスにアリトンが『突っ込み』を入れる。
『オリエンス、帰る時はもう少し地味でも良いじゃろう? そなたの起こす衝撃波のせいでルウを始め、周囲が迷惑しておる』
『う、煩いわ! よ、余計なお世話だ!』
そう言いながらオリエンスはすうっと煙のように消えてしまう。
アリトンに言われたのを気にしたのか、彼女が登場した時よりは、ずっと『地味』な帰還であった。
『ほほほ、あの子は悪態はつくものの、根は結構素直で良い娘じゃろう。では、またな、ルウ』
そう言うとアリトンも手を振りながら同じ様に帰還したのである。
その場に残されたのはルウとモーラルの2人であった。
モーラルは相変わらず呆然としており、残りの妻達も結界の中から心配そうに見詰めている。
「だ、旦那様……私、言葉がありません……4界王の2人を同時召喚って……それもあのように気安く……」
モーラルが驚くのも無理はなかった。
ルウの従士達は大悪魔であり、異界の住人ではあるが、元々自らの意思で現世に留まっている。
またルウが召喚魔法に長けているのも事実だ。
しかし初めて召喚する格の高い精霊を1度に2体も呼び出し、対等な立場で意思を伝えて願いを叶えて貰うなど大いに常識からかけ離れている。
「ははっ、いつも冷静沈着なモーラルでも、たまには驚くのだな」
ルウがモーラルの腰に回した手に力を入れた。
モーラルは僅かに頬を染めると俯いて呟く。
「もう! 私だって、こう見えても普通の女の子ですよ」
「ははっ、済まん! だが、これからが仕上げだぞ!」
「はいっ!」
ルウは結界の中に居る妻達へ手を振ると同時に念話を送る。
『大丈夫! 俺とモーラルは無事だ。青銅の巨人達も無事に生け捕りにした。後は本命がやってくるのを待つだけだぞ』
わああああっ!
ルウの念話を聞いて安心した妻達から歓声が上がった。
上級精霊2人とのやり取りは、ルウの魂を通じて彼女達に伝わってはいたが、やはり本人から無事であるとの言葉を聞くのは格別なものなのだ。
『口惜しい! 口惜しい! こうなれば私が直接、手を下してやる……』
ルウの計算通りであった。
駒である青銅の巨人がルウ達に倒され、手段を失った女神は自ら行動を起こすと踏んでいたのである。
とうとう女神の魂は潜んでいた異界を抜け出てルウ達の前に立ちはだかった。
たかが残滓ではあるが、ごうと、立ち昇る巨大な魔力波は最早、冥界の瘴気に近い禍々しさだ。
『殺してやるぞ、木霊! その下司な男と共に!』
「滅びたとはいえ……さすが、神だ」
ルウの呟きに対しても、残滓と成り果て正気を失った女神の魂は、呪詛の言葉を吐くのみである。
「しかし……俺はお前が出てくるのを待っていたのさ」
ルウは確りとモーラルを抱きながら、不敵な笑みを浮かべていたのであった。
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