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第582話 「木霊谷⑥」

『殺せ! その汚らわしい妖精ニンフと人間を!』


 女神の絶叫が響き渡った瞬間、耳障りな金属特有の音をきしませて、青銅の巨人タロス達が動き出した。

 青銅の巨人タロスの一体がいきなり傍らの大岩を掴むやいなや、ルウ達目掛けて投げつける。

 古文書に記された伝説通りの攻撃であった。

 不気味な音を立てながら凄まじい勢いで迫る大岩であったが、ルウは全く動じる事無く、無造作に指を差した。


 すると何という事であろう!

 一直線に向って来た大岩が粉々に砕け散ったのである。

 ルウの魔法が神速で発動されたのに違いなかった。


「ははっ、モーラル。結構動きが素早いな」


「はい! 後は高熱を発して敵を焼き殺すという攻撃手段を持っている筈です」


 モーラルの知識は相当である。

 伝説の巨人に対する知識もしっかり持っているようだ。

 片やルウはルウで過去に思い出があるらしい。


「ああ昔、爺ちゃんが出会って倒した事があるそうだ。……爺ちゃんの奴、後で凄く後悔したらしいぞ」


「後悔? シュルヴェステル様が……ですか?」


「ははっ、研究材料用で生け捕りにして調べればよかったって、さ」


 生け捕り!?


 モーラルは苦笑した。

 シュルヴェステル・エイルトヴァーラとは何という男であろう。

 しかし神の御子ともいえる古代竜をあっさりと倒した彼にとっては、そんな事は朝飯前――児戯だったに違いない。


 そしてモーラルの目の前に居るこの男も……


 青銅の巨人タロスが次々と大岩を投げ込んで来た。

 しかしルウは指を僅かに動かしながら、大岩をあっさりと破壊して行く。


『下僕共め! な、何をしている!? 殺せぇ! 殺せぇ!』


 自分の思い通りに行かない女神の絶叫が虚しく響く中、その様子を見守る妻達も不可解だという視線を投げ掛けていた。


「フ、フラン姉! な、何故、旦那様は反撃しないのでしょうか?」


 真っ先に声をあげたのはオレリーである。

 ルウとモーラルを見守るフランに必死に取り縋ったのだ。

 しかしフランはオレリーをそっと抱いたまま、微笑を浮かべている。


「私には分かる……旦那様にお考えがあるのよ」


「お考えって何? 旦那様のお考えって!?」


「落ち着いてオレリー、旦那様は大丈夫よ! ……ただ悪い癖が出たかもね、うふふ」


 傍らで立ち尽くすジゼルの拳が固く強く握られている。

 負けず嫌いな彼女はとても悔しいのだ。

 躊躇なく囮となる事を申し出たモーラルの持つ覚悟、そして考えをフランが瞬時に理解したルウとの相互理解……今の自分には無い物だからだ。


『ジゼル!』


 いきなりルウの念話がジゼルの魂に響いた。


「ひゃう!」


 虚を衝かれる形となったジゼルは思わず悲鳴をあげる。


『だ、旦那様ぁ!』


 ジゼルの発する魔力波=悔しさの波動が余程強かったのであろう。

 ルウの声は優しくジゼルを癒す。


『ははっ、そう思い込み過ぎるな! 皆が俺の色々な事を分かってくれている。お前にしか分からない俺の一面がある筈だぞ』


『はいっ!』


 ジゼルは嬉しかった。


 自分の自信の無さを直ぐに補完してくれたルウの優しさが。

 そして周囲を見渡すとフランを始めとして表情には笑顔が満ちている。

 先程まで心配顔であったオレリーもにっこりと笑っていた。

 彼女にも何かひと言があったに違いない。


 妻達は全員が実感しているのだ。

 ルウが自分をしっかり見てくれている事を……


『見ていろよ、ジゼル。俺がどうするかを、な』


『はいっ!』


 ルウはモーラルを確りと抱えたまま、神速の呼吸法を使い、魔力を高めて行く。


「我は『高貴なる4界王』の偉大な力を欲する者なり! ――気高く、清冽せいれつな水の王アリトンよ、我の前に姿を現し、その偉大なる力を与えよ!」 


 一瞬の溜めがあり、ルウの口から決めの言霊が放たれる。


召喚サモン!」


 びしっ!


 ルウの言霊が終わったと同時に、乾いた音が鳴り響き、何も無い空間が割れた。

 そして1人のたおやかな美しい女が姿を現すと、ルウに微笑みかけたのだ。

 ルウ達の目の前で宙に浮いているのは、銀色の地に青い模様を配した独特のドレスを着込んだ色白で細身の女性である。


 水界王アリトン……


 あらゆる水の変遷を管理する存在で、水の妖精ウンディーネ達の支配者。

 伝説と言われた高貴なる4界王のひとりが遂に姿を現したのである。


『ほほほ、とうとう呼んでくれたか、ルウ! 今迄、力は貸していたが、そなたと直接会うのは初めてじゃな! だが、もう1人呼ぶのであろう? わらわを先に呼んだ事に免じて待っていてやろう!』


 当然念話でのやりとりである。

 やや権高な言い方ながらもアリトンは屈託の無い笑顔を見せた。


『ははっ、済まない!』


 ルウはぺこりとアリトンに一礼し、続いてまたもや召喚の言霊の詠唱を開始した。


「我は『高貴なる4界王』の偉大な力を欲する者なり! ――威風堂々、颯々さっさつたる風の王オリエンスよ、我の前に姿を現し、その偉大なる力を与えよ!」 


 再度、ルウの口から決めの言霊が放たれる。


召喚サモン!」


 その瞬間であった。

 びりびりと鳴り響く凄まじい衝撃波と共に、大量の魔力波オーラが空間から放出される。


『相変わらず派手な娘じゃ!』


 オリエンスの『登場』を見て、先に召喚されていたアリトンが思わず苦笑した。


「あ、ああ……」


「あううう……」


「くううう……」


 結界の中に居た風の魔法使いであるナディアとジョゼフィーヌ、そしてリーリャには結構な衝撃ショックがあったようだ。

 他の妻達やアモン、アマンダも驚くと同時に顔を僅かながら顰めている。

 ルウの力に守られた者達にとってもこの始末だから、間近に居た者にとってはたまらない。


 5体の青銅の巨人タロスも衝撃波によろめき、立っていられず地に膝を突いてしまう。


 そして……

 いつのまにかルウ達の目の前に1人の薄絹を纏った細身の少女が宙に浮いていた。


『ははは、ルウ! 他の上級精霊を先に呼んだ上、妻を抱きながら、この私を呼ぶとは……とても面白い座興よのう』


 ルウ達の魂に念話が響く。

 少女=オリエンスは悪戯っぽく笑っている。

 

 空気界王オリエンス……


 風はもとより全ての天候を司る風の妖精シルフ達の支配者である。

 敏捷にして快活であるが、その性格は気侭でありはっきり言ってマイペースだ。

 肌が抜けるように白く、優美で透明感に溢れており、その美しさは見る者を引き込まずにはいられない。


「だ、旦那様!」


 さすがのモーラルも2人の界王の存在に気圧けおされている。


「大丈夫だ、モーラル」


『な~にが大丈夫だ? 冗談ではないぞ』


 ルウの言葉を遮るように言い放つオリエンスだが、その言葉に怒りは無い。


『なんて、な! ははは、お前には風の妖精シルフ達がとても世話になっておる。まずは礼を言っておこう』 


『おっと! それは妾も同じ事! 水の妖精ウンディーネ達はお前の噂ばかりしておる!』


 モーラルは呆気に取られている。

 全ての精霊に好かれ祝福されている……常識的にはありえない事なのだ。

 だが……これは現実の出来事である。


 彼女は夫であるルウの凄さをまざまざと感じていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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