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第581話 「木霊谷⑤」

 ナルキッソスに擬態したルウが木霊エーコーそっくりのモーラルに手を差し延べた。

 それはかつて木霊エーコーが夢にまで見た光景である。

 

 穢れなき妖精の命を懸けた恋が遂に成就された……


 傍から見れば確かにそう見える筈である。

 そこにルウ達の狙いがあった。


飛翔フライト!」


 ふわりと宙に舞い上がったルウとモーラルの2人は仲睦なかむつまじい間柄を隠しもせずに何事かを語り合っている。

 誰もが愛する人とこのように幸せな表情で語り合いたい!

 そう思わせる雰囲気であった。


 だがルウの妻達の後悔も2人の様子に比例してどんどん大きくなって行く。


「ああ! ……良いなぁ!」


「ううう……」


「やっぱりモーラルちゃんの旦那様に対する覚悟は違います。私達も見習いましょう」


 フランが最後に『締める』とあからさまに後悔していた妻達もついに愚痴をやめた。

 そして飛翔する2人を黙って見守ったのである。


 ルウ達が結界を出た瞬間であった。

 一斉にルウ達へ世の中の全てといっても良い『悪意』が襲い掛かったのだ。


 嫌悪! 憎悪! 嫉妬! 焦燥! 羨望!

 

 そして殺意!


 2人に対して叩きつけるような凄まじい怨念の魔力波オーラの数々。

 ルウの思惑通り、女神の魂の残滓がルウ達へ攻撃を仕掛けたのだ。

 本体はとうに滅びた魂の残滓とはいえ、さすがに南の大神の妻であった。

 魂と身体へ叩きつける圧倒的な力に対して珍しくモーラルが悲鳴をあげる。


「きゃあ! だ、旦那様ぁ!?」


「モーラル、落ち着け! 俺の手を絶対に離すなよ」


 2人のこころと皆の魂は繋がっている。

 ルウがモーラルを励ます波動が伝わるとフラン達も一斉に2人を見詰めた。


「ああっ、旦那様達が!」「モーラルちゃん、しっかり!」


 女神の怨念はルウの結界と魔法障壁に阻まれて妻達には届いていないようだ。

 

 ルウは一瞥して、妻達の無事を確かめると『悪意』に正面から向き直る。

 悪意を発する女神の魂の残滓がどこに居るのかは、未だルウには見えない。

 加えて木霊エーコーの居場所も次元の狭間か、異界に巧く隠されているらしく、さすがのルウも直ぐには把握出来ないのだ。

 

 今度はルウの魂に怨嗟の声がはっきりと聞こえて来る。


『むう! 私の呪いを何故、解呪ディスペルする事が出来たのじゃ!?』


 ルウは虚空に鋭い視線を向けた。

 しかし女神から発せられる怨嗟の声は止まらない。

 一旦、ルウの顔を見たモーラルも同じ方向を見詰める。

 どうやら彼女の魂にも同じ怨嗟の声が響いているようだ。


『どうして!? 何故だ!? 答えるが良い!』


 ルウ達が無視していると女神はだんだん苛立って来たようである。


『何故、その最低な男がお前と一緒なのだ!? 呪われたお前が恋焦がれても何も出来なかった筈だが……そして今や人にあらず、死んで一輪の花となった、その下司な男と?』


 自分の夫である大神が妖精と浮気をしたのは、全て自分を足止めした木霊の罪……

 女神とはいえ妄執に囚われた1人の哀しい女の叫びであった。


『もう呪うだけでは飽き足らぬ! 今度こそ……殺してやる! お前が恋焦がれた愛しい男と一緒に、な』

 

 ぱあん!


 いきなり何かが破裂するような音がした。

 この音はルウ達の居る現世うつしよとかつて女神が創り出した異界が繋がった音であった。


『出でよ! たくましきあかがねの巨人! この不逞の輩を殺せ!』


 何と空間が不自然に割れる。

 その割れた空間から金属が軋んだ音をたてて、巨大な人型が5体も現れたのだ。


青銅の巨人タロスか……」


 巨人を見たルウがぽつりと呟いた。

 片手はモーラルの腰に確りと回されている。


 青銅の巨人タロスとは女神の息子の1人である炎と鍛冶の神が造り出した青銅製の自動人形オートマタだ。

 やがて大神が恋した人間の娘に与えられたというが、女神が取り返したのか、また別の青銅の巨人タロスを改めて造ったのかは分からない。

 だが現実としてルウ達の目の前に5体の青銅の巨人タロスが、20m以上もあるその巨大な体躯をさらしているのである。


「も、もしや! だ、旦那様の仰っていた!? こ、これが守護者ガーディアン!?」


 フランが思わず叫ぶと、続いてジゼルがアモンに問う。


「アモン殿、だ、旦那様は!?」


 しかしアモンは前方を見据えたまま微動だにしない。


「ジゼル奥様……大丈夫だ。あんな木偶の坊……ルウ様の敵ではない」


「え!?」


 驚くフランに念を押すようにアモンが言う。


「大丈夫、ルウ様もモーラル奥様もあんな奴等に殺されはしない」


「旦那様! た、確か……伝説だと神の血を抜けば倒せる筈だよ!」


 ルウに届けとばかりに、今度はナディアが大声で叫ぶ。


 その瞬間であった。

 ナディアの魂にルウの穏やかな声が響いたのである。


『ナディア、ありがとう。参考にさせて貰うよ』


「ああ! 旦那様~っ!」 


 アモンの言う通りルウは、全く臆してなどいない。

 まずナディアが喜びの声をあげ、他の妻達の歓声も響く。


「旦那様!」「よかった~っ!」「2人とも大丈夫みたい!」


 どうやらルウからナディアへの声が他の妻の魂にも届いたようだ。


『皆、良いか? 課外授業は終わっていないぞ』


『『『『『『はいっ!』』』』』』』


 妻達の傍らで大きく拳を突き上げているのはアマンダである。


「ルウ様~っ! アマンダはずっと信じていますよぉ!」


 ひと際目立つアマンダのパフォーマンス。

 直ぐ隣に居たジョゼフィーヌは押され気味だ。


「うわぁ、アールヴ……恐るべし……でも私も負けませんわ!」


 だがジョゼフィーヌの目はきらきらと輝いている。

 どうやらジゼルにも匹敵する彼女の負けず嫌いが目覚めたようだ。


 ジョゼフィーヌは弾みをつけて思い切り息を吸い込んだ。

 そしてありったけの声で声援を送ったのである。


「旦那様~っ! ジョゼがついていますよぉっ! 愛していますよぉ!」


 大声で叫ぶジョゼフィーヌに他の妻達は一瞬圧倒されるが、直ぐ競争心に火がついたらしい。


「旦那様~っ! 頑張ってぇ!」「旦那様~っ!」


 そんな妻達の声は途切れることなくルウ達の耳に入って来る。


「力が湧くな、モーラル」


「はい! 旦那様!」


 妻達の大きな声援を背に受けて、ルウ達は改めて闘志を燃やしていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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