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第579話 「木霊谷③」

 木霊谷では結界の中でルウの授業が続いている。


「例えば俺の授業を受けて、この方法は自分にとても適しているから取り入れてみようという時があるだろう? 普通はとりあえず、俺の発動をそのまま真似るよな。 俺もそうさ、行使する魔法の殆どが爺ちゃんに学んだ模倣だから。そうなると結局、どのようになるか、分かるか?」


 真剣な表情でルウの『授業』を受けていた妻達の何人かが大きく頷く。

 どうやら理解出来たようである。


「分かったようだな? そう、ルウ・ブランデルの現在の行動パターンに、かつてのアールヴのソウェルだったシュルヴェステル・エイルトヴァーラと同じ部分が出て来るという事だ。これが似た物には相互作用があるという魔法や呪術に共通する因果関係であり法則なんだ」


 ルウの言う所によれば、似た物には相互作用があり、性質をも共用するということだ。

 つまり、Aという者がある行動をすれば同じ経験や知識を持つBと言う者も同様の行動を取る可能性が高くなるという。


「実はこれが魔法や呪術の根幹とも言える。魔法の師匠からの教えは勿論そうだが、創世神の使徒である大天使、属性を司る精霊をイメージして俺達は魔法を行使する。そして、お前達に余り馴染みはないかもしれないが、呪術も一緒なんだ」


「呪術も……ですか?」


 フランが首を傾げる。

 魔法のみを学ぶフランにとって呪術はあまり縁がない。

 何か、調べ物をする時に関連を調べるくらいであった。


「ああ、魔法より更に自然崇拝色が濃い呪術は人智を超えた相手の力を自らの中へ取り入れようとする傾向が魔法よりずっと強い。例えば術者が獅子の強さを自分に取り入れようとする時は、獅子の毛皮を被って仕草を真似たりする。また雨乞いの時は地面へ水を撒いたりするのさ」


 ここで口を挟んだのがナディアである。

 考古学者志望の彼女は魔法だけでなく呪術も幅広く学んでいるようだ。


「旦那様! ボクには分かるよ、人智を超えた者に存在が近くなればその力を得る事が出来ると考えているんだね!」


 生徒として、ナディアの答えは正解である。

 ルウは満足そうに頷くと話を続けた。


「おう、その通りさ、ナディア。そして先人達は不可思議な現象に気付いたんだ」


「不可思議な現象?」


 自分の言葉に同意したルウの顔を見てナディアは嬉しそうに微笑む。

 臆病だが好奇心旺盛な彼女は話の先をもっと聞きたいという表情である。


「そうだ、似た物には相互作用があるという事は……人為的に似た物を作れば、該当者に影響を及ぼす事が出来る事にさ」


「と……言う事は……」


「うん、呪いの標的となる人物に成りきったり、相手に良く似た人形などを作って呪うというやり方が広まって行った」


「こ、怖いよ! 旦那様!」


 思わず悲鳴をあげるナディアを優しく見詰めたルウだが話す内容はとてもリアルで厳しいものだ。


「確かに怖いな、ナディア。まあ、とりあえず話を戻そう。基本的な呪いの手法だが、直接相手を貶める呪われた言霊を遠くから発したり、直接本人へ浴びせる魔法が最も多い。また邪神、悪魔が放つ邪悪な言霊もよく使われる。そして効果的に行なう場合は先程の現象に基づいて髪の毛など相手の身体の一部を入れた人形を破壊して呪うやり方もある」


 妻達が思わずアモンを見たが、当のアモンは表情を変えるどころか、微動だにしない。

 悪魔族の自分にとって、今の話は至極当り前の事だからだ。

 ちなみに呪いを実際に行使するかは、別の問題である。


「お前達、呪いに限らずこのような事実は確りと知っておいた方が良い。攻撃に対しての防御と同じで表裏一体だから、な」


「はいっ!」


「旦那様! 良く分かったよ!」


「ありがとう、旦那様!」


 妻達は納得して一斉に返事をした。

 だが、解呪ディスペルの『授業』はここからが本番である。


「相手の呪いを防ぐ方法は大別して2つあるが、それ以前に術者を倒すか、無力化する事に越した事はない」


 確かに魔法や呪術が発動する前に相手を排除すれば安全ではある。

 何と言ってもまず自分や身内の命が大事である。

 この世界では敵に情けをかけて、本人や守るべき者の命が失われた例は枚挙にいとまがない


「まず王道的な方法からだ。魔法の素養が無くても効果効能が付呪された魔道具を身に付ければ呪いはある程度防ぐ事が出来る。呪いを防ぐ魔道具とは例えばお前達が所持しているペンタグラムがそうだ」


 妻達は全員がペンタグラムを身につけている。

 特にオレリーはルウから譲り受けたペンタグラムを大事そうに握り締めていた。


「それに呪うという行為は本来、術者自身に対して危険で負荷が掛かるものだ。だから防御魔法の中には呪いの魔力波を反射させ、術者にその怖ろしい力をフィードバックさせる事も出来るものがある。いわば呪った者を自滅させる方法だ」


「自滅……因果応報、自業自得になる、そういう事ですね」


 フランが眉間に皺を寄せながら言う。

 まるで妻達全員に言い聞かせているようだ。


「フラン、その通りだ。その2つの方法でしっかり対処すれば大抵の呪いは防げる」


「旦那様、万が一の場合はどうしたら良いのでしょう?」


 オレリーが手を挙げて質問する。

 少々、怖がりで現実的な性格の彼女はいつも最悪の事態を想定する事が多い。


「ああ、不幸に呪いを受けても、術者を捕らえたならば、無力化した上で術者自体に解呪させるのが1番良い方法だろう。それが無理なら相手の使用した魔法及び呪術を把握し、正しい対処をする事だ」


「ご教授、ありがとうございました! 次回の機会に手解きをお願い致します!」


 フランがぺこりと一礼すると妻達もそれに倣う。

 今は先生と生徒であり、皆が同じ気持ちであったからだ。


「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」


 ルウは妻達から礼を言われて穏やかに微笑む。

 いよいよ木霊エーコーの救出に取り掛かるのだ。


「前振りが長くなったが、これから実践に入る。今回の件は女神の呪いが問題だ。もう呪いを受けてしまっているから予め防ぐ事は無理だ。という事で解呪する事になる」


「女神がどのような方法で呪いを掛けたのか……知る方法が難しいな、旦那様」


 ジゼルが腕組みをしてルウに問う。

 『授業』を受けながら、ずっと救出方法を考えていたらしい。


「確かにそうだ。だが俺達は魔導拳で魔力波を読み切る訓練を散々行なって来た。今回もその応用だ」


「魔導拳の……応用?」


 魔導拳なら全員がルウから手解きを受けている。

 その真髄のひとつである魔力波オーラ読みを生かせるとなれば、師範代格の自分が役に立つのでは……

 ジゼルはそう考え、握り締めた拳に力を入れた。


 ルウはそんなジゼルを見て小さく頷く。


「ああ、女神は既に滅びてはいるが、呪いを掛けるくらい強い思いなら、その魂の残滓がこの地のどこかに残っている筈だ。思いは記憶を伴うものさ。記憶の中に絶対に鍵がある筈だ」


 女神の魂の残滓……

 確かにそれは貴重な手掛かりであろう。

 だが、決定的な疑問がジゼルにはあった。


「しかし、旦那様。その女神の残滓をどうやって探すのですか?」


「はいっ!」


 ジゼルの質問を聞いて、すかさず手を挙げたのがモーラルである。


「え?」


「モーラルちゃん!?」


 妻達から驚きの声があがる。

 その声を背に受けて、モーラルは堂々と立ち上がった。


「旦那様、私に変化の魔法を掛けて下さい。木霊エーコーに擬態してこの地に立てば、女神の残滓は必ず襲い掛かって来ます!」


 何とモーラルは『囮』になるという。

 これは大きな危険が伴うに違いない。

 一瞬、沈黙がその場を覆う。

 しかし、沈黙を破ったのはやはりルウであった。


「ははっ、面白そうじゃないか?」


「えええっ!?」


「旦那様、酷い!」


 意外とも思えるルウの答えに対して妻達の非難の声があがる。

 アマンダも口を尖らせて不満そうだ。

 しかし、その声を大声で遮ったのは囮を志願したモーラル自身であった。


「皆さん! 何を仰るのですか? 私は妻である前に従士です! 死地に赴くのは当り前ですよ」


「死地だと!? で、あれば私も!」


 モーラルの言葉に刺激を受けて、身を乗り出したジゼル。

 しかしジゼルを手で制し、ルウも立ち上がったのである


「皆、最後まで話を聞くんだ。俺とモーラルで囮になる、木霊エーコーだけでは女神は誘き出されないだろう……恋人のナルキッソスが一緒じゃあないと、な」


「えええええっ!?」


「そ、それは!?」


 一瞬の沈黙がまた、その場を覆う。


 確かに危険だが……このシチュエーションは妻にとって最高の晴れ舞台となる。

 誰もがそう思ったのであろう。


「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」


 案の定、モーラルを押し退ける勢いで、妻達から『木霊エーコー』への立候補が殺到したのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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