第578話 「木霊谷②」
「さあて……また課外授業の始まり……だな」
先日の荒野での状況と全く同じである。
今度はこの木霊谷で木霊を助ける為に解呪の魔法を行使するが、魔法の概要や発動の手順を妻達に学んで貰い、ゆくゆくは習得して欲しいという趣旨であった。
円滑な授業を行う為にまずは、この場における全員の安全確保が必要である。
ルウは神速の呼吸法を行い、あっという間に魔力を高めて行く。
魔力が漲るとルウの口は開き、言霊の詠唱が始まった。
「創世の理により生まれた聖なる大地よ! 我、生まれたる原初の時に戻す為に大いなる力を行使する者なり! 聞け! この地に宿る哀れな魂達よ、様々な恩讐を捨て、戻るべき彼方へ旅立つがよい!」
朗々と詠唱の声が響き、ルウの身体が眩い光で輝いている。
「聖域!」
ルウが『決め』の言霊を言い放つと、大量の魔力波オーラが放出され、纏っていた白光が地に広がって行く。
ルウ達が居る周囲100m四方が発光し、その領域は結界になったという証だ。
実体を持たぬ悪霊などの悪しき者、または魂などへの精神攻撃はこれで概ね防げる筈である。
次にルウが発動するのは物理と魔法の攻撃に対処出来る万能型の魔法障壁だ。
「害意ある力を撥ね退けし大いなる城壁よ、邪な誘惑を排除する大いなる意志よ、我等の盾となり拠り所となり給え」
先程、大魔法を発動したばかりだというのに、ルウの体内の魔力値があっという間に高まって行く。
「防御!」
決めの言霊と共にルウ達の周りには強固な魔法障壁が張り巡らされた。
物理・魔法両方に対応する万能型の魔法障壁である。
「相変わらず旦那様は凄い! 凄過ぎます!」
フランが思わず叫ぶと、妻達は皆、頷く。
アマンダは久々に見るルウの魔法に感動しているようだ。
無口なアモンもいつもの通り黙って見詰めているが、その両目が大きく見開かれているのを見れば普段とは違う事が分かる。
「今回は神の強大な呪いを解呪しようというものだ。じっくり行こう」
ルウの勧めで全員がその場に座り込む。
彼が『本気』を出せば、今回の件でさえ容易い事かもしれない。
だが、この場でのルウは『教師』である。
生徒のレベルやペースに合わせる事が教師として必要とされる場合もあるのだ。
「まず解呪について説明しよう。フラン、モーラル、アマンダ、アモンにはもう認識済みだから、退屈だろうが……」
「構いません! お願いします、旦那様!」
フランがすかさず大きな声で叫ぶとモーラルは勿論、アマンダもアモンも黙って頷いた。
「分かった、では改めて聞いてくれ。解呪を簡単に例えれば呪いと言う『錠前』に対して開錠出来る『鍵』のようなものだ、そうイメージしてくれ」
錠前と鍵……
ルウの言葉を妻達はじっと聞き入っている。
「そのような意味でいえば解呪魔法自体の範疇は幅広い。極端にいえば先日学んだ葬送魔法があるかと思えば、屋敷の開門や開錠の魔法まで解呪の魔法の一種と分類されるから、な」
妻達は先日、ルウから教授された葬送魔法を思い出していた。
怨念という負の錠前に閉ざされた人の子の魂を葬送魔法という鍵で解放する。
納得したらしい数人が頷いた。
「このような解呪魔法による開錠は手法がひとつではない。魔法発動の際に体内から発する魔力波を鍵の形状に創作して、鍵穴に差し込むレトロなものは未だ良いのさ。だが魔法錠だって日々進化している」
魔法錠の多様さはフラン達も知っている。
合言葉で開く錠も既に旧式であり、個々の魔力波を登録して合致しなければ絶対に開錠出来ない上級の魔法錠まで出現しているのだ。
「しかし超一流の術者にかかれば、合言葉を魔力波の記憶により簡単に読み取ったり、個々の魔力波に極力近いものを独自に創り出して上級の魔法錠の開錠も出来てしまう。いわば『いたちごっこ』といえるな」
閉める者と開けようとする者の戦い
これも魔法の技術の進化のせめぎ合いといえるだろう。
「話が少し逸れたが、基本理論の確認だ! 解呪魔法とは『錠前』を深く理解し、開錠出来る『鍵』を確りと創造する事だ。そして手法は数限り無くある! ここまでは良いな?」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
「よっし。これを呪いに置き換えるぞ。『呪い』という忌まわしく難解な錠前に合う鍵を探す事が、今回の解決方法だ」
しかし口だけでいう事は容易い。
問題はどのような方法で木霊の『呪い』を解くか、である。
ここでルウは具体的な方法の説明に入る。
「そもそも相手を呪うという忌まわしい行為に関して考えてみよう」
呪う……
それは日々の生活や他人とのやりとりの中で生まれるごく自然なものだ。
理由はともあれ、悪意を抱き、恨みを持つ対象や社会全般に対し災厄や不幸をもたらせしめようとする感情である。
淡い感情のみに止まれば良いが、実際に起これば良いと妄執に囚われてしまう場合は問題ともなる。
それでも常人であれば未だ笑い話で済むが、霊的、魔法等による超自然的な力を有する者や、その恐るべき力を引き出し、行使出来る者が実施した場合は冗談では済まなくなるのだ。
「呪いを掛ける術者には優れた感性が必要だ――これは魔法と全く同じさ」
魔法と同じ?
一体どのような事であろう?
妻達はルウの説明に対して一斉に耳をすませる。
「まずは呪いの感覚――相手がどのような人間なのか? リアルなイメージを持つ事だ。つまり相手を理解し、負わせる悪しきイメージを持つ、呪うという事は、ここから始まる」
それを聞いた妻達は不快感を覚えたようだ。
辛そうに顔を顰めたのである。
「呪うというのは相手に対しての当事者が多いが、より相手に深刻なダメージを与える為に行う方法がある」
話が核心に入って来ると、妻達の表情はより真剣に厳しくなって来た。
「その方法を表しているのが、接触した者同士はお互い影響があると言われている言葉だ」
接触した同士はお互いに影響がある?
まるで謎掛けのような言葉を聞いても、妻達は直ぐに理解出来ないようだ。
「じゃあ簡単に言おう。俺を含めてもっと以前だ。お前達が同じ時間を共有した親、兄弟、先輩、友人、後輩……過去、現在を問わず何らかの形で影響されている筈だ」
それならば理解出来るというようにフランが頷いた。
「影響を受けるとどうなる? 考え方や行動が少しは似て来るだろう? それは知識がない部分を学んで自分の糧とするから致し方ない事なんだ」
今度はルウの言葉に皆が納得したようだ。
現にこうやってルウについて魔法を学んでいるからである。
しかしそれが『呪い』と、どのように繋がるのか?
妻達は淡々と話すルウをじっと見詰めたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




