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第577話 「木霊谷①」

 リーパ村白鳥亭前、午後1時30分……


 ケイトの案内によるリーパ村の観光が終わったルウ達一行はアマンダの経営する宿屋、白鳥亭へ戻って来た。

 毎夜、アマンダを悩ます妖精からの救援の要請に対してルウが解決に乗り出すのだ。

 ルウが宣言した通り、妻達は今回、同行する事になっている。

 留守番はケイトだが、今回は留守居役としてバルバトスが彼女と一緒に居残る事になった。


「ルウ様、私にお気遣い無く……高貴なる4界王、ルウ様ならば私を介さずとも問題なく召喚出来ますな?」


「ああ、悪いな……」


 高貴なる4界王とは東西南北の各方角を支配し、地・水・風・火を司る上級精霊である。

 バルバトスは現世うつしよへの先導役としての役割を持ってはいるが、ルウであれば彼の力無くとも容易に召喚する事が可能である。

 今迄それをしなかったのは、当然バルバトスの『顔』を立てているからだ。

 

「何を仰います! ルウ様にお気を遣わせて、このバルバトスの不徳の致すところでございます」


「何を言っている? お前は俺に本当に良く仕えてくれている、今後とも頼むぞ!」


「は!」


 こうして、ルウ達は出発する事になった。

 今回のメンバーはルウと彼の妻7人に、悪魔従士であるアモン、そしてアールヴのアマンダの計10人である。

 妻達は何が起こるか分からないので全員がしっかりと支度をした。

 ルウの付呪魔法エンチャントにより強化された愛用の革鎧を身に纏い、使い慣れた武器や魔法杖も携行し、万全の態勢である。


 本日のチェックアウトのタイミング以降、3階に関してはルウ達の泊まっている大部屋以外、アマンダは新規の客を迎え入れてはいない。

 今夜、木霊エーコーを助けた後に、ルウ達と送別を兼ねた小宴会を行う考えなのだ。

 無論、ルウ達にもその旨を伝えており、妻達はそれを楽しみに張り切っていたのである。


 移動はルウの転移魔法により、宿泊している部屋から直接木霊谷へ向う。

 事前にルウはアマンダの魔力波オーラから木霊谷の位置や様子を確認してあるので全く問題はない。


 ルウはあっという間に神速の呼吸法で魔力を高めて行く。


「我は『高貴なる4界王』の偉大な力を欲する者なり! ――土の王アマイモンよ、さあ我に力を与えよ! 我々をこの地より離れた遥かな地へ運ぶが良い!」


 言霊が終わった瞬間、ルウ達が白光に包まれた。

 地界王アマイモンの力により今ルウ達が居る場所と、木霊谷の地が異界を経由して一瞬にして繋がったのである。


転移トランティスウツ!」


 ルウ達の姿は一瞬にして消え去ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここが木霊谷か……」


「はい!」


 ルウの問いにアマンダが答える。

 目の前には荒涼とした大地が広がっていた。

 リーパ村からは数キロ離れた場所にあるこの地は、草木も碌に生えておらず、動くものは見当たらない。

 まるでいにしえの女神の呪いを怖れて、誰もが近付かない禁断の地という雰囲気だ。

 アールヴのアマンダの夢に毎夜現れる妖精の救助に赴いたルウ達は余りに寂しい風景を見て息を呑んでいた。


荒野デセルタに似ています……哀しく辛い風景です」

 

 フランが寂しそうに呟いた。


 原初の伝説によると創世神がこの世を創った時、この世界を南北の2つに分けたという。

 北の地を北の神に、南の地を南の神にそれぞれ治めさせたのだ。


 しかし創世神から与えられた絶大な権力と栄華に酔い、北の神々は神々同士の争いにより内部崩壊して自滅。

 一方、南の神々はその奔放な性格から快楽のみに耽り、いつしか滅んでしまったのだ。


 そのような話をしながら目の前の光景を見るルウの目は遠い。

 まるでいにしえの過去をずっと見て来たような雰囲気である。


木霊エーコーというのはかつて南の大神に仕えた南の妖精ニンフだ。少しお喋りが過ぎる傾向はあったが、快活で可愛い妖精だった」


 アマンダはその通りだというように頷いた。

 ルウの妻達もルウとアマンダが状況を説明するのだと察して、黙って聞いている。


「女たらしの大神が他の妖精ニンフ達と浮気をするから、正妻である女神に話しかけて足止めして欲しいなどという命令を受けてしまった。木霊エーコーは大神に忠実であるが故に、馬鹿な命令でも遂行するしかなかった。それで嫉妬に狂った女神に逆恨みされたのです」


 まるで人間界の争い事のように生臭い話であるし、木霊エーコーにとっては何とも理不尽としか言いようがない。

 南の神々は良く言えば大らかで、創世神や使徒の象徴である天使長のように自らに対して厳しい所は余り見られない。

 そうような理由わけでルウの表情も珍しく険しい。


「愚かな女神が掛けた呪いとは、木霊エーコーが自らの言葉を一切喋る事を禁じ、相手の言葉を繰り返すのみしか出来ないという、非道な呪いだ。下司な大神とその妻である愚かな女神……どっちもどっちだが、無茶振りをされた家臣は堪らないな」


 上級神とその眷属は完全に縦型社会である。

 どのような命令であれ、上司の命令は絶対なのだ。


「ルウ様の仰る通りです。妖精は神には逆らえないのです。かつて私達アールヴがそうであったように……女神に呪われてからまもなく、木霊エーコーは絶世の美青年に恋をします」


「ナルキッソスだな」


 ナルキッソスは自分しか愛せないが故に、非業の死を遂げた美青年である。


「そうです。はっきり言って美しい容貌と裏腹に彼の性格は鬼畜と言って良いくらい最悪でした」


「こちらはこちらで黙っていても、ちやほやされる……それでのぼせあがったのだ、な」


「でもそんなナルキッソスの事を木霊エーコーは真剣に恋してしまったのです」


 アマンダは辛そうな表情だ。

 恋に落ちた女性の哀しさが良く分かるのであろう。


「恋をすると周囲の状況が見えなくなり、まともな判断が出来なくなる……だな」


「はい! 木霊エーコーは自分の気持ちを伝えようと一生懸命、話そうとしましたが相手の言葉を鸚鵡おうむのように繰り返すのみ……元々性格の悪いナルキッソスは木霊エーコーを手酷く罵倒し、振ってしまったのです」


「その結果、木霊エーコーは嘆き悲しみ、涙を流し過ぎたせいで身体を失ったというのだな」


 木霊エーコーは恋を失った悲しみの余り、存在さえも無くしたのだ。

 それはそれでナルキッソスに対して非難の声が神界からあがったのである。


木霊エーコーの件で別の神の怒りを買ったナルキッソスは水面に映る自分の姿に恋をして、そのまま動けなくなり死んでしまう。その姿を木霊エーコーはどうする事も出来ずに見守るしかなかったのです」


 本当に悲しい話である。


 もし木霊エーコーが可愛らしい妖精のままであったら……

 彼女の真摯な愛がナルキッソスの自惚れを無くしていたら……


 それこそ神のみぞ知る、というところだが、女神から掛けられた悪逆な呪いは当然良い結果などもたらさず、更なる悲劇を呼んでしまったのだ。


木霊エーコーは誰かが声を発してくれない限り、話す事も出来ず、姿を失った自分の存在さえも、この世界から忘れ去られてしまった……それなのに木霊エーコーこころだけはこの地に縛られて、復活も転生も出来ずに嘆き悲しんでいる」


「助けましょう、木霊エーコーを! 旦那様!」


「そうです! こんな事、悲し過ぎますわ!」


 話を聞いていたルウの妻達も同じ思いを持ったらしい。


 次々に起こる妻達の哀しみの声が、ルウの決意を新たにしていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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