第576話 「リーパ村観光④」
※料理名は仮名です。
次に出て来たのは真っ赤な色をしたスープである。
「これ!? 凄い色ね」
オレリーが吃驚するが、リーリャはこちらも一般的なスープだと説明する。
「これはバルシチです。この赤い色は主にテーブルビートの色なのです」
「へぇ!」
「入れるお肉は豚肉が一般的ですが、他にも鶏肉や魚のから揚げを使ったりもします。様々な野菜を炒めて煮込み、サワークリームを入れて食べる人気の料理です。ニンニクも入っていて身体にも良いし、とても美味しいですよ!」
今度はリーリャの説明が終わらないうちに、ジゼルがスープを口に含んでいた。
どうやら先程のナディアに対抗して先に食べようというアピールらしい。
「ううう、美味い~!」
ジゼルが唸っている中、料理は続々と運ばれて来た。
「うわぁ、美味しそうなロールキャベツ!」
「こっちは刻みニシンにポテトと玉葱を加えて焼いたパイ? あ、ああ、とても美味しい!」
妻達は出された料理を旺盛な食欲で平らげて行く。
暫くして、この店の名物と言われる料理がやって来た。
それはケトレータと呼ばれるカツレツである。
「これ……ヴァレンタインの料理にも似てるけど、ちょっと違うよ!」
大きな声をあげたのは、やはりナディアである。
ヴァレンタイン王国にも似た料理があり、基本的にいろいろな素材にパン粉をまぶして揚げた料理なのだが、この店のものは具材がそれぞれ違うのだ。
食べ始めた妻達の表情が驚きに包まれる。
「これは王道的な挽肉ね! 私が一番好きな味よ」
「こっちは魚肉ですわ!」
「ボクが食べたのは……鳥だけど鶏じゃあない! 雉か、鶉のようだ! 美味しい!」
「ほぉ! こちらは野菜だけを使っている。あっさりしていて美味だ!」
様々な味のバリエーションが妻達の味覚を刺激し、彼女達はもう大騒ぎであった。
喧騒の中、モーラルは静かに料理を食べている。
ルウはフラン達を横目で見ながらモーラルを労った。
「モーラル、美味いか?」
「はい! 私は食べ物を摂らなくても生きていけますが、味覚は理解出来ます……とても美味しいですよ」
夢魔であるモーラルはルウから魔力を貰って生きている。
彼女は現世にその姿を現して1日生活するだけで、莫大な魔力を必要とするが、膨大な魔力量を誇るルウにとっては何ら問題が無いのだ。
2人の会話の内容は、この後の事に移っている。
「アマンダの言う木霊谷……南の妖精がこのような北の地まで追いやられるとは……本当に可哀想だな」
「神の価値観は私達と全く違うとはいえ、大神からの業務命令で浮気の片棒を担がされた上に、妻である嫉妬深い女神の八つ当たりにより呪われるなんて絶対に許せないですよ」
モーラルは静かに語るが、その口調には理不尽さに対しての怒りが篭もっていた。
大神が何か『事件』を起した場合でも、夫に対する非難はそこそこにして、浮気相手やその手助けをしたものに対する女神の憎悪は異常なものであった。
以前ルウへ助力を求めた者達の中にそのような哀れな存在が多々居たからだ。
もとより神の倫理観など人間には理解出来ないが、結局南の神々達もその奔放さと傲慢さが創世神の怒りに触れたのか、いつしか消滅してしまったのだ。
「旦那様!」
「おう!」
食事をしながら、他の妻達と歓談していたリーリャがいきなり話し掛けて来た。
どうやら何か話したい事があるらしい。
ルウはモーラルとの会話を中断して彼女に答えてやる。
「ええと……リ、いいえ、アリスは今日思いました! ベンジャミンが王宮を出て行った意味が漸く分かったな、と」
本名を言いそうになって、慌てて訂正したリーリャであったが、気持ちは真っ直ぐなようだ。
「何だい?」
「種族や国、身分などに縛られず、世界がひとつになって仲良くするのは大事です。そして先人達が育んで来た独自の文化をお互いに尊重し合って大事にし、継承して行く事って本当に素晴らしいって!」
リーリャはこの食事会でまたひとつ学んだようである。
碧眼の美しい瞳がきらきらと輝いていた。
「そうだな、偉いぞ!」
「料理だって素晴らしい文化なんだって! 立派な建築物や綺麗な衣装、伝統的な歌や踊りに負けないくらい大事だって! 人種も国籍も違う皆がこんなに喜んでくれているのですもの!」
料理と言う文化は様々な壁を容易く越える。
シンプルではあるが、真理といえよう。
「ははっ、『アリス』のいう通りだ。衣・食・住の中に確り含まれているからな」
「衣・食・住?」
「ああ、生活の基本的な要件……人間が生きて行く上で間違いなく必要なものだといって良い。特に『食』は大事だ。まず食べなければ人間もアールヴも誰も生きていけないからな」
「そうですよね!」
大きく頷くリーリャは自国の料理の素晴らしさと共に今迄に無かったアールヴとの交歓にも感動しているようだ。
「もし余裕があれば、食べる事だって俺達は楽しみたい。それに生きて行く上で、他の者が犠牲になっている事を考えたら料理だって魂を込めて美味しくするのが礼儀だと俺は思うぞ」
「旦那様、見栄え良く綺麗に盛り付けしてあると、味以外の料理も見て欲しいという料理人の魂も感じます」
熱く語るリーリャ。
この調子では当分の間、リーリャの熱弁は止まりそうもない。
モーラルが目配せしたので、ルウもにっこり笑うとリーリャにストップを掛ける。
「ふふふ、それくらいで良いんじゃあないか? ほら折角の料理が冷めてしまうぞ」
「わぁお!」
ルウの言う通りである。
お喋りに夢中になって、食べ時を逃がしては意味が無い。
大きな声を出したリーリャは慌てて料理を食べ出した。
「ほら、そうは言っても、そんなに急いで食べると身体に良くないぞ」
余りの勢いにルウが嗜めると、リーリャは辛そうな顔をする。
「もう! 旦那様ったら、どっちですか?」
困った顔をしたリーリャが可愛くて、ルウとモーラルは思わず笑い、顔を見合わせたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
 




