第575話 「リーパ村観光③」
※料理名は仮名です。
大食い亭は名前に似合わず、お洒落な店である。
テーブルや椅子も特注品であり、凝った内装にも店主の拘りが反映されていた。
だが、客に言わせると店名だけが如何ともし難い。
このような名前を付けたのはちょっと変わった所のある店主の趣味から来るのが原因であった。
「おお、ケイトちゃん。いらっしゃい!」
「うふふ、来てあげたわよ、おじさん!」
店主の顔を見たリーリャは驚いた。
ケイトが『おじさん』と呼ぶ店主はかつてロドニア王国王宮の厨房に勤めていた男だったからだ。
副料理長をしていた男が厨房をやめたのは、リーリャが未だ10歳になった頃の事であった。
当時、老齢であった料理長を支えて、実質的に王宮の厨房を仕切っていた男の突然の辞意に両親は吃驚していた記憶がある。
辞める理由は王族であるリーリャには理解し難いものであった。
確か……彼はこのような事を言っていた。
種族、身分を問わず、様々な人に自分の料理をお腹一杯食べて欲しいと……
男が辞めた直後、王宮において自分達が食べる料理の味とバリエーションは著しく低下した。
料理人が変わるだけで、このように料理とは変わってしまうのか?
リーリャはそう実感した事もはっきりと憶えていた。
その男が今、目の前に……
「ベンジャミン! ベンジャミン・グラフではありませんか?」
思わずかつての使用人の名を呼ぶリーリャに店主=ベンジャミンは怪訝な表情だ。
「え? そこの金髪の可愛いお嬢ちゃんの顔に見覚えはないが……以前、どこかで会ったかね?」
ここでルウが、すかさずフォローに入った。
「この子は俺の嫁なんだが、貴方の噂をどこぞで聞いたようですよ。それよりもケイト、早速オーダーを入れたいのだが……」
ケイトはルウの意図を直ぐに察したようである。
「は、はいっ! じゃあベン、オーダー……良いかしら?」
「あ、ああ……どうぞ」
「皆様、ケイトにお任せ、で良いですね?」
「おう、良いぞ!」
「お任せします!」
ルウ達の返事を聞いたケイトは、てきぱきとベンジャミンへ料理をオーダーしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベンジャミンがオーダーを受けて厨房に引っ込んでから、リーリャはルウ達へ頭を下げっ放しである。
下手をすればリーリャが原因で『ボロ』が出るところだったからだ。
「ご、御免なさい!」
ひたすら謝るリーリャにルウの温かい手がそっと置かれた。
「え?」
「ははっ、昔の使用人に会ってつい懐かしかったのだろう? だが今度からは気を付けろよ」
「だ、旦那様!」
上目遣いでルウを見るリーリャの小さな頭がルウの手により優しく撫でられている。
「皆も聞いてくれ! 俺達は理想として完全なる者を目指す志はあるが、所詮は人間だ。完璧な人間になるなどありえない。誰かが躓いた時は皆でフォローする、これからもそうして行こう」
「「「「「「はい!」」」」」」
「は、はい!」
妻達の大きな返事にワンテンポ遅れて、リーリャも躊躇いがちに返事をした。
しかし表情にはいつもの明るさが戻っている。
「料理が出て来たら、色々と教えてくれよ」
「はいっ!」
ルウの手は未だリーリャの頭に置かれている。
夫の優しさを感じながらリーリャは元気よく返事をしたのであった。
――30分後
ルウ達の下へまず最初の料理が運ばれて来た。
それは魚に人参など様々な野菜を入れて煮込んだスープである。
「これはウナーと呼ばれるスープです。鶏がらと小魚で出汁を取った後に、一旦、下拵えで別の野菜を煮込み、再度、魚と野菜を煮込んでハーブや塩胡椒で味付けしています」
リーリャの説明を聞いて妻達の視線が一斉にスープの入った器に注がれた。
鼻腔を美味しそうな香りがくすぐるのが分かる。
しかもこの店は他の店より盛られる量が著しく多いのだ。
料理が来る前にケイトが語ったところでは、それが店名の由来らしかった。
「このスープの魚は鮭ですね。地域によってはスズキやカジキ、チョウザメなどを使う場合もあります」
「ボ、ボク、我慢出来ないよ! 旦那様、早く食事前の黙祷をしよう!」
先程まで肉料理が良いと言っていたナディアがごくりと喉を鳴らす。
「ははっ、ナディアもそうか、俺もだ!」
ルウはにっこりと笑って言うと、目を閉じて黙祷する。
ナディアを含めた妻達も直ぐルウに倣った。
ブランデル家独特の黙祷は食事前に行われる。
この世を創った創世神への感謝、そして食を支える動植物達を悼む気持ちや食に携わる全ての人々への感謝を再認識する為のものだ。
約1分間の黙祷が終わると、ルウが食事の開始を合図した。
「いただきます!」
「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」
「ルウ様、私達もいただきます!」
バルバトスが一礼をして、ルウに食事の許可を求めた。
律儀なバルバトスらしい態度である
ルウが了解を意味するように手を挙げると、再度バルバトスが一礼した。
今度はアモンも同様に頭を下げている。
食事が開始された。
いの一番にスープを口の中に入れたのはやはりナディアである。
「おおお、美味しい~!」
料理を口に含むとすかさず大きな声で叫ぶナディア。
彼女を見た他の妻達も負けじと食べ始める。
美味しそうに頬張るルウ達を見て、リーリャはまるで自分が褒められたような気持ちになり、嬉しくて堪らなかったのであった。
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