第572話 「旅先での朝」
リーパ村白鳥亭、翌朝7時……
「おはようございます!」
「おはよう!」
「爽やかな朝ですね!」
「今日も良い天気になりそうです!」
ルウの妻達が続々と起床している。
「そういえば、この旅に出て皆で一緒に寝ていますけど、中々良いですね」
肌着姿のフランは未だ眠そうである。
彼女は隣のベッドで未だ寝ているルウを見て、ふっと微笑んだ。
フランには分かってしまう。
いつもは朝の訓練で1番早く起きるルウが未だ寝ているのは妻達に気を使っているからだ。
自分が起きれば、妻達も付き合って早く起きる。
この旅行では出来るだけゆっくりと、妻達を寝かせてやりたいという彼の思いやりであった。
フランは元々寝起きの良い方では無く、休日の際はたっぷり朝寝をする事もあるが、この旅行中は率先して早起きをしている。
何故だか、寝ているのが勿体無くて、早く目が覚めてしまうのだ。
他の妻も爽やかに目覚めるのはフランと同じ気分だからであろう。
――15分後
普段着である深い紺色のブリオーに着替えたフランが皆を集めて言う。
「今日は昼食までの間、ケイトさんが村の案内をしてくれるそうですよ。少しは観光気分を味わえそうですね」
「わぁ! 楽しみです」
「右に同じですわ! 昨夜は真っ直ぐお店まで行っただけですから、村の様子が良くわかりませんでしたわね」
フランの話にまず反応したのがオレリーである。
そして今や彼女の親友とも言えるジョゼフィーヌが直ぐ追随したのだ。
オレリーとジョゼフィーヌの表情を見て、任せろと胸を叩いたのがリーリャである。
「わぁお! ロドニアに入ったらリーリャ……じゃなかった、このアリスにお任せ下さい。とは言っても人に聞いたり、本で読んだだけの知識ですけど、ね」
任せて!と言いながら王女であるリーリャは実際自分の足で行った店は無い。
トーンダウンして頭を掻くリーリャをフランは優しくフォローした。
「ふふふ、確かに貴女の立場では気軽には行けないわね。でも、その意気や良し! 頼りにするわよ、リーリャ!じゃあなかった、アリス! それで結局、この村での名物料理は何?」
フランの質問に対してリーリャは記憶の糸を手繰っているようである。
暫し考えてからリーリャは、はたと手を叩いた。
どうやらリーパ村に関して思い出した様である。
「ええと、ですねぇ、そうそう……魚に肉、何でもありますよぉ」
このリーパ村にはロドニア王国だけでなくヴァレンタイン王国、アールヴの国イェーラや南方の国の様々な文化と食材が入って来る。
観光客向けだけではなく、この村で生活する異邦人にとっても食生活で不自由する事はなかった。
「魚料理か……ボクは肉の方が良いなぁ」
皆の話を聞いていたナディアがぽつりという。
以前は食の細かった彼女も今や食いしん坊と化している。
「ナディアめ! 贅沢をいうと昼食抜きにするぞ!」
「そんなぁ!」
ジゼルの脅しにナディアは大袈裟に怖がって見せるが、目は笑っていた。
そして素早く回り込むと未だ寝ていたルウのベッドへ潜り込んだのである。
「あああっ! ナディアが旦那様のベッドに入ったぞ! フラン姉、掟破りだ」
ルウが寝ている時にはそっとしておこう――というのが妻達の間では暗黙の了解であった。
ナディアはそれを堂々と破った事になる。
「ちょっとだけだよぉ、ほら、旦那様だって嫌がっていないぞ!」
ルウは目を覚ましたが、隣に潜り込んだナディアの頭を優しく撫でていた。
甘える妻を絶対邪険にしないルウの性格を見事に突いたナディアの作戦勝ちである。
「うふふ、相変わらず要領が良いわね」
「フラン姉! そうやって笑っている場合じゃない! こら、ナディア! この女狐めぇ!」
ジゼルの剣幕に反応して今度はオレリーが笑い出した。
「あはははは!」
「こらぁ! オレリー、笑うんじゃあない!」
こうして、ルウ達一行はかしましい雰囲気でリーパ村の朝を迎えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午前8時……
ケイトは白鳥亭の中庭へルウ達に集まって貰い、目の前に立っている。
いよいよ彼女の案内でルウ達はリーパ村の観光に出発するのだ。
「では皆様、宜しいですか?」
ルウ達が頷いたのを見てケイトは話を続けた。
「これからリーパ村の案内を致します。この村の名は岸辺と言う意味から来ています。人口は約3,000人、ヴァレンタイン王国の王都セントヘレナに比べればずっと小さな村です」
ここまで言うとケイトは小さく咳払いをした。
「但し、中央広場があって周囲に商店や露店が立ち並び、その奥の丘陵に砦を改築した庁舎があるという良くある構造の村ですから勝手は分かり易いでしょう」
妻達の何人かはセントヘレナの中央広場を思い浮かべたようである。
但し、セントヘレナは中央広場の真ん中に王宮があるのだ。
「後、皆様には余計なお世話かもしれませんが、昨夜、衛兵を懲らしめたので一時的に村の治安が悪くなっています。充分気をつけてくださいね」
ケイトの注意にルウも含めた全員が頷く。
悪辣な衛兵とはいえ、この村の治安を何らかの形で担っていたのには違いないからだ。
「今朝、ランジェル様がリーパ村の領主であるオッツオ・フルスティ辺境伯の下へ向ったと聞いています。伯爵に対して責任を問うのでしょうし、早く手を打たれる筈です」
ルウ達を襲わなかった残りの衛兵達も含めて、全員が一時拘束され、逆にロドニア王国騎士団の取調べを受けている。
代わりに騎士団が治安の維持に当っているが、拡大解釈すればヴァレンタイン王国との条約に違反していると見なされかねないのだ。
「以上を踏まえて、ご注意下さい。では時間もありませんし、出かけましょう」
白鳥亭は中央広場から余り離れてはいない。
ルウ達の乗って来た馬車は目立つし、村内は狭く時間も限られているのでケイトの助言により徒歩で観光をする事になった。
そうなると昨日、居酒屋へ繰り出した一個連隊という趣になるので、実は目立つ事にそう変わりはないのだ。
先頭がバルバトスとイグナーツという強面から、ケイトとアリスに擬態したリーリャに変わったくらいである。
白鳥亭を出発したルウ達は暫くすると、村の中央広場に現れた。
左右をバルバトスとアモンの悪魔従士が固めて辺りを睥睨している。
多くの街や村がそうであるように、この村の中央広場にも『市』が立っていた。
早朝から取引が行われていたので、ピークは過ぎたとはいえ、商売人や一般の村民も混じってまだまだ結構な活気だ。
一行の中で唯一のロドニア人であるリーリャは久々に触れる故国の雰囲気に懐かしさを感じていたのであった。
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