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第571話 「名君の再出発」

「頼むから妹だけには、妹だけには手を出さないでくれぇ! 彼女には何の罪も責任も無い!」


 悪魔デモンはリーパ村領主であるオッツオ・フルスティ辺境伯の前に立ちはだかっている。

 オッツオは身も蓋も無いという様子でデモンの足にすがりついていた。


「ふむ、では考え直してお前の魂を差し出すか?」


「差し出す! 私の命など貴様に渡しても構わんから、妹にだけは手を出さないでくれ!」


 先程、躊躇ちゅうちょしたのが嘘のようにオッツオは自分の命を悪魔に奉げる事に同意する。

 まさか自分が行った事の為に、何の罪も無い妹が犠牲になるなど到底考えられなかったからだ。

 オッツオの覚悟を聞いたデモンは、がらりと表情が変わる。

 凄味のある怖ろしい笑顔があっという間に穏やかな表情に変わったのだ。

 しかし俯いているオッツオにその劇的な変化は分からなかった。


「ははっ、最初からそう言えばよいものを……確かにお前の妹を思う覚悟はしかと受け取ったぞ。……では、これから俺がいう事をよく聞けよ」


 悪魔デモンはオッツオの頼みを聞き届けると、何故か予言するような口調に切り替わる。


「夜が明けたらお前と同じ覚悟を持った男が訪ねて来るだろう」


「は!?」


 デモンがいきなり脈絡の無い話を始めたのでオッツオは当然の事ながら戸惑う。


「お前と同じく愛する妹を幸せにする覚悟を持つ男だ。彼の話をしっかりと聞いた上で、お前の今後の生き様を決めるが良い」


「私の今後の生き様……」


「そうだ! 考え方次第でお前の魂を貰うかはどうするか、俺が決めさせて貰う」


「そ、それは!?」


 意外なデモンの申し出であった。

 もしや魂を取り上げないという事であろうか?


 呆気にとられたオッツオはついデモンの顔をまじまじと見詰めてしまう。

 そんなオッツオを見てデモンは穏やかに微笑んだ。

 先程の悪魔と同じとは到底思えない表情である。


「ははっ、俺は悪魔仲間の中でも変わっていると評判の悪魔でな。気分屋なのさ」


 デモンはそう言うと、オッツオの間の前で煙のように掻き消えたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝の事である。


 オッツオの屋敷にロドニア騎士団副団長クレメッティ・ランジェルが訪ねて来た。

 昨日と違い、今度は領主であるオッツオに対して報告に出向いたという。

 同時に屋敷を警備する衛兵からは、村を警護させている衛兵隊長が不始末をしでかして入牢しているとの報告がされていたのだ。


 クレメッティの報告とは衛兵隊長の不始末の件に違いなかった。

 しかしオッツオの頭の中には昨日、現れた悪魔の言葉が浮かんでは消えている。


『お前と同じく愛する妹を幸せにする覚悟を持つ男だ。彼の話を聞いた上で、お前の生き様を決めるが良い』


 デモンの言葉を含みながら、オッツオは屋敷の応接室で準備をして待っていた。

 やがて使用人がクレメッティを案内して連れて来る。


「ご主人様、ランジェル男爵様をお連れしました」


「おお、通してくれ!」


 オッツオの本音としては衛兵隊長の件よりもクレメッティがどのような話をするかが気になっていた。


「フルスティ辺境伯! ご報告に伺いました!」


「ご苦労だ、ランジェル男爵。衛兵隊長の件なら簡単な報告を受けている。詳細をご存知ならお話頂きたい!」


「は!」


 クレメッティは短く返事をすると昨夜の件について淡々と話し始める。

 内容はオッツオが予想したより遥かに酷いものであった。

 殺人、強盗、強姦、誘拐、脅迫等々、オッツオの許しを得てという言葉を旗印にして悪事を働いていたのである。

 はっきりいってリーパ村の領主として、部下に対する監督不行き届きではあるが、問題はこれが容認していた事なのか、あずかり知らぬ事であったのかだ。


「フルスティ辺境伯、これは由々しき問題です」


「ふむ男爵、それで貴方はどうなさるおつもりか?」


「……本来ならボリス陛下へ報告し、貴方を処罰しなければなるまい……本来ならば、だ」


 金狼の2つ名を持つクレメッティはロドニア王国内において清廉である事が知られている。

 巷では騎士達の鑑とまで言われる男なのだ。

 当然、オッツオは告発されるのを覚悟した。


「…………」


 だが、黙り込んでしまったオッツオへクレメッティが返した話は全く違うものであった。


「しかし私には到底そのような事は出来ない。貴方の妹御、ヨハンナ殿の事を考えると、な」


「何!? ヨハンナの事を考えるとだと!?」


 やはり悪魔デモンの言った通りである。

 オッツオはクレメッティの話の続きを待った。 


「そうだ! 今迄衛兵にやらせた事が明るみに出れば貴方は極刑に処されるだろう。だが、もしそうなればヨハンナ殿はどうなる? 唯一の肉親の貴方が国賊として処刑されてしまった上に、身内としての汚名も受けて日々の生活にも困るようになる――私はあの人をこれ以上苦しませたくない!」


「…………」


「私はおおやけには今日、貴方に『事の真偽』を確かめに来た事になっている。そして貴方からはまだ正式な回答を貰ってはいないが、もう答えは決まっている! 貴方の知らない所で衛兵隊が暴走していた――これしかないのだ!」


「ランジェル男爵!」


「陛下へ虚偽の報告をする私も貴方と同罪だ。いわゆる一蓮托生という事だ!」


 オッツオはこの逞しい騎士をじっと見詰めた。

 間違い無い!

 彼は妹のヨハンナをこころから愛しているのだ。


「貴方は兄としてヨハンナ殿の事をとても愛していらっしゃる。そんな貴方の気持ちが分かるからこそ、私も国に対して背信行為をするのだ。それに貴方の夫人が我が騎士団の騎士と駆け落ちして行方知れずになった事へのせめてもの詫びもある」


 やはりオッツオにも辛い過去があったのである。

 それも騎士団の団員が起した不祥事だ。

 クレメッティは決意を固めた表情になった。


「私は今、受けているリーリャ様護衛の任務をやり遂げた後、騎士団を辞してこの村へ戻り、貴方の従士となる」


「ええっ!?」


 これは意外な提案であった。

 クレメッティは妹へ求婚した後、てっきり彼女を連れて王都へ戻ると思っていたのである。

 それがオッツオと共に罪を被り、この村で働こうというのだ。

 普通は花形である騎士を、それも次期団長の目もある今の地位を捨てるとは考えられない事であり、自分の栄達を放棄した事になる。


「フルスティ辺境伯! 貴方と私でこのリーパ村を世界に誇れる場所にしよう。宜しければ私をぜひ衛兵隊長として任命して欲しい。旅人が安心して来訪し、楽しめる村へ……それが罪を犯した私達の現世うつしよでのお詫びとなろう。だが、普通に考えればこんな事では犯した罪は償いきれないだろう」


「ランジェル男爵……」


「残りの罪に関しては私と貴方で死後に冥界で共に裁きを受けようではないか!」


 クレメッティは手を差し出した。

 オッツオは迷わずその手をがっちりと握った。

 何か、熱い思いがオッツオの魂を満たして行く。


「フルスティ辺境伯、宜しいか? その上で私はヨハンナ殿へ求婚する! だが、こ、これは私の一方的な思いだから断られても今の誓いを違えることなどしないぞ!」


「おおお! もし妹が結婚を断りなどしたら兄の私が説得をしようぞ!」


「ははは、もしふられたら思い切り笑って欲しい。私はずっと後悔していたのだ。幼馴染の3人が過ごすうちに私はヨハンナ殿を深く愛していた。しかし不器用な私では彼女を幸せに出来ないと考えたのが誤りであった!」


 幼馴染の親友と結婚するヨハンナを一旦は祝って送り出したクレメッティであったが、彼女が不幸な結婚生活を経て、兄の下へ戻った事を聞いて今度こそ迷わないとこころに決めていたようだ。


 クレメッティの力強い言葉を聞いて、自らもやり直そうとオッツオは決意する。


 領民達よ、そして犠牲となった方々よ!

 こんな私の罪は消えないだろうが、創世神がその寿命を断ち切るまで残りの人生を使って償いをしよう。

 残りの罪は冥界で償いをさせて貰う。

 ……本当に済まなかった!


 この日こそ、後に名君と呼ばれたオッツオ・フルスティ辺境伯が再出発をした日である。


 そのような名君が死後、勇敢で忠実な従士と共に冥界の底に堕ちた事など、誰も想像だに出来なかったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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