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第57話 「奈落」

 ルウはナディアに近付くと真横に座り込み、魔力を上げ始めた。

 放出されるルウの強力な魔力波オーラが辺りに満ち、ぴりぴりと肌に刺さるように感じられる。


「す、凄い!」


 桁外れなルウの魔力に初めて接するジゼルは呆然としていたが……

 ルウがナディアの胸に手を置くと、また騒ぎ始めた。


「あああああ、あいつ! ナディアのむ、胸をさ、触ってる!?」


 その時、ジゼルの頬が軽い音をたてて鳴った。

 モーラルが平手打ちを食らわしたのである。


「さっきからうるさいぞ! ルウ様が集中出来ない!」


「な、何をぅ!」


「あの娘を助けたければ黙っていろ。ちなみにお前も同じ様に救われたのだぞ」


 モーラルにきっぱりと言われたジゼルは、打たれた頬を押えながら更にショックを受けていた。


「わわわわ、私も!? むむむ胸をまさぐられたのか? あ、あいつに!?」


 もう1回逆の頬が鳴った。

 モーラルが凄まじい目付きで、ジゼルを睨んでいる。


「言い忘れたが、ルウ様の呼び方を含めて口の利き方に気をつけろ。普通なら関わりのない人間など助けないところだ」


「くくく……」


 冷たく言い放つモーラルに、ジゼルは打たれた両頬を押さえて悔しがる。

 そこへ穏やかな声が掛かった。

 

 ルウである。


「モーラル、もう許してやれ。ジゼル、モーラルの言う通り少し静かにしてくれ。ナディアを助ける為だ」


 一瞬、唇を噛み締めたジゼルだが……

 ルウの顔を見つめると必死に懇願する。

 全てナディアの為であった。


「うう、分かった! お願いだ! ナディアを、ナディアを必ず助けてくれ!」


「ジゼル、心配するな。任せろ! 必ずナディアを助けるぞ!」


「あ、あああ……」


 ルウの『約束』を聞き、ジゼルは言葉が出ない。

 力強い口調と優しい笑顔が、彼女の気持ちを鎮めていった……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ナディアに向き直ったルウが、再び魔力を上げ始める。

 彼の全身から眩い白光が溢れ、あっと言う間に全身が光に覆われた。

 

 この光はルウが放つ独特の魔力波オーラであり、今や他の者は彼の姿をまともに確認する事が出来ない。


 ナディアの胸に置いたルウの手から、どんどん魔力波が流れ込んでいる。

 

 ジゼルはその様子をじっと見つめていた。

 その時「ぽん」と彼女の肩に手が置かれる。


 微笑むアデライドが傍らに立っていた。


「り、理事長……」


「多分、彼、貴女の精神世界に行った時より危険な事になるわ」


「え!?」


「私も、魔導書から受け売りの知識だけど……」


 ……人間の精神世界、すなわち異界には冥界にも繋がっている奈落プロフォンドゥムとも呼ばれる底があるという。

 

 悪魔に魅入られた者は魂が傷つけられ……

 魂の意思を司る本体すなわち核を奈落付近に落としてしまう。

 

 そして報酬と引き換えに魂を受け取る悪魔は、奈落にて契約者の魂の核を受け取り、冥界に戻って行く。

 

 堕ちた魂の核を奈落から探し出し、助け出すのがどんなに困難か……

 そして助けに行った者のうち、帰還出来た者は今までにいない……

   

「き、帰還出来た者が居ないって? 理事長、あ、あの人は……ナディアの為に……命を懸けているのですか?」


「多分そうね……」


 と、アデライドは曖昧に答え、また優しく微笑んだ。

 

 どうしてだろう? 

 衝撃の事実を聞き、ジゼルには不思議でならなかった。

 

 ルウは学園に来たばかり……

 教師とはいえ、自分やナディアとは所詮他人。

 何故ルウは、他人の為にそこまで危険に身を晒し、命までも懸けられるのだろうか?

 もし自分なら、そんなリスクを冒せるだろうか?


 ルウから出た眩い白光にナディアも包まれて行く。

 その様子を見守りながら、ジゼルはずっと自問自答していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ルウは深い水の中に居る。

 けして澄んだ水では無い。

 どす黒く濁り、少しの先も見えない汚水である。

 

 水自体も粘着質であり、臭気も相当だ。

 手を動かす度に瘴気が立ちのぼり、不快な感触が全身を襲って来る。

 まるで全身をじっとりした粘膜で包まれるようなおぞましさである。

 並みの人間なら……

 発狂しているかもしれない。


 ここはナディアの精神世界―――悪魔ヴィネに侵された魂の残骸である。

 この水の底にナディアの魂の核があるのだろうか?


『大丈夫だ、ルウ。私が導こう』


 突如ルシフェルの内なる声がルウに囁いた。

 ルウは頷くと、両手に力を入れ、深く深く潜って行く。


 暫しルウはひたすら水を掻いて潜って行くが……

 まだ底は見えて来ない。

 というか水自体が濁っていて見えないのだが。


『ルシフェル、どうだ?』 


『このまま進め。少し先に反応がある』


 ルウは、ルシフェルの言葉を聞いて更に進んだ。

 すると!

 淡い光を放つ物が横たわっている。

 

 ルウが近付くと、それは目を閉じた華奢な全裸の少女であった。

 この少女こそ、ナディアの魂の核である。


 ルウは手を伸ばしてナディアを抱き上げるが……

 彼女の四肢は力なく、だらんと下に垂れ下がる。


『ルシフェル、魂の修復はあのやり方で良いのか?』 


『ああ、お前の師であるソウェルの教え通りやってみるが良い。この娘の身体は私が支えている』


 ルウはナディアから手を離すが、ルシフェルの言葉通りであった。

 ナディアの身体は、また沈んだりはせず目の前に浮いている。

 

 ルウは手をかざし、ナディアの身体へ魔力波オーラを送り込む。

 彼が習得した魂の修復とは……

 膨大な魔力波を送り込みながら、魂の核に呼びかけ意識を取り戻すように働き掛けていく方法だ。

 当然、魔力波は治癒の効果があり、魂の核の修復も同時に進める。


『悪魔に侵されし、哀れな魂よ。聞こう? そなたの行き先は身も凍る常夜とこよか? それとも愛する父母や友が待つ現世うつしよか?』


 ルウの詠唱する言霊に対し、それまで全く反応の無かったナディアの口が僅かに動いた。

 精気を失い、喋る事も出来なかった魂の核がまた蘇ろうとしているのだ。


『もう少しだ。お前は生きたいのであろう』


 ルウが更に魔力波を送り込む。

 魂を修復する為には莫大な魔力量を消費するが、ルウの表情は変わらず穏やかなままだ。

 ナディアの口元が、もう何か喋りたそうに開き、瞼はぴくぴくと動き出している。


『さあ、目を開けよ! 復活レザレックシェン!』


『!』


 ナディアは、遂に目覚めた。

 静かにゆっくりと目を開け、ぼんやりとルウを見たのである。

 対して、ルウは相変わらず穏やかな表情で見守っていた。

 

 暫くルウを見つめていたナディアは……

 改めて彼に気付くと目を大きく見開いた。

 まるで信じられないものでも見たかのような表情になる。

 

 同時に思わず手を口に当て、声を出そうとするのを押さえている。


『ナディア』


 ルウは静かに呼び掛ける。


『助けに来たぞ。もう大丈夫だ』


 堪えていた恐怖が、そして辛さが取り払われたのであろう。

 

 瞬間、ナディアは大声を上げてルウに取り縋り、号泣していたのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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