第569話 「悪計②」
「き、貴様! ぺらぺらと! その魔法薬はお前の私物だろうが! 嘘をつくんじゃない!」
怒りまくる衛兵隊長に対して、ルウから魔法の媚薬を取り上げられた衛兵は辛そうに俯いてしまった。
「そ、そんな、隊長! 私は貴方に命じられた通りに……」
「ええい、黙れ! 衛兵隊がそのような姑息な真似をするものか!」
小さな声で呟く衛兵はそれが精一杯の反論らしい。
再び怒鳴りつけられ、結局は黙り込んでしまったのだ。
衛兵隊長は次に凄い目付きでルウを睨む。
「貴様、ルウとか言ったな? そんなものは衛兵隊に対しての証拠にもならぬぞ!」
しかしルウは隊長の恫喝にびくともしなかった。
それどころか、謎めいた言葉で反論をしたのである。
「ははっ、ではお前達の理屈で言ってやろうか」
「な、何!?」
驚く隊長を見て、ルウの口角がすっとあがり、珍しく皮肉めいた笑いが浮かぶ。
「この場で俺が証拠と言ったら証拠になるのさ」
「ば、馬鹿な!?」
唇を噛み締める隊長へルウは飄々とした雰囲気で言葉を続けた。
「お前達は理屈も何も無いそのような理不尽さで、ずっとやって来たのだろう。で、あれば俺はお前達に合わせるだけさ」
ここでルウは先程の衛兵に対してしたのと同様に隊長の懐へ手を伸ばした。
「あ、ああ、な、何を!」
「隊長とやら、お前の懐にも何か入っているな? 何だ? 同じ魔法薬じゃあないか?」
ルウが面白そうに呟くと隊長も俯いてしまう。
「うぐぐ……」
「お前はどうせ、この媚薬をアマンダとケイトに飲ませるつもりだったのだろう? 彼女達を思いのままにし、自分の欲望を満たした上で、様々な旅行者が集まる白鳥亭とアールヴを掌握し、この村の実質的な支配権を強化する」
「うううう……」
反論しないのは図星であり、事実だからであろう。
更にルウは隊長の陰謀を暴露した。
「白鳥亭の従業員であるアールヴの女達を夜の接待要員にするのか? 言っておくが、俺の大事な仲間にそんな事はさせないぞ」
「ルウ様!」
「ルウ様!」
俺の大事な仲間!
そう呼ばれた事に感極まったアマンダとケイトが思わずルウの名を叫んだ。
進退窮まった隊長はここで最後の手に出た。
「貴様、こんな事をして只で済むと思っているのか? 俺達には領主様がついているのだぞ」
衛兵隊長の言葉を聞いた瞬間、何故かクレメッティが深い溜息を吐いた。
しかしルウはそのまま射抜くように隊長を見詰めている。
そしてゆっくりと首を左右に振ったのだ。
「ははっ、そのお約束の台詞は聞き飽きたぞ。お前はまさに虎の威を借る狐――だな」
「うがおうっ!」
伝家の宝刀のつもりで言った台詞をルウにあっさりと否定され、その上馬鹿にされた隊長は酷く動揺する。
「お前のこの場での本当の意図も分かっている。こうして俺と話しながら時間を稼いで白鳥亭を接収するのが目的だな?」
「ななな、何故それを!?」
ルウは隊長の真の狙いをずばり指摘した後に苦笑いを浮かべた。
そんな事もわからないのか?という表情だ。
「ははっ、あまり俺を舐めるなよ? お前は俺と既に戦ったじゃないか? お前も元騎士であれば1回の手合わせで相手の力量がある程度、分かる筈だ。随分と学習能力が無いのだな」
「ほざけ、小僧! 白鳥亭は今頃、別働隊により占拠されている筈だ!」
隊長は本当の目的は達成したとばかりに無理矢理笑った。
ただルウに対する恐怖は完全に抜けないのであろう。
相変わらず表情は強張っている。
そんな隊長にルウはきっぱりと言い放った。
「俺がお前の計算通りに白鳥亭を無防備にすると思っているのか? それも同じ、でっちあげ証拠というやり方で乗っ取るのか? それこそ愚の骨頂だ。そんな下らない手に引っかかるかどうか、相手を見て判断するべきだったな」
隊長を威嚇したルウは傍らのクレメッティに向き直る。
「さて、と…… クレメッティ、押収した魔法薬は私物と言い張っているが、この状況では隊長と隊員の禁止薬物所持で間違いが無い。 悪いが、貴方と他の騎士団員で他の衛兵の懐も確認してくれ。色々と入っている筈だ」
「あ、ああ……」
衛兵隊長ばかりでなく、クレメッティでさえもルウの矢継ぎ早の指示に圧倒されてしまう。
これではどちらがロドニア王国騎士団の副団長か、分からない。
しかしルウは引き際もしっかりと心得ていた。
「クレメッティ、招いて頂いた宴の真っ際中で申し訳ないが、退席させて貰う。衛兵隊長にああは言ったが白鳥亭も気になる。戻って従士のアーモンと合流して対処したい……それに俺達は部外者だからな、リーパ村衛兵隊の処置は騎士団副団長にお任せしたい」
「りょ、了解だ。後は任せてくれ!」
ルウが片目を瞑ったのでクレメッティも彼の気遣いが分かったようである。
それにこれはロドニア王国の問題であり、ヴァレンタイン王国の人間であるルウ達はこれ以上関わらないほうが良いのだ。
「よし、話はついた。俺達は引き上げるぞ、白鳥亭に戻る!」
「はい!」
「了解です、旦那様!」
「直ぐ戻りましょう、ルウ様!」
「じゃあ、これで失礼する!」
ルウ達はクレメッティに一礼すると居酒屋を後にしたのである。
居酒屋を出たルウ達は村の大通りから外れた裏道に入り込む。
愚図愚図していると他人に見られるし、今のルウ達は大所帯である。
しかしルウが周囲を索敵して、問題が無い事を確認したと同時に全員の姿が消え失せた。
ルウが神速で転移魔法を発動させたのである。
転移魔法で移動する遥か前に、ルウは白鳥亭に残したアモンと話を済ませていた。
アモンが行った報告はルウの満足するものであった。
ルウが言った通り、留守中に衛兵隊は10名で白鳥亭へ来訪し、懐に忍ばせた禁制の魔法薬を何気に置いて罪をでっち上げようとしたのである。
しかし当然の事ながら、そんな小細工に引っかかるようなアモンではない。
逆に衛兵達を締め上げ、衛兵隊長の命令で白鳥亭を無理矢理接収し、アールヴ達を支配下に置こうとする事を白状させたのだ。
「後は大元の領主だけだな……」
白鳥亭で全員の無事を確かめたルウはぽつりと呟いたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




