第566話 「クレメッティの疑問①」
ロドニアには4騎士と呼ばれる猛者が居る。
大悪魔オセの魅惑の魔法には不覚を取ったが、その武技には目を見張るものがあり、ロドニア王国をこの世界では最強といわしめる実力の持ち主達であった。
その4騎士のうちの1人が今回、リーリャの護衛を命じられたクレメッティ・ランジェルである。
『金狼』の2つ名を持つクレメッティは最初、部下からの報告を全く信じなかった。
この世界で最強といわれるロドニア騎士団が簡単に負けただと?
弱小ヴァレンタイン王国の名も知らぬ輩にか?
だがリーリャの護衛に付けた騎士達がヴァレンタインまでリーリャを送ってから、一斉に帰国すると事実が明らかになった。
どうやらロドニア騎士団はたった2人、それもヴァレンタイン王国客分扱いの戦士に敗北を喫したらしい。
こちらは代表者10名を選抜し、次々に戦ったというのに、だ。
しかし、そのあとの対応は清々しいものであった。
負傷した騎士達をしっかりと手当てした後、こちらの面子を立ててヴァレンタイン王国まで同行させ、歓迎パレードにも連ならせたのだ。
話す者は皆、出国した時と違い、ヴァレンタイン王国に対する見方を変えていた。
祖国ロドニア王国はヴァレンタイン王国と協力しながら、混沌としたこの世界を生き抜くべきだと熱く語るのであった。
その後、届いたマリアナ・ドレジェルからの手紙を見たクレメッティは更に驚いた。
ロドニアの騎士をあっさりと一蹴した2人の戦士には主人が居るという。
その男の名はルウ・ブランデル。
留学したリーリャ王女が通学するヴァレンタイン魔法女子学園の教師であり、担任だというのだ。
優れた魔法使いには違わないが、魔法使いとはそもそもひ弱な者……
クレメッティはそのような先入観を持っていた。
いや、先入観ではない。
彼が今迄見てきた魔法使いとは、魔法の才能だけに突出した直接戦闘に不向きな者ばかりだったのである。
そしてマリアナが最近送って来た手紙には衝撃の事実が書かれていた。
ルウと戦い、マリアナが一太刀も浴びせる事が出来ずに負けたというのだ。
マリアナは4騎士に続くロドニア騎士団の実力者である。
彼女の2段突きは、遠き東方の伝説の国ヤマト皇国の古文書から編み出したという伝説の技だ。
ロドニア最強の4騎士とはいえ、避けるのが精一杯であり、しばしば打ち込まれてしまう。
そのマリアナの剣技が一切通じなかったとは……
その男がこれからやって来る。
どのような男だろう。
マリアナによれば黒髪で痩身の若い男だというが……
「おう! 副団長! ルウさんを連れて来たぜ。別嬪の女性達も一緒に、な」
ルウ達を迎えにやった騎士団員のイグナーツ・バプカの独特な声が居酒屋の店内に響く。
同席しているクレメッティ以外の騎士団のメンバーの歓声が響く。
来たか……
果たしてどんな奴なんだ?
クレメッティが視線を向けると、そこには美しい女達に囲まれた長身かつ痩身の男が立っていた。
奴か?
何だ、とても華奢な優男じゃあないか?
マリアナの手紙だけではなく、イグナーツによれば、あっと言う間にリーパ村の衛兵3人を素手で倒したというが。
クレメッティは思わず立ち上がった。
ルウは最初からクレメッティがこの隊の責任者だと分かっていたらしい。
猫科の肉食獣のようにしなやかな歩きで彼が居るほうへ近寄って来たのだ。
「ロドニア騎士団副団長クレメッティ・ランジェル殿ですか?」
「ああ、君がルウ・ブランデル……か?」
「俺の事はルウと呼び捨てで構いません」
「ならば……私の事もクレメッティで良い。殿も敬語も不要だ」
「了解! では宜しく頼む」
ルウがぺこりと頭を下げるとクレメッティは複雑な表情をした。
いくら報されていてもルウの印象に違和感を覚えたのだ。
その顔付きを見て、ルウの傍らに居たリーリャがくすりと笑う。
「そこのご婦人! 私の顔が何か可笑しいのか?」
「い、いいえ!」
クレメッティの詰問する声を聞いたリーリャは慌てて手を左右に振った。
もしアリスに擬態していなければ、クレメッティはこの場で跪いている筈である。
それほどルウの擬態の魔法は完璧なのだ。
「ああ、許してやって欲しい。この子達は皆、俺の嫁だ。何か無礼や不都合があるかもしれないが、逆に色々教えてやって欲しい。実は勉強の旅なんだ」
「勉強の旅?」
訝しげな表情で聞き返すクレメッティにルウは説明する。
「そうさ、普段は一心不乱に魔法の勉強をしていて世間一般の常識に疎い。だからこの旅で世間に慣れて貰うんだ。しかしお願いだから、俺の前では嫁を口説かないでくれよ」
ルウが両手で拝む真似をしたのでロドニアの騎士団員達がどっと沸いた。
副団長であるクレメッティがルウとどのような会話をするか、イグナーツを始めとした団員達は一斉に注目していたが、意外にも砕けたものであったからだ。
「じゃあ、ルウよ! お前が居ない所でぜひ口説いてやろう!」
イグナーツが合いの手を入れるように冗談を言うと座は一気に盛り上がったのである。
――30分後
あれから直ぐエールで乾杯が行われ、宴はとても盛り上がっていた。
ルウはあのように言ったが、美人を見て口説かないのは男の恥である。
男らしさを標榜している団員達にとって美人揃いなルウの妻達は恰好の標的であった。
しかしここで活躍したのがアールヴの2人である。
アマンダもケイトも男あしらいが抜群であった。
息を呑むような美人の2人は世界各地を旅する際に各地の男達から散々、口説かれていたからだ。
アマンダとケイトはモーラルと連携し、妻達を口説く男達の追撃を巧妙に振り切らせた。
妻達は基本ルウ一筋なので騎士達に口説かれても、ぜったいになびかないが、余り頑なでも座持ちが悪くなってしまうので、絶妙な加減が必要なのだ。
1番年上のフランでさえ、女子しか居ない学園の教師であり、男性のあしらいに慣れてはいない。
真面目な性格もあり、つい黙り込んでしまうのだった。
その点、適性?を見せたのがナディア、ジョゼフィーヌ、リーリャである。
彼女達は基本明るい性格であり、社交性にも富んでいた。
学習能力も高く、飲んでいるうちにアマンダとケイトの処世術もすっかり憶えてしまったのだ。
ちなみにずっと頑なだったのはジゼルとオレリーである。
日頃から必要以上にルウ一筋を主張する2人は笑顔も固い。
そして対面はともかく、ロドニアの騎士達が隣に座る事を一切拒否したのだ。
「ほう! 妻と言っても未だ殆どが学生なのか?」
「ああ、罪深いというべきかもな」
クレメッティの問いに笑顔で答えるルウ。
その表情は相変わらず穏やかである。
この男が本当にそんな猛者なのか?
鍛え抜いた自分と対比したクレメッティはルウの事が、益々分からなくなっていたのであった。
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異世界転生ものです。
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『超アイドルファンの神様に異世界でアイドル育成プロジェクトを頼まれました!』
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