第565話 「イグナーツの誘い」
ルウとアールヴ2人は妻達の待つ部屋に戻った。
そしてアマンダとケイトは自分達の行いを魂から謝罪したのである。
アマンダとケイトが確り謝罪した事で妻達は話をしっかりと聞こうという気持ちになり、まずはルウから彼女達の生い立ちが語られた。
だが、途中からルウを遮るようにアマンダとケイトが話す。
自らの口で話す事で妻達へありのままの自分達を伝えたいという一念からだ。
自分達がずっと孤独であった事。
そして里のアールヴ達から酷い嫌がらせをされた時に、ルウが庇ってくれた事で生きて行く気力を持てた話を聞いて涙しない妻は居なかった。
アマンダとケイトの2人にとって、ルウは恩人の枠を遥かに超える存在である事実を知り、妻達はアールヴ達に共感を持ったのである。
「アマンダ殿とケイト殿は、アールヴの里ではルウ様と私を誘って一緒によく遊んでくださいました」
モーラルが懐かしそうな表情で言う。
ドゥプレックスと夢魔――忌み嫌われる者同士はルウという鎹により、仲を深めていった。
アマンダ達の身の上話を聞いて感極まった妻達は自分達もルウに助けられた話をした。
その話を聞いたアマンダ達も改めて妻達との絆を感じたのである。
楽しい語らいをすれば時間はあっという間に過ぎて行く。
もう時間は夕刻であった。
とんとんとん!
部屋の扉がノックされる。
ノックをしたのは白鳥亭の従業員である。
「イグナーツ・バプカ様がいらっしゃっています。ルウ様達を迎えに来たと仰っています」
それを聞いたケイトが苦笑した。
「ああ、やっぱり来たのですね。こういうところは律儀な人ですからね」
ケイトが肩を竦めたのを見て、皆はイグナーツの顔を思い出し、どっと笑ったのである。
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1階のカウンターの前にイグナーツは待っていた。
彼は気持ちが直ぐ表情に出る男だ。
今もわくわくする子供のような顔付きである。
「おう! 早く行こう! 店を貸し切りにして騎士団の仲間も待っているんだ。奥様方は勿論、アマンダとケイトも当然一緒だぜ!」
勢い込んで喋るイグナーツにケイトは呆れ顔だ。
「もう! 何でも勝手放題に言って! じゃあ白鳥亭の留守番はどうするのよ?」
白鳥亭には他に10名ほどの従業員が居る。
治安がそれほど良くないリーパ村では、普段から窃盗や強盗が多発していた。
従業員全員がリョースアールヴとデックアールヴとのドゥプレックスの白鳥亭であるが、武道の心得があるものはそう居ないし、腕前もそれほどではない。
魔法剣士であるアマンダとケイトは白鳥亭の経営者だけではなく、護衛役も兼ねており、ここで留守番と言うのは『宿を守る役目』の事である。
「留守番? ああ、それがあったか、……そうだ! アーモンさんとやら、悪いがあんたが留守番やってくれないか?」
ずうずうしいイグナーツの頼みにケイトは思わず目を見開き、口をあんぐり開けてしまう。
「呆れた! 初めて会ったルウ様の従士様にいきなり宿の留守番を頼むなんて! 信じられないわ!」
「信じられないって? だが俺はバルバの男としての器の大きさを知っている。彼の仲間の従士なら同じ位、大きな器の男だろう。こんな留守番くらい、快く引き受けてくれる筈さ」
「はぁ!? わけ分からない? 何? その理屈?」
相変わらずイグナーツとケイトの会話は掛け合い漫才のようである。
ルウは苦笑してアモンを見た。
主の顔を見てにやりと笑ったアモンも、問題無いというように頷く。
「分かった! イグナーツとやら、俺が留守番を引き受けるから行って来るがいい」
アモンの言葉を聞いてイグナーツは狂喜した。
「本当かよぉ! 駄目もとで言ってみるものだなぁ! アーモンさんよ、恩に着るぞ! いつかこの借りは返すからな。じゃあ早速行くかい!」
「もう! アーモンさん、この人に甘くしても何も出てきませんよ」
「何だとぉ! ……なんて反論している暇なんて無い! さあ、早く行こう!」
ケイトの毒舌に反応し、反論しかけたイグナーツではあったが、直ぐ考え直すと腕を振り上げてその場の全員に出発を促したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白鳥亭を出た一行はイグナーツを先頭に村の大通りを歩いて行く。
ロドニアの騎士に異国の剣士、そして魔法使いと思しき青年とその妻らしい美しい女達。
最後方にこれも美しいアールヴが2人――そのような行列は目立ち過ぎるくらい目立ったのである。
先頭のイグナーツは通りに轟くような声でバルバトスと話していた。
それを見たケイトは我慢出来ずにイグナーツの下に走り寄ると思い切り、脛を蹴る。
肉を打つ鈍い音が響いた。
「あ、痛たたたっ!」
思わぬ攻撃にイグナーツが脛を押えて苦痛に呻く。
ケイトも研鑽を積んだアールヴの魔法剣士だ。
人間やドヴェルグに比べて膂力に劣るアールヴではあるが、有効な力の使い方を心得ている。
イグナーツの脛に結構な痛みを与えたようだ。
「な、何するんだよ? ケイト!」
「もう! 私達はただでさえ目立つんだからね! その煩いダミ声で喚いていたら尚更恥ずかしいでしょう!」
「ダミ声!? そりゃ、ひでぇ!」
脛を蹴られたイグナーツは怒るかと思えば痛みを耐えながら、笑っている。
どうやらイグナーツはケイトをとても可愛がっているようだ。
その優しい眼差しは肉親を見守るものに近い。
「さあ、行こう」
ルウの促す声に全員が頷いた。
周囲には結構な野次馬がこちらを眺めていたのである。
「こっちだ!」
イグナーツは笑顔を浮かべ、店の方角を指し示したのであった。
――10分後
一行はとうとう目的の店に到着した。
古びた造りの典型的な居酒屋である。
「英雄亭に似た店ですね」
「英雄亭?」
フランがルウに囁くと、傍らに居たリーリャが首を傾げる。
ヴァレンタイン王国では殆どホテル暮らしのリーリャは『英雄亭』を知らない。
唯一、ルウと遊びに行ったセントヘレナでのデートでは中央広場の屋台で満腹になってしまったからだ。
「私も……行きたいな」
リーリャがぽつりと呟いた。
外見はアリスでも未だ彼女はリーリャ王女である。
ルウと正式に結婚すれば立場も変わり、王族という様々な柵が少しずつ取り除かれて行くであろう。
この旅の後にヴァレンタイン王国へ戻れば、いずれ堂々と『英雄亭』にも行く事が出来る筈だ。
他の妻達もフランと同様なイメージを持ったらしく楽しそうに話している。
時間が解決してくれる事は分かっていたが、他の妻が笑顔で話すのを見てリーリャはやはり寂しかったのである。
その時、リーリャの頭にルウの温かい手が載せられた。
「旦那……様」
吃驚して見上げるリーリャに対してルウの優しい眼差しが投げ掛けられている。
「大丈夫! お前を必ず連れて行くさ、約束だ!」
力強いルウの言葉を聞いて大きく頷くリーリャの胸は幸せに満ちていたのであった。
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