第563話 「天の住人と地の住人」
今、ルウとケイトが立っているのは白鳥亭の女将アマンダ・ルフタサーリの私室前である。
「アマンダ様、ルウ様をお連れしました」
ケイトが扉越しに声を掛ける。
「ありがとう、ケイト。貴女も中に入って頂戴」
アマンダの声はいかにも待ちわびていたという感情が篭もっていた。
同時にケイトを慰労する言葉も発せられ、直ぐ入室の許可は下りたのである。
「はい、アマンダ様!」
ケイトは扉を開けると一歩下がってルウに部屋の中に入るように促す。
ルウはケイトに勧められるまま、部屋に入って真ん中に立った。
正面には重厚な造りの机と椅子が置いてあり、向って右には書棚と箪笥が備えられている。
逆側は応接セットが置かれていた。
一番奥には扉があり、その先は寝室になっているのだろう。
アマンダは今、ルウと正対するような形で椅子に座っている。
しかしルウが入って扉が閉められると、アマンダとケイトの2人は、ばね仕掛けの人形のように飛び上がり、彼の足元に平伏した。
「ルウ様! 貴方様を呼びつけるなど、大変な失礼を致しました!」
「私も余りにも慣れ慣れしく振る舞い、失礼致しました」
ルウは苦笑すると彼女達を立たせてやる。
「俺はアールヴのソウェルじゃあない。そんなに敬われるような存在じゃあないんだ」
ルウの言葉にアマンダは激しく首を振った。
ケイトも同様である。
「確かにルウ様は現時点でソウェルではありません。私達は貴方様を必ず正式なソウェルにするというリューディア様のお触れを存じておりますし、異存もありません。だが、元々それは大きな理由ではないのです」
アマンダは縋るような目でルウを見詰めながら、必死に訴え続けた。
「私達がルウ様をお慕いしているのは私とケイトの命の恩人だからなのです。呪われていると蔑まれた生まれのせいで里を追放され、野垂れ死にする所を貴方様に救われたのですから」
「俺は大したことなどしていないが……良かったな」
「大した事をしていない? 何を仰っているのです。忌み嫌われた生まれの私達を当時幼いルウ様は命懸けで守って下さった」
「そうです! 私達が今、ここで幸せに働きながら暮らしていけるのはルウ様のお蔭なのです」
「まあ、待て!」
再び、頭を下げようとする2人をルウは押し止める。
「お前達は生まれのせいで謂れ無い迫害を受けていた。本当はアールヴの里で幸せに暮らすべきなのだ」
「ふふふ、良いのです。このリーパ村……いえ、外の国々では私達が純粋なリョースアールヴでは無い事を知る者など居やしません。アールヴの国の外であれば私達はのびのびと幸せに暮らせるのです」
アールヴの里で2人が暮らす――ルウの言った事は理想である。
しかしそれが単なる理想なのはルウも当然知っているのだ。
「そうか……お前達が幸せだというのなら、もう何も言うまい。ところでリューディアとは上手くやっているのか?」
「はい! リューディア様がソウェル代行に就任されてから、イェーラは変わりました。それもこれも貴方様がリューディア様を導いたからです」
「俺はリューを導いてなどいない。彼女自身が学び、目覚めたのだ。それでお前達はイェーラの民としてこの村に居るのだな。外貨獲得と偵察、監視を兼ねて、な」
リューディアがルウの影響を受けたのは間違いが無い。
しかし種族の長として最後にどのように判断するのかは彼女自身の意思なのだ。
「仰る通りです。リューディア代行の命により、ここに白鳥亭を開店しました。この地に居れば世界の情勢と変化を敏感に捉えて判断し、イエーラの国へ直ぐ報せる事が出来ますから」
「お蔭様で宿も繁盛しております。他に勤める者も私達と同じ境遇の者達です。この白鳥亭は私達、ドゥプレックスの受け皿となっているのです」
アールヴには2つの種族が存在する。
神の眷属であり美しさを極めたと言われるリョースアールヴ、これが巷でエルフと呼ばれる白妖精だ。
もうひとつは地下世界に住むといわれる黒妖精デックアールヴである。
デックアールヴは美しさではリョースアールヴに少々劣るが、膂力や身体の頑健さで遥かに勝っていた。
しかし同じアールヴでありながら種として誕生してから長い間、彼等が交わる事は殆ど無かった。
神聖な神の眷属として天界に次ぐ異界に住まう種族と、地下深き世界に住む種族とでは考え方も価値観も違い、お互いに排他的な性格から話をしようとも考えなかったのだ。
それが変わったのはリョースアールヴが主と仰いだ北の神々が最終戦争で滅んでからだ。
リョースアールヴが暮らしていた神により創られし異界が消滅した時、自らがこの地上に降りて国を建てなければならなくなったのである。
既に地底から地上に出ていたデックアールヴとの交わりはこの時から始まったのだ。
最初は諍い続きであった両者ではあるが、次第に歩み寄って行く。
しかし種族として最後の一線は越えられず、お互いに種として交わらず共存という形を取るに至ったのである。
そしてその一線を越えた時に生まれる、ドゥプレックスと呼ばれる子供達。
彼等はアールヴと人間との間の子――いわゆるハーフエルフよりも迫害される傾向にあり、不吉をもたらすものと位置付けられる。
生まれた時に殺される事も多く、殺されずとも両種族から極端に蔑まれて最後には存在も許されず国から追放されてしまうのである。
アマンダとケイトはリョースとデックの間に生まれたドゥプレックスだ。
実の親達はとうに彼女達を捨てている。
2人は実の姉妹ではないが、年上のアマンダはたまたま一緒に育った幼いケイトを常に庇い、苦しい暮らしを強いられていた。
もう少し時が経てば忌むべき存在として里の風習に従い、2人は追放される筈であった。
それを庇ったのが当時未だ幼い少年だったルウである。
結局、ルウのとりなしで2人は追放されず日陰者の身ながら里で生きていける事となったのだ。
風習を覆すルウの意見が通ったのは、ソウェルであるシュルヴェステル・エイルトヴァーラの力が大きかった。
シュルヴェステルが2人を追放しなかったのは、ルウが彼のお気に入りであったからであろう。
だが最大の理由は人外であるモーラルをルウが救っていたからだ。
救われた日から、夢魔であるモーラルは全く害も及ぼさず、従士として懸命にルウに仕えていた。
人を害する本能に囚われず、純粋な魂の持ち主であれば害など及ぼさない。
不吉云々など只の迷信であり、リョースアールヴとデックアールヴとの間に出来た子供に罪など無い。
ドゥプレックスは他のアールヴの子供達と、一体どこが違うのか?
ルウの説得はシュルヴェステルの魂を打ったのである。
しかし良い事ばかりではない。
お蔭でルウは当時の保守的な長老達に睨まれてしまったのだ。
追放を免れたアマンダとケイトはルウ達に混じって修行を行うと眠っていた才能が目覚め、イェーラの国でも上位の魔法剣士に成長した。
しかし2人のアールヴの里での生活は必ずしも幸福なものではなかった。
その為、アマンダとケイトは自活出来る年齢になった時に出国して更に各地で腕を磨いたのだ。
まもなくシュルヴェステルが亡くなり、リューディアがソウェルの地位を継いだ時に召集され、彼女の命でここロドニア領リーパ村において任務を果たしているのである。
「ルウ様……お会いしたばかりで誠に申し訳ありませんが、不思議な事がずっと起こっていまして……ご相談に乗って頂き、その上でお力添えをして頂けないかと!」
アマンダの悩みは深刻そうである。
「まず話を聞こうか」
ルウはいつもの穏やかな表情で話の続きをするように促した。
「はい! 実は最近毎晩同じ夢を見るのです。美しい妖精が悲しそうな表情で私をじっと見詰めていますが、何も喋りません。それで私が困って話しかけると全く同じ事を繰り返すのです」
アマンダの話を聞いたルウは暫しの間、考え込む。
だが、答えを出すのにそう時間は掛からなかった。
「……成る程。多分、それは木霊だな。忠実な神の眷属であった彼女は古の大神の浮気の片棒を担がされて、妻である愚かな女神から、やつあたり的な呪いをかけられて、その存在と声を消されてしまった」
「はい! 私もその伝説は知っています。実はこの村の近くに木霊谷という地があるのです。絶対にその場所だと思い、何回か出向いたのですが、どうすれば救うことが出来るのか、全く手立てが分からないのです」
「大神とその妻である女神は既に滅んでいる。神力は相当弱まっている筈だ。明日にでも出向いてみよう」
ルウが助力すると聞いてアマンダとケイトは笑顔を見せる。
不幸な境遇で育った彼女達は助けを求める悲惨な妖精を到底見捨てる事は出来なかったのだ。
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