第561話 「白鳥亭①」
ロドニアの騎士イグナーツ・バプカは、ルウとケイトが気安く会話を交わした事に吃驚したようである。
「ルウ! あんたケイトと知り合いなのかい?」
「ああ、アマンダとも、な」
「ふ~ん……」
意外な事実を知ったイグナーツは詰まらそうな表情だ。
まるでおもちゃを取り上げられた子供のような顔付きである。
「どうした?」
ルウが聞くとイグナーツは頬を膨らませ、口を尖らせる。
「だったら女将のアマンダが、すげぇ美人だって知っているよな」
再度、確かめるように聞いたイグナーツはルウが笑って頷くとあからさまにがっかりした様子だ。
女将のアマンダという女性に会わせて吃驚させようとした魂胆だったらしい。
「ふう、ちょっとがっかりだ。驚かせてやろうと思っていたからさ。まあアールヴはケイトも含めて皆、美人揃いだけど、な」
「うふふ、イグナーツったら、相変わらず『軽い』ですね」
美人だと褒められたケイトであったが、澄ました顔のままで強烈な反撃の言葉を返した。
だが反撃の言葉を聞いたイグナーツは不本意だと言う視線をケイトに投げ掛ける。
そして唸るように呟いたのだ。
「俺が軽い……だと?」
「だって男として軽いでしょう。 本当に、いけない人なんだから! ……貴方には可愛い許婚が居るでしょう?」
イグナーツには婚約者が居るというが、多くの妻を引き連れたルウをちらりと一瞥すると我が意を得たりとばかりに頷いた。
「ははは、まあな。だが可愛い女は口説くのが礼儀さ、なあ、ルウさんなら分かるだろう?」
悪びれずに胸を張って言い切るイグナーツにケイトは溜息を吐く。
しかし彼女は魂の底からイグナーツを嫌っているのではなさそうだ。
そして腰に手を当てて、この掛け合い漫才のような会話を終わらせる事を宣言したのである。
「イグナーツ! いつまでも馬鹿な事を言っていないで! 私は大切なお客様を案内したいのですけど」
「分かった、分かった! ケイトには敵わないぜ」
長旅をして来たルウ達を早く宿に案内したいと言うケイトの言葉にイグナーツも納得したようだ。
「というわけで、ルウ様……良くいらっしゃいました」
「ちぇっ! ルウさんには様付けかよ」
ルウの事を恭しく呼ぶケイトにイグナーツはまたもや口を尖らせる。
「当然でしょう! 私達のルウ様なんだから!」
「何だ、そりゃ?」
イグナーツは無遠慮に肩を竦めた。
私達の、だと?
何でそんなに親しげなんだ?
ルウがアールヴの真のソウェルとして敬われる事を知らないイグナーツは、当然の事ながらその言葉の意味も分からない。
ただルウが、ケイトにとって昔からの知り合いとしか思っていないようだ。
「さあこちらです」
ケイトはルウ達を馬車の駐車場に誘導すると言う。
目の前の白鳥亭という宿屋は真ん中が吹き抜けになった『この字型』の建物である。
1階の大きな入り口を空けると中庭があり、そこが馬車を停める場所となっていた。
馬車を所定の位置に停めさせると、ケルピー達は馬車から外され、バルバトス達が騎乗していたケルピー達と共に奥にある厩舎に入れられた。
「後の事は私とイグナーツがやっておきますから、ルウ様と奥様達は白鳥亭に入って下さい。アマンダ様がお待ちかねですよ」
馬車の清掃や馬の世話をイグナーツと共にやっておくというケイト。
彼女の言葉を聞いてイグナーツは驚いた。
「おいおい俺はこの宿の従業員じゃあないぜ。ロドニアの誇り高き騎士……」
「誇り高き騎士が守る忠誠、公正、勇気、武芸、慈愛、寛容、礼節、そして奉仕を忘れたの? 特に慈愛と奉仕の精神を、ね」
「慈愛と奉仕って何だよ?」
「慈愛は働きづめの哀れなアールヴ女に優しくする事。奉仕は言葉通り、私を手伝う事よ」
「あはははは!」
今迄の2人の会話をじっと聞いていたオレリーが我慢出来ずにとうとう笑い出した。
オレリーはジゼルとナディアのやりとりがツボに入ってから良く笑うようになった。
普段は大人しいオレリーが朗らかに気持ち良く笑うので、親しみ易い笑顔が益々魅力的になるのだ。
オレリーの笑顔を見たルウが悪戯っぽく笑い、手を横に振った。
「お言葉に甘えて行こうか? じゃあな、イグナーツさん」
「おいおい! 後で誘うからな! 今夜、絶対に飲みに行こうぜ!」
去って行くルウの背中へ、イグナーツが誘う大声が響いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あら、いらっしゃいませ! 貴方様の放つ魔力波でこの村にいらっしゃったのは分かってはおりましたが……ルウ様、本当にお久し振りですね」
中庭から『本館入り口』と表示の出た入り口から館内へ入ったルウ達一行はカウンターの向こうに居る女将らしいアールヴの美しい笑顔に出迎えられた。
女将である彼女がルウがアマンダと呼ぶアールヴらしい。
アマンダは金髪で碧眼、抜けるような白い肌を持つ典型的なアールヴの女であった。
そして……
何とアマンダはルウに近付くと頬にキスをしたのである。
「女性の方々は……奥様達ですね?」
フラン達を見て相変わらず笑顔で確認するアマンダへモーラルが一歩進み出た。
「ルフタサーリ殿、お久し振りです」
「うふふ、モーラル……いえ、モーラル様ね。ミンミから報せて貰ったわ」
どうやらモーラルがルウと結婚した事をアマンダはバートランドに居る冒険者ギルドのサブマスター、ミンミ・アウティオからの報せで知ったらしい。
で、あればモーラルとミンミのやりとりも彼女は知っている筈だ。
「はい」
「良いのよ、私もミンミ同様考え方が変わったわ。貴女は自らの手で幸せを勝ち取った。胸を張っていいの。そして私の呼び方はアマンダで良いわ」
モーラルはアマンダの言葉を聞いてぺこりと頭を下げた。
「はい、アマンダ殿、私はルウ・ブランデルの妻、モーラル・ブランデルです」
モーラルの挨拶が終わるのを待ってフランがアマンダへ挨拶をする。
「フランシスカ・ブランデルです。今夜はお世話になります。宜しくお願い致します」
一見して完全に貴族の令嬢と分かるフランの丁寧な挨拶にアマンダは驚いたようだ。
そんなアマンダへ他の妻達も続々と挨拶を行った。
「ジゼル・ブランデルだ、宜しく頼む!」
「ナディア・ブランデルです。宜しくお願いします」
「オレリー・ブランデルです。お世話になります。何かお手伝い出来る事があれば仰って下さい」
「ジョゼフィーヌ・ブランデルです。素敵なお宿ですわね。今夜はお世話になります」
最後にリーリャが口を開こうとするとルウがストップを掛けた。
そして念話でアマンダへ本当の名前を伝えたのである。
『理由があって俺が魔法を掛けてはいるが、彼女はロドニアのリーリャ王女さ。リーリャ・ブランデルだ!』
ルウのアマンダへの念話はリーリャにも聞こえていた。
「宜しくお願いします!」
さすがに吃驚するアマンダへ、アリスに擬態したリーリャは凛とした声で嬉しそうに挨拶をしたのであった。
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