第552話 「感謝と祈り」
ルウ達はお昼前にアレシアの町を出発した。
この時間に町を出るのは通常よりだいぶ遅い出発である。
殆どの商人や旅人は朝早く出発し、次の目的地へは夜が更ける前に到着するように心掛ける。
最近は、ヴァレンタイン王国とロドニア王国を結ぶ街道は急速に治安が悪化している。
人間の追い剝ぎや強盗などは主に昼間活動し、人を襲い捕食する魔物や獣は夜に行動する事が多い。
昼間の旅でも危険なのに、人外どもの行動が活発になる危険な夜に旅をするなど自殺行為なのだ。
水の妖精ケルピーが牽引する馬車と同じく悪魔従士を乗せたケルピーもルウの念話でぐんぐん速度をあげて、いつの間にか街道から姿を消していた。
次の目的地に向けてまたもやルウの転移魔法が発動したのである。
旅の行程を聞いたアレシアの執政官アロイス・クリューガー伯爵には一応目的地をロドニア領リーパ村であるとは伝えたが、その前にルウ達には寄る所があった。
その場所とはフランが襲撃された現場、すなわち彼女がルウと初めて出会った場所である。
事件後にアデライドとフランは相談の上、ドゥメール伯爵家からとして殉職した騎士達の慰霊碑を建てた。
フランを守る為に亡くなった騎士の慰霊碑の下で全員で改めて黙祷を奉げようという趣旨である。
その為に今回はアレシア寄りにある新設されたキャンプには寄らず、襲撃現場へと向うルウ達だ。
アレシアからキャンプ、襲撃現場までは鬱蒼とした森が続く。
襲撃現場の直ぐ手前に転移した馬車が街道を暫く走ると道の脇に石碑が立っているのが見えた。
僅か4ヶ月前にフランはこの場で異形の怪物の大群に襲われたのだ。
やがて馬車と騎馬は慰霊の石碑の前に停まった。
今は午後1時……
幸い付近に害を及ぼそうとする魔物や獣、そして不埒な人間は居ないようである。
「さあ降りようか」
ルウが促すと妻達は全員、馬車から降りて石碑の前に行き、跪いた。
バルバトスとアーモンも、ケルピーへ待機を命じると妻達と一緒に跪く。
最後にルウが跪き、目を閉じて手を合わせると彼等亡き騎士達へ祈りを奉げたのだ。
ルウはその姿勢のまま殉死した騎士達に語り掛ける。
「フランを守ってくれてありがとう。そして俺とフランを巡り会わせてくれて本当にありがとう。今、改めて俺は祈ろう! 貴方達こそ、来世は理不尽な災いを受けず、幸せな生を全うするようにと!」
葬送魔法の言霊と言うより、純粋なルウの悼みと感謝の気持ちを聞いて、フランはもとより妻達も涙ぐんでいる。
「この世の幸せは多くの命や思いの上に成り立っている。妻達が俺と出会えて生を拾い、現在、幸せに暮らしているのも、元々は俺とフランとの出会いがあればこそ、だ。本当に感謝する。そして来世への祝福あれ!」
それから暫くルウ達は跪いたまま、動かなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
襲撃現場には闇の気配は感じられなかった。
どうやらこの付近に異形の者達を送り込んだ張本人は居ないようだ。
ルウとフランが2人、慰霊碑の前に佇んでいる
他の妻達は既に馬車に乗り込み、悪魔達はケルピーに跨り、遠くから見守っていた。
皆が気を遣ってルウとフランを2人きりにしてあげたのだ。
「旦那様……」
フランが切なげに言う。
ルウを見詰める瞳は濡れたように輝いている。
「私はラインハルト様、そして騎士様達の犠牲の上に幸せを掴んだ女なのですね」
「ああ、その通りさ。だが受け入れるんだ、フラン。俺も爺ちゃんに助けられ、こうして生きている……俺達が幸せに生きる事で彼等も浮かばれる。俺達を幸福にした人達は同じだけ祝福されて、いつの日か転生する事が出来るだろう。俺はそう信じている」
「旦那様……分かりました。旦那様にそう仰って頂けるとフランは元気が出て来ます。私……彼等に胸を張って生きられるように頑張ります」
健気に語るフランをルウはそっと抱き締めた。
溜息を吐いてルウの胸に顔を埋めるフランは、いつもより頼りなく華奢に感じられる。
そんなフランがルウは愛おしくて堪らない。
抱き締めたフランの背を優しく撫でながら、ルウは言う。
「この森、そして隣接する古戦場、そしてアレシアに至るまで遥か昔の戦争の際に生じた魂の残滓で一杯なんだ。そのような場所は異界と繋がり易い霊場となる。あいつらにフランを襲わせた奴はその力を上手く利用したのだろう」
この先には荒野と呼ばれる広大な古戦場がある。
荒野、森、そしてアレシアの町までは、かつてヴァレンタイン王国とロドニア王国が領土を巡って激戦を繰り広げた地である。
両国の兵達の夥しい血が流され、それに伴い大量の命も失われたのだ。
戦死者の無念の思いは怨念となり、昇天出来なかった魂の残滓としてこの広大な地域に留まっている。
「それって……常世などの異界と、この現世を容易く繋ぐ事が出来るのでは……」
フランが思った事を言うと、ルウがゆっくりと頷いた。
「そうだな。フランが今、考えた通り異界からの門が造り易い。この場に居なくても自分達の異界を繋げれば余り魔力を使わず好きなだけ手下を現世へ送り込む事が出来るのさ」
「……やはり、この場所はとても危険な場所なのですね」
「ああ、絶対に浄化をした方が良い。無念のうちに散った魂達の為にも、な」
「葬送魔法……私も含めて皆に教えて下さい! 旦那様!」
本当にフランは強くなったとルウは思う。
フランの碧眼の瞳には固い決意が表れているからだ。
その瞳の輝きは逆境を糧にする女性である事の証である。。
「ああ、そのつもりさ。どちらにしても不死者との戦いもあるだろうから」
ルウが了解するとフランは唇を噛み締めた。
「でも悔しいわ……私が魔法使いとして未熟者だったばかりに……騎士達を死なせてしまった」
ぽつりと呟くフランにルウはきっぱりと言い放つ。
「大丈夫だ、フラン。俺が必ず仇を取る……俺だけじゃあない、皆も居る。全員お前の味方だ」
「ありがとう……」
「ああ……任せろ!」
掠れた声で感謝の気持ちを伝えるフランを、ルウは確りと抱き締めたのであった。
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