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第551話 「幕間 ジェロームの幸せ②」

 ジェローム・カルパンティエとシモーヌ・カンテは顔を見合わせて微笑むと、並んで歩き始めた。

 身長はジェロームが180cm、シモーヌは170cm、鍛え抜かれた逞しい体躯の2人が並ぶと壮観であり、絵になるカップルという趣だ。

 大好きなジェロームと並んで歩ける事が余程、嬉しいのであろうか、シモーヌは笑いっぱなしだ。

 眩しい笑顔が魅力的なシモーヌにジェロームは嬉しさを隠せない。


 こいつ!

 本当に可愛いな!


 鳶色の瞳で切れ長の美しい目が何か言いたげに、じっとジェロームを見詰めている。

 桜色の小さな可愛い唇が少し開いて楽しそうな笑い声が漏れる。

 こざっぱりしたショートカットでさらさらの茶髪が揺れる。

 そして楽しそうにスキップする引き締まった肢体はとても健康的である。


『ジェローム、ここでシモーヌと手を繋ぐんだ。さりげなく手を差し出して、な』


「りょ、了解!」


「え? どうしたのですか?」


 ルウの声が聞こえないシモーヌはジェロームがいきなり返事をした事に対して不思議そうに首を傾げた。


「い、いや! な、何でもない」


 ジェロームは慌てて取りつくろうと、さっと手を差し出す。


「え? ジェローム様!?」


 憧れの男性からいきなり手を差し出されたシモーヌは吃驚して大きく目を見開いた。

 ここでいつものジェロームなら緊張に耐え切れず、手を引っ込めていたに違いない。

 しかし彼も必死である。

 何せ妹ジゼルの叱咤とルウのアドバイスが後押ししているのだ。


「さあ!」


 ジェロームの促す声にシモーヌは、ちょっと躊躇とまどったが、素直にジェロームの手を握ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 午前11時過ぎ……


 中央広場を1時間余りも散策した後2人は昼食を摂ろうという話になった。

 店を探すジェロームがシモーヌの手を引いて着いたのは一軒の居酒屋ビストロの前だ。

 古ぼけた造りで看板は丸太を割って焼印を押した無骨なものである。


 これもジェロームは女性と2人で食事をする店が分らないと念じたら、ルウの内なる声の道案内があった。

 その声に従って歩いたらこの店の前に出たのだ。

 ブランデル家の中では言わずと知れた『英雄亭』である。

 しかし学生のシモーヌはともかく、ジェロームでさえ英雄亭がどのような店か知らなかったのだ。


 勿論ジェロームは、金剛鬼と呼ばれたかつての戦場の英雄ダレン・バッカスを知っていた。

 しかしダレンが自分の名前を『売り』にしなかったせいもあり、この店の主とは知らない。

 それゆえ中央広場にある店の存在も認識していたが、食事をした事もなかったのだ。


「ジェローム様……このお店って……」


 さすがのシモーヌも不安を隠せない。


 この店に来た女性は皆、同じ反応をする。

 開け放たれた扉の奥から店内の喧騒が聞こえる事からも分る通り、ただでさえ荒くれ冒険者のたむろする店なのだ。

 若い女性が進んで入る筈が無い。


「ああ、だ、大丈夫だ」


 ジェロームが掠れた声で言った瞬間である。


『外観はこんなだが、店自体は大丈夫だぞ、ジェローム。堂々と振るまい、優しくシモーヌの手を繋いで店に入れ』


「お、おう!」


「ジェローム様、さっきから一体どなたと喋っていらっしゃるのですか?」


 傍から見れば独り言を言っているようなジェロームを見て、シモーヌはやはり変だと感じているらしい。


『俺と話しているのをシモーヌに疑われても知らぬと返せ! ……そして彼女が可愛いと思うなら素直に言うのだ!』


「う、分った! い、いや、シモーヌよ、何でもないぞ。緊張するなと自分に言い聞かせているのだ。何せ、シモーヌみたいな可愛い娘と2人きりだからな、俺は戦いの時より、ずっとどきどきしている」


「え? か、可愛い!? どきどきしている?」


「ああ、お前はとても可愛いぞ、シモーヌ」


「そ、そんな!」


 ジェロームはシモーヌが恥らうのを見て完全に止めを刺されてしまう。

 それほど今のシモーヌは可憐であり、普段の魔法武道部の副部長たる威厳など感じられない。

 ここに居るのは1人の恋する乙女なのである。


「と、とにかく店へ入ろう!」


 ジェロームはシモーヌの小さな手をしっかり掴むと『英雄亭』へ足を踏み入れたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 2時間後……


 2人は『英雄亭』を出て再び中央広場を歩いている。

 ジェロームもシモーヌも満面の笑みを浮べていた。

 良い意味で予想を裏切り、『英雄亭』の料理が素晴らしく美味しかったからである。

 やや舌足らずだが、朗らかで丁寧な接客をする少女に驚いた2人は運ばれて来た料理をひと口食べるとその余りの美味さに感嘆の声をあげたのだ。


 店主のダレンとも話す事が出来て、この店とルウの意外な接点がある事も分ったのである。


「ジェローム様、さすがです。私には想像も出来ない程、素晴らしいお店でした!」


「おお! ま、まあな。こんなものだろう」


 ジェロームとシモーヌの足取りは軽い。

 食事に満足したシモーヌを連れて、ジェロームはデザート菓子を扱う店である『金糸雀キャネーリ』のカフェへ向っているのだ。

 いつも混雑するカフェを予約してあるのは当然の事であり、今度はジェロームの勝手知ったる庭なので彼も余裕綽々だ。


 中央広場を歩くジェロームとシモーヌの姿は目立つ。

 その為、運が良いのか、悪いのか、たまたま王都騎士隊の後輩と出会ってしまう。

 後輩は陽気な性格であり、先輩が可愛い女の子を連れているのを見て、素直に祝福しようと考えたようだ。


「ジェロームさん!」


「お、おお! ヤ、ヤンか!?」


 聞き覚えのある声に振向いたジェロームは少し吃驚した様子である。

 ヤンと呼ばれた後輩も中々の美男子だ。

 騎士隊でも女性にもてる男として知られていた。


「隅に置けないですねぇ! そんな可愛い『彼女』が居たなんて! 僕に紹介して下さいよ!」 


 ヤンの奴、爽やかな笑顔だな。

 俺が女だったら好ましく思うだろう。


 ジェロームはヤンを見て思う。


 果たしてシモーヌはヤンを見てどう思うだろう?

 こんなに可愛いのだ。

 格好良くて爽やかな男が好きに決まっている。

 無骨で不器用な俺と釣り合うだろうか?


 自問自答したジェロームはそっとシモーヌを見た。

 シモーヌはヤンなどには目もくれず、ジェロームをじっと見詰めている。

 ヤンが彼女と呼んだ自分をジェロームがどのように紹介するかが不安らしい。


 その時ジェロームは幼い時から彼を慕ってくれる一途な少女の気持ちを漸く理解したのである。


 何だろう?

 この不思議な気持ちは……

 俺は今迄この子を妹のジゼルと同じ様に考えていたのに。

 だがシモーヌはジゼルとは全然違う。

 この子が俺をこんなに慕ってくれるかと思うと何故だか、切なくなる……

 そうだ、これって……

 俺は彼女を必要としているんだ!


「おう! 俺の大事な彼女さ! あ、いたたたた!」


 ジェロームが自分の彼女だと、はっきり言い切った瞬間、シモーヌは嬉しさの余り、繋いでいた彼の手を思い切り握っていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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