第548話 「混在する町で」
アレシアはかつての軍事拠点から商業都市として変わりつつある町だ。
中央広場では市も毎朝立ち、活気のあるやりとりが交わされていた。
ヴァレンタインとロドニアの言葉も混在し、商店や飲食店の外観には店主の出身が反映され、両国の様式も現れている。
それどころか最近はロドニア経由で両国以外の商人も訪れ、商いを行っていた。
朝食を終えたルウ達は出発までの短い時間を観光に充てる事にする。
王都セントヘレナとはまた違った趣がある町の散策が出来るとあって妻達は大喜びであった。
しかしルウと妻達はどこでも目立つ。
長身痩躯で黒髪の魔法使いの青年が様々なタイプの美しい7人の妻を連れて行くのだから。
そんなルウ達の周囲を2人の猛者が守るように睥睨する。
ルウの忠実なる悪魔従士、バルバトスとアモンであった。
人化した2人とも外見は30代半ばの逞しい戦士風の男だ。
バルバトスは思慮深いが目付きの鋭い冷静沈着な雰囲気を醸し出し、アモンは黙して語らないが、猛禽類のような猛々しさで相手を威圧してしまうタイプである。
この様子をルウの傍らで歩きながら見ていたのがこのアレシア守備隊隊長で騎士爵でもあるパトリス・ソランであった。
今日のパトリスは本来非番である。
しかしルウ達と共に革鎧を着込んだ任務中の出で立ちで守るように歩いていたのだ。
これには理由があった。
散策に出掛ける前に護衛をつけようといったこの町の執政官アロイス・クリューガー伯爵の申し出をルウは丁重に固辞したからである。
アレシアは少し前にバートランドと同じ特別地方都市に格上げされた。
執政官を置き、ある程度の自治権をヴァレンタイン王国から認められたのだ。
ゆくゆくはバートランドと同格の都市になって欲しいという王国の期待の表れではあったが、治安は良いとは言い難い。
周囲には人間を捕食する魔物が跋扈し、命懸けで旅をする商人達には臨時雇いで護衛をする傭兵や冒険者達が付き物であった。
そのような者達を始めとして王都のような愚連隊が早くも存在していたのである。
そのような町をいくら屈強な2人の従士とはいえ、男がたった3人に対して美しい女が7人も歩くとなると、絶対にちょっかいを出してくる輩が居る。
そんな心配をアロイスはしたからだ。
傍らに居たパトリスも守備隊の護衛を断ったルウが最初は遠慮していると考えた。
だが再度の申し出を断るのを見て、逆に興味が湧いたのである。
パトリスはすかさず自分1人が、町の案内の名目でルウ達に同行する事を申し出たのだ。
主のアロイスはパトリスの意図を即座に理解する。
何と言ってもバートランドから長年連れ添っている主従なのだ。
守備隊長のパトリスが居れば万が一の場合は対処出来るし、町中の警備も兼ねる事が出来る。
その為、ルウに対して彼の同行を強く勧めたのだ。
こうなるともうルウも彼等の意向を汲んで嫌な顔などせず「是非」と受け入れたのである。
パトリスはルウ達と一緒に歩いてみて驚いた。
まずルウという男は魔法使いと思えない身体の捌きである。
何か特別な体術を会得しているらしく、ただ歩いているだけなのに隙が全く無いのだ。
また付き従う従士達も一騎当千の猛者である事は一目瞭然ではあったが、それ以上に驚愕したのはルウの妻達に対してであった。
ルウには及ばないものの彼女達も同様に隙が余り無い。
特にフラン、ジゼル、そしてモーラルは抜きん出ており、か弱い女性とは思えなかった。
素晴らしい!
全員がしっかりと身体を鍛えられている。
これでいてルウ達が剣技や格闘戦に長けた屈強な戦士ではなく、魔法使いだとは……
どこまで怖ろしい方々なのだろう。
「ルウ殿」
アロイスの部下であるパトリス達守備隊の面々にもファーストネームで呼ぶ事をお願いしたルウ。
そんなパトリスの呼びかけにルウは屈託の無い笑顔で応える。
「はい、パトリスさん。何でしょう?」
「主であるクリューガー伯爵の更に主筋にあたるエドモン大公様だけではなく王国の要であるフィリップ宰相閣下からも一目置かれている貴方は只者では無い……私には分るのです」
「只者ではない? ははっ、そんな大層なものじゃあないですよ」
「それに今日一緒に歩いてみて納得しました。貴方を始めとして身体の捌き方が尋常では無い。何か体術を極めていらっしゃいますな」
「ちょっと鍛えているくらいです。だがパトリスさんこそ、さすがだ。俺の妻達の事までも見抜くとは、ね」
ルウはじっとパトリスを見詰めた。
パトリスはルウの漆黒の瞳につい引き込まれそうになって、慌てて顔を横に振った。
「な、成る程! これは立ち入った事をお聞きして失礼致しました。ところでこの町は如何ですか?」
「ええ、王都というよりもバートランドに近い雰囲気ですね。荒々しく粗野かもしれないが、活気がある」
ルウの言葉を聞いたパトリスは満面の笑みを浮べる。
バートランドに近い雰囲気――とは彼にとって最大の褒め言葉なのだ。
「嬉しい事を仰る! 本来ヴァレンタイン王国の王都は開祖様の名をつけたバートランドだと私は考えておりますよ」
「この町がロドニアのノースへブンに負けない商業都市になるには伯爵やギルベルトさん、そしてパトリスさん、貴方の力が必要なのです。お身体に気をつけて頑張って下さい」
「あ、ありがとうございます! では短い時間ですが、町を案内させて頂きますよ」
パトリスはルウと話して嬉しくなって来た。
そして喜び勇んで町の案内を始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウの妻達は余り隊列から離れないようにして2人で組みになり、離れないように手を繋ぎながらアレシアの観光を楽しんでいる。
今、ジゼルとナディアは冒険者ギルドのアレシア支部前を通過中であった。
「おお、ここがアレシアの冒険者ギルドか!? ううううう、登録したい、冒険者になりたいっ!」
ジゼルは冒険者ギルドの看板を見て身悶えする。
親友の嗜好を良く知るナディアはあったが、ジゼルの余りのオーバーポーズに呆れ顔だ。
「ジゼル、そんな事を言ったって、ボク達は来年魔法大学受験だ。旦那様が大学生になったら登録して良いと仰っているのだろう?」
「ああ、そ、そうだ!」
ジゼルに対してルウが冒険者登録を留意させたのをナディアは聞いている。
ルウの真意は理解している筈なのにこうなるとジゼルはもう子供であった。
口を尖らして不承不承といったジゼルに対してナディアは提案する。
「大学生になったらボクも登録するよ、一緒にギルドへ行こう!」
「本当か!? や、約束だぞ、絶対にだ」
「ああ、『ヴァルキュリユル』は秘密のクランだから無理としても、旦那様や皆と新たなクランを組もうよ」
「新たな……クランか…… ようし、ナディアよ、新クラン結成の前に勝負だ!今度は大学入学でどちらが首席か、な。とりあえず入学試験の総得点で私は尊敬するフランソワーズ先輩の記録超えを狙うぞ!」
フランソワーズとはジゼルの1年先輩であり、彼女達を可愛がった才媛らしい。
「ああ、ボクも彼女は目標だから、な」
ナディアはそう言うとジゼルの手を引いて、また歩き出したのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




