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第546話 「フランの説教」

「ははははは! 運動音痴といっても、私もたまに馬くらいは乗るのだが、な」


 ギルベルト・クリューガーの朗らかな笑い声が響く。

 朝食後、改めて紅茶を飲みながら話しこんだギルベルトはルウや妻達とすっかり打ち解けていたのである。


「ほぉ! ブランデル殿も大の甘党とは!? それはそれは同好の士ではないか! して王都は、やはり『あの店』が評判ですか?」


「ええ、『あの店』です!」


 ルウとギルベルトが『あの店』と呼ぶのはやはり『金糸雀キャネーリ』であった。

 女性だけで営む小さな王都の菓子店は遠く離れたここアレシアまでその名を知られていたのである。


「旅行者から良く噂を聞きましてね。そ、それで味の方は!?」


「ばっちりです! 甘過ぎず、ほど良い味ですよ」


 ごくり!


 ルウの言葉を聞いてギルベルトの喉が鳴る。

 どうやら大の甘党と言うのは本当のようだ。


「毎日買い求める人で店頭に行列が出来ていますよ。貴族も平民も順番に並んで購入しています」


「な、成る程! ああ、羨ましい!」


 ルウから店の様子を聞いたギルベルトは悔し気にそう言うと、子供のように地団太を踏んだ。


「良い香りの紅茶と美味しい焼き菓子を用意して、内容に深みのある大好きな書物を書斎でじっくりと読む! これぞ人生の醍醐味ですよ」


 甘党で読書家……ギルベルトはやはり弟のラインハルトとは対照的なタイプのようである。


「この町の人々の為に良い目標が出来たじゃあないですか?」


 ルウは今回の決意を具体的に目標へするように、とギルベルトに促した。


「良い目標?」


「ああ、良い目標です。貴方のような人が喜ぶ町にする! そう考えれば決意されたアレシアの町の統治・発展にも一層力が入るでしょう? そのような動機は不純かもしれませんが」


 ルウが更に言葉を続けると、ギルベルトは納得したように頷く。


「私のような者が喜ぶ町? あ、ああ、そうか! 美味い紅茶を飲ませる店、美味い焼き菓子を売る店、そして素晴らしい書物を扱う店……そのような店が出せるような町、か!」


「そうです! 例えば王都の『金糸雀キャネーリ』がぜひ支店を出したい、というような町にすれば良いのですよ」


「うん! よし! 頑張る! 私は頑張るぞ!」


 拳を握り締め、叫ぶギルベルトは確かに子供っぽいかもしれないが、悪魔に魅入られたと思えないほど純粋であり、妻達の中で事情を知るモーラルだけはホッと安心したのである。

 ルウはそんなギルベルトに問う。


「ところでギルベルトさんはおいくつでしたっけ?」


「ああ、今年35歳だが……いきなり何か?」


「失礼ですが、奥様は?」


「ああ、残念だが独身だ。父は心配して見合い話を持ってくるのだが、私がなかなかその気にならなくてな」


 この国で貴族は早婚の傾向がある。

 貴族は当然世襲制なので早く男子の跡継ぎを確保する為だ。


「その気にならないとはどうしてですか?」


「趣味さ! 先ほどの趣味を語ると今迄の女性は皆、引いてしまうのだ。そもそも理想の女性とはだな……」


 ギルベルトは熱く持論を展開した。

 多分、見合い相手の女性が断わった原因は彼の趣味の話だけではあるまい。

 よくよく聞けば、ギルベルトの言う理想の女性とは現実とかけ離れたものであったからだ。

 これを押し付けられては今迄会った見合いの相手も辟易したに違いない。


 暫し時間が経過しても、ギルベルトの熱弁は未だ続いていた。

 そのうち、とうとう我慢出来ないといった様子で、フランがギルベルトにストップを掛ける。


「ギルベルト様!」


「な、何だ!? フランシスカ……殿」


「今迄通り、フランシスカと呼び捨てで結構ですわ」


「いや夫君のブランデル殿の前でそのようには呼べない。失礼だ!」


「では、どうとでもお呼び下さい! そのような事よりもギルベルト様の語る女性など、どこにも居やしません!」


 いつもは大人しいフランの余りの剣幕にギルベルトは引き気味だ。


「い、いや……でもフランシスカ殿。お前、いや、淑女である貴女がそのような女性ひとだったとは!?」


「私は元々、こういう人間なのです。それに私を含めてここに居る女の子達で1人も貴方の仰る女性にぴったりのタイプなど居ませんわ!」


「そ、そうかな?」


「良く考えて下さい! 美しいのは勿論、清楚で母性に溢れていて、穏やかで優しい。辛くても弱音を一切吐かず夫には絶対に逆らわない。健康的で料理上手な上、両親も高貴な血筋の方…それに加えて自分の趣味にぴったり合うなどと世界中どこを探しても存在しません!」


 確かにそんな女性が居たら凄いだろう。

 だがギルベルトはまた持論を展開しようとする。


「で、でも書物には……私の読んだ小説にはたくさん出て来るぞ。彼等作者の実体験に基づいたものも絶対にある筈だ」


 ギルベルトの反論が益々フランの苛立ちに火をつけてしまう。


「小説は書いた人がこうあって欲しいという理想の気持ちが込められた架空のお話です。混同してはいけませんわ。ギルベルト様はもう良いお年で責任あるお立場なのですから、女性への見方ひとつにしても、しっかりして下さいね」


「ぐうう……す、済まん!」


 フランにびしびしやり込められるギルベルトが気の毒になったのか、ルウが助け舟を出した。


「ギルベルトさん、今度何かの機会に王都に出て来たら俺を訪ねて下さい。相談に乗りましょう」


 フランに責められて防戦一方だったギルベルトは安堵の表情である。


「済まん、ブランデル殿! 恩に着る!」


「気楽にルウと呼んで下さい、ギルベルトさん」


「あ、ありがとう! ルウ!」


 ルウと親しげに話す息子の姿を見て父アロイスも感慨深げだ。

 あれだけ特権意識が強くて平民を嫌っていた息子に何があったのだろう?

 アロイスは不思議でならなかったが、生来楽天家の彼はそんなに深く考えなかった。

 それよりも頑なだった長男の変貌を素直に喜んでいたのである。


「ラインハルト……」


 アロイスは亡き次男の名を小さく呟いた。

 もしかしたら兄思いだった弟が天国から意見してくれたかもしれないと彼は思う。


「ありがとう!」


 それは父が亡き息子へ贈る、こころからの感謝の言葉だったのだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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