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第529話 「生きるという事」

 出発前夜、ルウは異界にて妻達へじっくりと話していた。


「この旅はお前達が初めて外の世界に触れる旅でもある」


「外の世界……」


 妻達の中で人外のモーラルやアリスは別として、まともに外の厳しい世界を知っているのはフランだけである。

 実際、フランにとっては怖ろしい記憶と共に忘れられない思い出でもあった。

 10年前に大破壊ハボクという大災害で愛する婚約者を亡くしたフランではあったが、あの日異形の者に襲撃されるまでは『狩場の森』でしか魔物とまともに正対した事はなかったのである。


 絶望に染められたあの日、フランは死を覚悟した。

 その瞬間、生と死のはざまでルウとの出会いによりフランは生を拾ったのだ。

 終わりかけたフランの人生があの時からまた始まったのである。

 

 フランがふと物思いに耽っている中でルウの話は続いていた。


「普段、王都で安全に暮らしているお前達は、この世界の現実を知らない」


「この世界の現実……」


 一方、ルウの言葉を聞いたジゼルは魔法武道部の後輩イネス・バイヤールの話を思い出した。

 幼い彼女が遭遇した苛酷な運命……普段の何気ない生活の中に生と死が隣り合う。

 それが外の世界の現実だとしたら、自分達は何と安全な所で生きているのであろう。


「俺は今日行われた対抗戦の最中、ある生徒に話をした――食物連鎖という話だ」


「食物連鎖って何ですか?」「教えて、旦那様!」


 妻達は聞き慣れない言葉の説明を聞こうとして身を乗り出した。

 興味津々の妻達へルウは少し詳しく説明してやる。

 それは昼間魔法武道部の1年生部員フルール・アズナヴールに話した事と同じであった。


「食物連鎖とは神の創り上げた仕組みであり、分り易く言えば食う、食われるの関係だ。例えば種から草が生えて、それを兎が食べる。人間がその兎を捕まえて食べる。そして人間は……悲しい事だが文字通り、食人鬼オーガなど人間を捕食する魔物からすれば食べ物――餌なんだ」


「餌……ですか。成る程……」


 今度はナディアがぽつりと呟いた。

 悪魔に魂を捕食されそうになった彼女には実感出来る話なのであろう。


「だが俺はここで例え話をした。先程食物連鎖に出て来た俺達の餌にもなる兎の話さ」


「兎……」「兎って可愛いわ」


 ルウがまた違う話をし始めたのを妻達は興味深そうに聞いている。


「兎の周りは敵だらけだ。狐や大狼など肉食の獣や人間だけではなく、魔物でさえ彼等を追う。彼等は神から与えられた速く走る足で逃げるしか抵抗の術が無いが、魔法や魔導拳が使える俺達は違うだろう」


「私達は逃げるだけじゃあない、戦って運命を切り開く『兎』という事なのですね」


 改めてフランが言葉を返した。

 運命に流されるだけであった彼女は今、前向きになる自分にその『兎』を重ね合わせたのだ。


「ふふふ、そうだ。敢えて言えば『抗う兎』だな」


 ルウの言葉に今度はジゼルが反応する。


「旦那様。私達、妻のクラン名は『戦乙女ヴァルキュリユル』だが、まだまだ駆け出しだ。慢心せずに『抗う兎』の精神を持って臨みたいと思う」


「よし! その意気だ。旅の道中は様々な敵に遭遇するだろう。基本的には俺とモーラル、そしてバルバトス、アモンが撃退するが、機を見ながらお前達にも出張って実戦経験を積んで貰うぞ」


「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」


 8人の妻はルウの呼びかけに元気良く返事をした。

 だがルウの話は終わりではないらしい。


「気合が入った所で悪いが、更に厳しい事を伝えておく」


 ルウの顔付きが変わったので何事かと皆が注目した。


「俺達、『抗う兎』を害したり、捕食しようとするのは魔族や魔物、そして獣に限らないという事だ」


「え!? 旦那様」「それって、一体!?」


 ルウのいう事に妻達は皆、驚いた。


「その敵とは……人間さ」


「人……間!?」


 妻達の言葉を反復するようにルウはきっぱりと言い放つ。


「ああ、人間さ」


「はい!」


 ここでリーリャが挙手をした。

 今は妖精アリスの容姿に変身したロドニアの王女は何かルウに質問がしたいようだ。


「旦那様! 人の子は『抗う兎』として一致団結出来ないのでしょうか? 敵はたくさん居るのに何故人間同士で争ってしまうのでしょうか?」


 彼女はかつて闇の魔法使いグリゴーリィ・アッシュの悪計により窮地に陥っている。

 両親や兄弟を殺されかけ、国を乗っ取ろうとした人間の悪心に対して疑問を抱くようになっていたのだ。


「それはひと言ではいえないが……」


 ルウはじっとリーリャの顔を見ながら言う。


「人の子が持つ本来の動物としての本能、そして創世神から与えられた理性は表裏一体とも言えるんだ」


「本能と理性が表裏一体、ですか?」


「ああ――簡単に言えば、いにしえから王や征服者達が版図を広げたいと欲するのは動物が仲間同士で縄張り争いをするような本能。その後に国としてしっかりと治めたいと考えるのは理性とも言える」


「成る程! その場合は本能から生じた欲望の為に『抗う兎』同士で争ってしまいますね」


「そうだ。動物の場合は縄張り争いは単純な力同士の戦いだが、人の子は様々な方法で本能から生じた欲求を満たそうとするのさ。結局捕食者という『敵』が現れなければずっと『抗う兎』同士で争う事になる」


 ルウとリーリャの会話を聞いていたジョゼフィーヌも頷いた。

 彼女は主筋の醜い野望により父を殺されかけ、自分が『道具』にされる所だったからだ。


「はいっ!」


 ここで挙手をしたのはオレリーである。


「旦那様! もっと身近な人間同士で争い、殺しあうのは何故なのでしょう?」


 オレリーは人攫いを生業とする冒険者に奴隷として売られそうになる所をルウに救われた。

 彼女は人間の生々しい欲望に触れ、その記憶が甦ると今でも身震いがするのである。

 但し、フランと同様にルウが『王子様』として救いに来るハッピーエンドなので、最後には満足感に満たされるのではあるが。


「貧困により明日が無いという極限の理由もあれば、単純に金が欲しいとか、果ては殺すのが楽しい殺人狂まで理由は多種多様だが」


 ルウは辛そうに言う。


「人の子は生まれた時の魂のあり方は平等なのだが、生まれや生きる環境は平等ではない。その為に生じた不満や欲望を充足させる為に絆の無い他者に対してはとても冷淡、非情になる場合があるのさ」


「それって身勝手過ぎます。私は貧しかったですが、他の人を不幸にしてまで生きたいとは思いません」


 怒るオレリーに対してルウは優しく微笑んだ。


「そうだな……しかし、鋼商会カリュプスの者達のように生まれた時から孤児であったり、幼くして肉親に死に別れてたった1人で生きる為には方法が無い事もある」


「…………」


 黙り込んでしまったオレリーにルウは言う。


「だから真摯で誠実な魂のあり方、そして固い絆が大事になる。信じあう家族や友が居れば助け合ってもいける。だがどうしても害されそうになる時はあるだろう。そうなった時は残念だが、俺達は『捕食者』だけではなく『悪意を持つ人間』に対しても『抗う兎』となるしかない。それが生きるという事だと俺は思う」


 妻達はルウの話がしっかりと理解出来たようだ。


 強い眼差しで見詰めて来る妻達に対してルウは大きく頷いていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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