第527話 「幕間 鈍感な騎士」
対抗戦の表彰式が終わった、その直後の事である。
整列したキャルヴィン・ライアン伯爵以下、ヴァレンタイン王都騎士隊の面々の下にリーリャがいきなり駆け寄って来たのだ。
最優秀出場者の栄冠を受けた可憐な北の王女が直ぐ近くまで来て、若い騎士達の中には興奮と喜びを隠さない者も多かった。
キャルヴィンがすかさず跪くと、部下達も上司に倣い同じ様に跪く。
リーリャを前にキャルヴィンは祝いの言葉を述べる。
「これはこれは、リーリャ王女様。ロドニア王国選抜の勝利と最優秀出場者の受賞おめでとうございます!」
「ありがとうございます! ヴァレンタイン王国王都騎士隊のご尽力のお陰で試合は無事に済みました。帰りと明日からの護衛でまたお世話になりますが、何卒宜しくお願いしますね」
何とリーリャは騎士達に頭を下げた。
豊かな金髪が揺れ、端正な顔立ちには爽やかな笑顔が宿っている。
その美しい碧眼には優しい眼差しが込められていた。
そんなリーリャに対してキャルヴィンも笑顔を見せる。
「はい! 明日からの護衛には別隊が伺いますが、御国の国境まで無事にお送りさせますのでご安心下さい」
「心強いですね! また明日の朝にお会い致しましょう。では失礼致します」
リーリャはもう1回、会釈をすると身を翻してマリアナ・ドレジェル達の居るロドニア王国選抜チームの席へ戻って行った。
席に戻るリーリャの後ろ姿を、王都騎士隊副隊長ジェローム・カルパンティエは魂を抜かれたような面持ちでぼうっと見詰めている。
ああ、良いなぁ……
俺も王女みたいな可愛い彼女を作らないと……
ここでジェロームの双眼が意を決したように大きく見開かれた。
そうしないと、これからの人生もまた不幸の連続だ!
ジェロームの脳裏にはかつて訪ねたルウの屋敷の様子が甦る。
それは可愛い妻達に囲まれた楽しい暮らし……
あんなに可愛い妻が沢山欲しいなどと、贅沢は言わないが……
欲しい!
可愛い彼女が欲しい!
「ジェローム様!」
ジェロームが魂の中で大声で叫んだ時に誰かが自分の名を呼んだ。
いつの間にか傍らに居て、ジェロームに声を掛けたのは、幼い頃から何かと面倒を見て来たシモーヌ・カンテであった。
主に剣の指南をして来たのではあるが、妹ジゼルと同じ様に勝気なこの少女をジェロームはとても可愛がって来たのだ。
肉親も同様なシモーヌの顔を見たジェロームは、何故かホッとする安らぎを覚えたのである。
それは緊張を強いられる任務の重圧を和らげる不可思議な力でもあった。
爽やかな笑顔を見せるシモーヌにジェロームも満面の笑みを浮べる。
「おお、シモーヌか!」
「はい! 今日はありがとうございました! 任務、お疲れ様でした!」
はきはきと礼を言うシモーヌに対してジェロームも労りの言葉を掛ける。
「勝負……残念だったな。だがお前も食人鬼を何匹も倒したじゃあないか!」
「お褒めに預かり、光栄ですが……まだまだ足りません! で、でも……」
「でも?」
何故か真っ赤になって口篭るシモーヌ。
彼女を見たジェロームは意外そうな顔付きだ。
今迄このようなシモーヌを見た事が無いのである。
「ううう、ご、ご褒美を……あ、あの」
「ああ、良いぞ! それよりシモーヌ!」
シモーヌの欲しい褒美とはどうせ新しい剣か、防具だろう!
勝手にそう解釈したジェロームはさっさと話題を変えてしまった。
その話題とは何と!
「さっきこちらに御礼を言いに来たリーリャ王女を見たか? 気高い上に、優しくて最高に美しい! あんな女性が俺の妻になってくれたら!」
「…………」
余りにもショックなジェロームの物言い。
黙り込んでしまったシモーヌに対してジェロームの話は続いている。
「細身だが、スタイルも抜群だし、本当に素晴らしいな、リーリャ王女は!」
そこまで聞いたシモーヌは耐え切れず、その場から走り去ってしまう。
それをぽかんと見送るジェロームは未だ自分の失策に気が付いてはいなかった。
ずごん!
「ぐわう!」
いきなり鈍く重い音がしてジェロームの脚に激痛が走った。
何と妹のジゼルが怒り心頭といった面持ちでジェロームの後ろに立っていたのである。
脚の痛みはジゼルがジェロームへ蹴りを入れたからだ。
「あうう、ジゼルよ! な、何をする! 凄く痛かったぞ!」
そんなジェロームの言葉を無視するようにジゼルは言う。
「兄上は駄目な男だな……」
いきなり駄目出しする妹に対してジェロームは訝しげな表情を浮かべる。
「な、何が駄目なのだ!?」
「妹としての贔屓目はあるが、兄上は顔も良いし、腕も立つ! この若さで騎士隊の副隊長も任されるくらい将来も有望だ」
いきなり蹴りを入れて来たと思えば今度は褒める……
そんな妹の心情がジェロームには直ぐに理解出来なかった。
「但し、とても残念だと、言える程に女の気持ちを分かっていない! 全く分かっていない!」
「え!?」
妹から切り出された事は以前ルウに相談した悩みでもあり、それは自覚している。
しかしこの話はルウにしかしていない筈だ。
まさか……
そんな思いが顔に出たのであろうか?
ジゼルが苦笑してずばりと直球を投げ込んで来たのである。
「ははぁ、兄上! 俺はちゃんと自覚しているぞ、とでも言いたそうな顔付きだな。そして私がいきなりこんな事を言うのがおかしい?ともはっきりと顔に出ている。どうせ、兄上が何かの際に愚痴った相手の旦那様が私にぺらぺら喋ったと思っているのだろう?」
あっと驚くジェローム。
ジゼルの言っている事がいちいち当っているからだ。
「もう! 私を誰だと思っている? 貴方の妹だぞ!」
ジェロームの顔を見ながらジゼルはくすりと笑う。
「安心しろ、兄上! 旦那様は私にそのような話は一切していない。私の大好きな旦那様は愚直と言って良いほど義理堅い人なのだからな。友を裏切るような事はしないのさ」
熱くルウを語るジゼル。
そんな妹をジェロームは唖然として見詰めていた。
何なんだ……
俺はノロケ話を聞かされているのか?
そんなジェロームの視線を受けて、引き続きルウの魅力を語っていたジゼルも漸く気付いたようである。
「あ!? い、いや済まない! それより兄上の事だ!」
ジゼルはジェロームを軽く睨むとやっと本題を切り出した。
「シモーヌが今日頑張ったご褒美を欲しいと言っている。兄上が好きな『金糸雀』に連れて行ってやれ! 兄上同様、あいつも甘党なのだ」
シモーヌの気持ちを考えて彼女の本心を敢えて伝えないジゼルではあったが、ジェロームは未だ気が付いていないようだ。
「おお、そんな事か! だったらお前も一緒にどうだ?」
本当に駄目だ!
この人は……
大好きな甘いものを食べに行く事を想像して妹の予定までを確認し始めた兄の姿。
ジゼルは思わず頭を抱えてしまったのであった。
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