第524話 「ロドニア王国対抗戦⑲」
ルウはオーガエンペラーの逞しい両腕を掴み、相手の動きをぴたりと止めていた。
自慢の膂力を封じられたオーガエンペラーはその摩訶不思議な状態に戸惑っている。
『何故ダ!? オ前ノヨウナ人間ノ細イ、ヒ弱ナ肉体ガ何故我ノ力ヲ凌駕スルノダ!?』
驚きに満ちた声でその原因を問い質すオーガエンペラーに対してルウは飄々として答えた。
『お前はそのバエルの紋章から湧き出る魔力波によって膂力を得ているのだろう? 俺も魔力波を使っているのさ、同様に、な』
『ワ、分カラナイ!』
ルウはいつもの教師然とした雰囲気で生徒に教えるように言うが、バエルの紋章により知力を得たオーガエンペラーとはいえ、さすがに理解出来ないようだ。
『ははっ、では宿題にでもするのだな。今度はこちらから質問だ、バエルは全てを無に帰す大破壊をこの地に齎して一体どうしようというのだ?』
『フザケルナ! ソレコソ、オ前ニナド語ル必要ハ無イ!』
ルウにより両腕が抑えられて使えないオーガエンペラーは、不機嫌そうに足踏みをする。
そんなオーガエンペラーの様子を見たルウは悪戯っぽく笑う。
『そうか? ではお前から進んで話すようにしてやろう』
『ナ、何!?』
進んで喋る?
ルウが事も無げに言うのを聞いたオーガエンペラーは吃驚した。
普通の食人鬼では持ち得ない感情も彼は持っているのである。
『バエルの紋章の魔力により、お前の身体は魔法耐性が強くなっている。通常俺が使う白状の魔法は殆ど抵抗するだろうから、禁呪を使ってやろう。お前の魂に直接聞く魔法だぞ』
『ヤヤヤ、ヤ、メ……』
何か怖ろしい気配を感じたのか、うろたえてルウに制止を求めるオーガエンペラーであったが、その言葉が終わらぬうちにルウの詠唱は始まっていた。
神速の呼吸法によって、ルウの身体中に圧倒的な魔力が信じられない速さで高まって行く。
『ひとつは嘘、ひとつは真実、ひとつは狂気、3つの鍵よ、今こそ我が力により全て解放され、そなたの魂は、ここに開かれん!』
ルウは言霊を詠唱すると、一瞬の溜めを持って『決め』の言霊を言い放ち、同時に膨大な量の魔力波が放たれる。
『全て!』
『クアアアアア!』
独特の波状をしたルウの魔力波に包まれたオーガエンペラーは苦痛に呻き、身悶える。
こうなってはもう彼に為す術はなかった。
ルウがたった今、発動させた魔法はいわゆる禁呪である。
かつてリーリャを襲った闇の魔法使いグリゴーリィ・アッシュから色々な情報を自白させた古代魔法であり、発動した術者に対して魂の奥底まで曝け出す禁忌の魔法なのだ。
ルウが見破ったバエルは紋章はオーガエンペラーの額の中央にあるらしい。
強力な魔力波を受けたその箇所は、一瞬不気味に輝くが直ぐに光を失う。
バエルの紋章の力がルウの魔法を撥ね退けようとしたのであろう。
しかしその暗黒の力を遥かに上回る、とてつもないルウの魔力波があっさりと打ち破ったのだ。
『我ハ強化食人鬼ダ。大魔王バエルト、アッピニアンノ魔法王イクリップスニヨッテ造ラレタ最高、最強ノ使徒ダ』
『ふむ、今迄もお前のような邪悪な魔力で強化された魔物とは戦っている。お前もそうなのだな?』
『グハハハハ! 我ハ大魔王バエル様の底知レヌ力ヲ与エラレタノダ。小賢シイ魔法ナド要ラヌ! 力ガ全テナノダ』
森の中にオーガエンペラーの高笑いが木霊する。
『バエル様と魔法王ハ偉大ナ力デ数多クノ魔族ヲ生ミ出シテイル。オフタリノ命令デ奴等ヲ纏メ指揮スル将軍ガ我ダ!』
自慢げに言うオーガエンペラーにルウは苦笑する。
オーガエンペラーが考えるほど、この魔物自身の地位は高くはないであろう。
『来ルベキ大破壊ガ来タラ人間ノ女ヲ全テ犯シ、喰ラッテヤル――バエル様ガ、オ前ノ好キニして良イト許シテクレタノダ』
喚くオーガエンペラーは、醜い欲望を剝き出しにしていた。
半端な知力と特異な身体を与えられたオーガエンペラーは破壊本能のみを不自然に肥大化させられたのである。
バエルとイクリップスにとって、このオーガエンペラーは単なる道具であり、試作品に過ぎないのだろう。
このオーガエンペラーを含めて今迄ルウ達を襲って来た魔物や合成生物は魔法によって強化されたいわゆる魔法獣と言って良いかもしれない。
ルウの質問は続く。
『大破壊はいつ起すのだ? そしてお前以外の魔物は他にどのような者が存在する?』
『知ラヌ! 我ガ唯一! 1番ツヨイ! 他ハ皆、下僕ダ!』
やはりオーガエンペラーはバエル達から具体的な事を何も報されていないのだ。
ルウの眉間に僅かに皺が寄った。
『では最後に聞こう。バエルとイクリップスは今、どこに潜んでいる?』
『バエル様ノオ創リニナッタ異界ノ王国ダ。ドノヨウナ術者モ絶対ニ侵セナイ禁断ノ地ダ』
ルウはオーガエンペラーの魂の波動からバエルの異界の位置を特定しようとした。
このオーガエンペラーが魔法獣として強化されたのがその異界なら魂の記憶から場所を特定出来る可能性があったのだ。
しかしルウが無詠唱で発動した追跡の魔法はオーガエンペラーの波動を読み込むと虚しい答えを返して来た。
あの正体不明の使い魔の名と同じ……不明と……
『成る程……不明か……良く分った』
「ナ!? 何故ダァ!? 何故コンナニペラペラト!?」
ここでオーガエンペラーは我に返ったらしい。
ルウが無詠唱で相手の魂を解放する全ての魔法を解除したようである。
『ウォオオ! キ、貴様! 俺ニ無断デ魂ヲ覗イタナ! コ、殺スゥ! バラバラニ引キ裂イテヤル!』
『むう! やはり食人鬼の殺戮本能を限界以上に超えさせられているか……』
ルウはぽつりと呟いた。
『全ての魔法で紋章の力を弱めてはみたが……さすがに元に戻すのは難しいようだな』
怒り心頭のオーガエンペラーなど眼中に無く、まるでルウは自問自答しているようだ。
『さあ、これからお前には冥界へ行って貰うが……どうする? お前の愛して止まない力で逝くか、それとも魔法で殺して欲しいか?』
『ナ!? 何ダト!?』
『なぁ、俺とお前の力の差をよく考えてみろ。今のお前は自由の利かない木偶人形だ。しかし機会は与えてやろう。どちらか選んだ後に全力で戦って潔く……死ね』
オーガエンペラーを見詰めるルウの眼差しはいつもと違い、氷のような冷たさを含んでいたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
 




