第521話 「ロドニア王国対抗戦⑯」
怖ろしい咆哮が『村』の位置する方角から鳴り響き、ジゼルがとてつもない魔力波を放つ食人鬼をキャッチした瞬間……
当然の事ながらジゼルと比べて『村』から更に近い位置に居るリーリャも同じ魔力波を捕捉していた。
「え!? こ、これは!?」
今迄の食人鬼とは全く違う、桁違いの魔力波に身が竦んだリーリャ。
これは只の食人鬼ではない!
直ぐに状況を判断した彼女は、咄嗟に呼吸法で自分を落ち着かせると、部下達を見渡した。
さすがに食人鬼の咆哮を聞いたロドニア王国選抜の面々は敵襲に備えて身構えている。
リーリャはつい、助けを求めるかのように、思わずルウを振り返るが、いつもは頼もしい夫が彼女をじっと見詰めており、その視線は何かを訴えるように鋭かった。
その意味は聡明なリーリャには直ぐ理解出来た。
だ、旦那様!
分かったわ……私にもっと強くなって欲しいのですね。
直ぐ貴方に頼ろうとせずに、まず自分で判断して行動するようにって事ですね。
厳しいながらもリーリャの事をしっかりと考えたルウの意思を汲み取り、大きく頷いたリーリャ。
すかさず彼女の凛とした声が響く。
「ラウラ! 私達の防護壁である岩の壁を直ぐ頑丈にして下さい! 思い切り強度を上げるのです! 相手は……たった1匹ですが、強大な力を持つ食人鬼です。私が見る所、相当な上位種と思われます」
リーリャの言葉を聞いたマリアナ・ドレジェルが彼女の足元に跪く。
マリアナは先頭に立って戦おうとするリーリャを主君として頼もしく思いながらも、やはり無茶はして欲しくないのである。
「リーリャ様、危険ですから下がってください! 騎士である私とエルミが前面に立ちます。相手はたかが食人鬼1匹、一気に粉砕しますからリーリャ様達、魔法使いには後方から援護をお願いします」
リーリャの事を思ったマリアナの上申。
しかし襲い来る敵が今迄とは全く違う食人鬼である事をリーリャは事前に察知していたのである。
「マリアナ、ありがとう! でも注意して下さい! 私の索敵魔法で捕捉した魔力波では先程撃破した食人鬼の10倍の能力を示しています」
リーリャの言葉を聞いたマリアナは仰天した。
「は? 10倍ですって!? ば、馬鹿な! それではたかが食人鬼1匹が竜並みの力を持っていると仰るのですか!?」
マリアナに食人鬼の強さを問われたリーリャは敢えて否定しない。
そして敵となる相手に対して充分注意するように引き締めたのであった。
「マリアナ、充分注意して下さいね ……相手はとても危険です、これは命懸けですよ」
「は、はい! エルミ、聞いたな?」
竜と同じくらいの強さ、と聞いて流石のマリアナも声が震えている。
しかし部下である騎士エルミ・ケラネンへの注意は忘れない。
「りょ、了解! 充分注意致します」
そんなこんなでリーリャがマリアナへ注意をしている間、ラウラは魔法を詠唱し終えたらしい。
リーリャは状況を確認する。
これはとっても大事な事だ。
「ラウラ、どう?」
「只今、リーリャ様の仰せの通りに岩の壁を強化致しました。土属性の攻撃魔法もいつでも行けます!」
万全な態勢のラウラに続いてサンドラもスタンバイ、OKのようだ。
「サンドラ・アハテー、火属性の魔法……攻撃と防御どちらも行けます!」
これで作戦は整った。
相手は強そうだが、今の戦力で充分戦えるとリーリャは見ている。
「よろしい! 私達魔法使いは相手と正対する位置で待機します……マリアナとエルミは先程と同じ左右に待機。相手は凄まじい速度でこちらへ接近中、やはり移動だけでも通常の食人鬼の3倍の速度です」
待機しているエルミが思わず顔を顰めた。
来襲する食人鬼がとんでもない『化け物』だというのがはっきりしたからである。
「うう、そんな速度で接近出来る食人鬼など居やしません!」
エルミの愚痴とも言えるぼやきに対してラウラが唄うように言い放つ。
それはもう確信ともいえる響きを持っている。
「多分、上位種の王、い、いや皇帝だ。滅多にしか出現しない最高の上位種だ」
「来ますよ、ラウラ!」
リーリャの声と共にとうとう食人鬼のボスが防護壁の向こうに姿を見せた。
何と食人鬼は自分の力を誇示するかのようにラウラが強化した岩の壁をあっさりと破壊してしまう。
さすがに『エンペラー』と呼ばれる上位種だけあって並みの食人鬼ではない。
身長は楽々5mにも達するだろう。
そして身体を構成するパーツも通常の食人鬼の数倍はある。
凶悪なほど逞しい筋肉は遠目からでもはっきりと分り、それを分厚い肉が覆っていた。
先手必勝!
リーリャは咄嗟に判断する。
ここは最初からロドニア王国選抜の使える最強の攻撃方法で行くしかない。
後の事を考えて、攻撃手段の出し惜しみをしている場合ではないのだ。
リーリャの口から魔法式が信じられない速度で詠唱される。
「行きます! 我は知る、風を司る御使いよ。その吹き荒ぶ烈風をもって我が敵を滅せよ。ビナー・ゲブラー・ルーヒエル!」
リーリャに続いては、ラウラが得意とする土属性の攻撃魔法、岩弾だ。
「我は知る! 神の炎と共に地を司る御使いよ! 母なる大地の鉤爪を我が剣として敵を殲滅せよ! ビナー・ゲブラー・ウーリエル・ヴァウ・マルクト!」
そして火属性の魔法使いサンドラは炎弾を放つ。
「天に御座します偉大なる使徒よ! その聖なる浄化の炎を我に与えたまえ! マルクト・ビナー・ゲブラー・ウーリエル・カフ!」
3つの属性の魔法がオーガエンペラーに向かって行く。
しかし!
信じられない事が起こる。
放たれた魔法はごつい筋肉を包む分厚い皮膚に当たると、全て呆気なく四散してしまったのだ。
「は!?」「え!?」「あ、ありえない……」
3者3様の言葉を呟きながら呆然とする3人。
これで残るマリアナ達の剣が通用しなければ、戦う術が無い事を意味するのである。
反則とも言える敵の余りの強靭さにリーリャも思わず唇を噛み締めていたのであった。
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