第520話 「ロドニア王国対抗戦⑮」
――ロドニア王国選抜が食人鬼の群れを倒してから、15分後。
命からがら逃げのびた唯一の食人鬼が向かった先は『村』の1番奥の日陰であった。
この場所は『村』の中では1番涼しく快適な場所のようだ。
そこには今迄見たこともない巨大な食人鬼が悠然と寝そべっている。
どうやら彼がこの森の食人鬼達の本当のボスらしい。
唯一生き残った食人鬼はボスの前まで来ると唸るように話し出した。
何か報告をしているらしいが、食人鬼同士の意思伝達は傍から見たり聞いた限りでは人間には分らない。
しかし今回、群れが陥った全滅に近い悲劇は間違いなくボスには伝わったようである。
半眼に近い目付きで聞いていたボスの眼がカッと開かれたからだ。
そして口元が動き、その巨大な口が耳まで裂けたように開かれると凄まじい咆哮が辺りに響き渡る。
空気がびりびりと振動し、逃げ帰って報告した食人鬼は縮み上がり、身体を硬直させた。
のそりと立ち上がったボスの身体から立ち昇る魔力波は通常の食人鬼のレベルなど遥かに超えている。
それはまさにルウの使徒となった大悪魔に匹敵するものであった。
一方……
ヴァレンタイン魔法女子学園魔法武道部チームは『狩場の森』の中心部にあたる広場に到達していた。
ここから放射線状に道が延びており、彼女達が目指す山岳、砂地、沼の地形を模した訓練場へは同距離で移動出来るのである。
ロドニア側が『村』へ食人鬼を集めた事を確認すると直ぐ方向転換して新たな作戦を立てたので新たに魔物を討伐する事が出来た。
ここまで遭遇した敵は悪豚鬼の4匹、ゴブリン3匹の小群とそして大狼3頭であり、全てを討伐していたのである。
中でも魔法武道部員として初めて参戦したイネスの腕は凄まじく、ジゼルに匹敵する剣技によりチームに多大な貢献をしていた。
この結果、32ポイントを獲得しており、魔法武道部の通算ポイントは437ポイントとなった。
僅かではあるが、ロドニア王国選抜を逆転したのだが、彼女達がそれを知る術は無い。
当然、管理等のタブレットには魔力の腕輪を通して反映されている為に待機している面々は一喜一憂していたわけではあるが……
しかし時間は未だ午後2時前であり、戦いはこれからが本番である。
そしてこの先にどの領域を選択するかが運命の分かれ道だ。
食人鬼を狩り尽くした後に、お互いにどのような作戦を採用するかが勝負の鍵になるかを全員が分っているからである。
「さあ、どうでしょうか? ジゼル部長! シモーヌ副部長!」
魔法を使った索敵の結果を勢い込んで聞くフルールに対して、ジゼルとシモーヌは真剣な表情で答えた。
「ふむ、山岳、砂地、沼への道の中で1番悪豚鬼の気配が濃いのは砂地だ」
「ジゼルと同じだ。私の索敵にもそのように捕捉されている」
人間が飼育する家畜の一部に砂浴びが大好きな者が居るが、悪豚鬼も砂浴びが大好きなのである。
と、なると……常識的に考えれば『砂地』へGOである。
『狩場の森』においては悪豚鬼は食人鬼に次ぐ5ポイントを有する魔物であり、ゴブリンほどではないが数も比較的多い為に得点にし易いのだ。
勝利を目指す魔法武道部としては当然の選択である。
しかしフルールはジゼルとシモーヌに伺いを立てた。
「ルウ先生の仰っていたシークレットポイントの魔物はどうします? 確か前半と後半でそれぞれ1種ずつ設定されていたとおもいますが……私は余り考えずに正攻法で行くべきかと思います」
これは判断が分かれる所だ。
フルールも先程の失敗を踏まえての質問であろう。
「ふむ通常ポイントの2倍、もしくは3倍だったな。……だが、所詮シークレットはシークレット。大差がついているならいざ知らず、多分現在の状況は僅差だ」
索敵の魔法によってロドニアが集めた食人鬼の数を知っているジゼルは素早くそのような計算をする。
「ギャンブル性が強いものに勝負を懸けるのは危険だ。あくまで悪豚鬼中心に数種類の魔物を狩っていけば良いと思うが……」
状況を考えて意見を述べるジゼルに続いてシモーヌも同意した。
「私もジゼルに賛成だ。幸い討伐した魔物は食人鬼、悪豚鬼、大狼、ゴブリンと4種類だ。この中で何か該当すれば儲け物といった所だろう」
いつもは厳しい表情が多いシモーヌもフルールへにっこりと笑いかけた。
「フルール、気にするな。絶対勝つとは思いながらも、万が一このシークレットポイントが理由で負けても、私は納得出来るから、皆そうだろう?」
「「はい!」」
会話に参加せずじっと聞いていたデジレ・バタイユとイネス・バイヤールも納得の意思表示をする。
こうなればフルールはもう迷う事は無い。
「では砂地へ……」
彼女が部員に決定を告げる瞬間であった。
怖ろしい咆哮が『村』の方角から鳴り響いたのである。
余りの猛々しさに少女達は身を震わせた。
立会人のシンディ・ライアンも厳しい視線で辺りを睥睨している。
「な、何だ!? こ、これは!? 食人鬼の咆哮のようだ、が!?」
いきなり大きく膨れ上がった魔力波を捉えたのはジゼルであった。
元々、ジゼルの索敵能力は200~250m範囲内であったが、いきなり倍の500m先の気配を捉えたのである。
彼女の素晴らしい才能がまたひとつ目覚めたのだ。
「信じられん! この魔力波は……ま、まるで……」
悪魔のようだ! という叫びをジゼルは慌てて飲み込んだ。
魔力波の大きさだけで言えば、以前ルウに紹介して貰った悪魔の従士達に匹敵するものだったのだ。
片や、索敵能力では遥かに劣るシモーヌは必死に探索してもジゼルのように相手を捉えられない。
「くう! 悔しいが私には探知出来ない!」
「シンディ先生! もしかしたらあの咆哮の主はとんでもない相手です。リーリャ達が、ロドニアチームが心配です――『村』へ向いましょう!」
ジゼルがシンディの顔をじっと見詰めた。
シンディも索敵魔法を展開したが、シモーヌよりやや上の150mの適用範囲でしかない。
ジゼルの言葉を聞いてシンディは暫し考えた。
この試合はエキシビションではあるが、しっかりとルールに乗っ取った試合である。
ここで魔法武道部がロドニアを助ければ明確なルール違反だ。
状況も立会人であり、教師の自分には把握出来ていない。
確かに怖ろしい咆哮ではあるが、単にジゼルだけが心配しているだけである。
更に先方にはルウが立会人として付き添っているのだ。
万が一、何かあってもルウが居れば!
しかしジゼルはそのようなシンディの考えを見透かすように首を横に振った。
「先生! ルウ先生が居ようと居まいと――まずは全員の安全を考えるべきです。競争相手とか国が違うとかは関係ありません。万が一の事を考えて相手に協力し、危険であれば撤退しましょう」
撤退!?
今迄は殺されてもそのような事は言わないと公言していたジゼル。
シンディはジゼルの変貌に驚くと、納得したように頷いたのであった。
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