第518話 「ロドニア王国対抗戦⑬」
狩場の森『村』入り口手前300m地点……
リーリャが戦闘想定位置に想定した場所にロドニア王国選抜が到達した。
その場から改めて発動したリーリャの索敵で『村』に存在する食人鬼の数が特定されたのである。
その数は33匹……
相手の得点次第だが、この個体数を狩れば現在の差を大きく詰められる筈だ。
思わずリーリャに会心の笑みが浮かぶ。
うふふ、クッカったら!
期待通りに上手くやってくれたわ!
今回、リーリャは自分の使い魔であるカーバンクルのクッカを作戦の重要な役回りとして起用している。
動きが敏捷で転移魔法が使えるクッカは囮兼攪乱役として最適だからだ。
更にリーリャはフルールの立てた作戦を想定して相手の裏をかいていた。
魔法武道部が狩ろうとした『村』の周囲の食人鬼をクッカの巧みな誘導で『村』へ集結させたのである。
元々、『村』に居たのは23匹だから都合10匹も村へ連れて来てくれて、これは大きいわ!
リーリャとクッカは術者である主と使い魔という関係上、魂の絆で繋がっている。
最近リーリャはクッカとの仲が急速に深まって行くのを感じていた。
両親へ手紙を届ける仕事もクッカは最初から喜んでやってくれたので、その予感はあったのである。
だが喜んだのも束の間、リーリャは魂からクッカに詫びた。
本当に御免ね、クッカ。
今回はとても危ない事をさせてしまう……
でもクッカのお陰で私達にも勝つチャンスが出て来たわ。
この後の作戦も貴女が頼りなの!
リーリャは気合を入れるように大きく頷いた。
そして凛とした声で指示を出したのである。
「ラウラ、良い?」
「はい、リーリャ様! 手筈通り防御魔法を発動します!」
ラウラ・ハンゼルカは指示を待っていたかのように大きな声で返事をすると魔法式の詠唱を開始した。
「我は知る! 大地を司る天使よ! 我等へ加護を! 邪悪な敵を寄せつけぬ大いなる大地の守り手を遣わせ給え! ビナー・ゲブラー・ケト・ウーリエル!」
魔法式を唱え終わったラウラは、一瞬の溜めを持って決めの言霊を詠唱する。
「岩の壁」
ラウラの土の魔法が発動され、異界から呼び起こした岩の壁が『村』への方向を除いた3方で形成された。
いわゆるコの字型の防壁である。
岩の壁1つあたりの長さは約20m、厚さは20cm程、高さは約1,8m。
その3つに囲まれた防壁内の幅は約10m程もあり、結構大きなものだ。
成獣の食人鬼が2mから3mなので充分防護壁になり得る上に、ラウラが魔力を込めて練った固い岩石なので強度も問題無い。
次に各員の配置が指示される。
食人鬼達の侵攻方向と思われる、村へ正対する一番奥まった位置にはリーリャ、ラウラ、サンドラの魔法使い達が陣取り、左右の防壁の後にはマリアナ、エルミの騎士2人がスタンバイした。
「準備は良い? では作戦開始!」
リーリャの号令と共に、いよいよロドニア王国選抜の後半戦が始まった。
まずはリーリャが風弾を『村』へ撃ち込む。
「我は知る、風を司る御使いよ。その吹き荒ぶ烈風をもって我が敵を滅せよ。ビナー・ゲブラー・ルーヒエル!」
リーリャの双腕から放たれた風弾が『村』へ次々と着弾する。
音は派手だが、敢えて威力を抑えたものであり、所詮は攪乱用だ。
しかし『村』で寛いでいた食人鬼達を驚かすには充分であり、ここでまたクッカの出番である。
今度も彼女の役回りは囮役であった。
ひとまわり身体が大きい群れのボスらしい個体に目をつけていたクッカはある程度近くまで接近すると、小さな尻尾を振って相手を馬鹿にしたように鳴いて挑発する。
食人鬼という魔物は知能が低い割にはプライドが高い。
本能的に自分達が食物連鎖の上位であるという意識からだろう。
その為、クッカに挑発されたボスの怒りに直ぐ火がついたようだ。
彼が大きく咆哮すると、群れの食人鬼達、全員も大きく咆哮した。
群れの全員をもって、この不埒な小動物を食い殺すという意思が一致した瞬間であった。
こうなればクッカ、すなわちリーリャの思う壷である。
クッカは食人鬼の群れを引き連れて逃げた。
その先にはラウラが魔法で造り出した防護壁が待ち受けているのである。
まるで食人鬼を誘い込む魚網のように……
クッカ!
頑張って!
リーリャは忠実な使い魔に魂から声援を送る。
その間にロドニア選抜は全員が戦闘態勢を整えていた。
リーリャ、ラウラ、そしてサンドラ・アハテーは魔法式を直ぐ詠唱出来るように、そしてマリアナ・ドレジェルとエルミ・ケラネンの騎士2人は左右の防護壁からいつでも斬りかかれるように剣の柄に手を掛けている。
「皆、来ましたよ!」
索敵魔法を発動させていたリーリャが叫ぶ。
先頭を転がるようにクッカが駆けている。
その後から食人鬼の群れが怒りに燃えて追いかけて来ているのだ。
「まだまだ! もう少し引き付けますよ!」
未だ食人鬼の群れ全てが防護壁に入りきっていない。
完全に群れを誘い込んでから魔法を発動しなければ、とリーリャは戦局を見極めようとしていたのだ。
後ろから見ていたルウは予想以上にリーリャが冷静なのを見て感心する。
リーリャが冷静なのはロドニアに居た頃、父に連れられてロドニアの闘技場で戦いを見ていた事が大きい。
「ラウラにサンドラ、私が合図をします。直ぐ魔法を発動出来るようにお願いします!」
「「はいっ!」」
リーリャは魔法発動の微妙なタイミングを計っている。
ラウラは緊張した面持ちで頷き、サンドラはごくりと唾を飲み込んだ。
そうこうしている間に食人鬼の群れが迫って来る。
地響きをあげて防護壁の中に押し入るように迫って来る。
「5、4、3……」
リーリャの声を聞いてラウラとサンドラは詠唱に入る。
「2、1……今よ!」
リーリャの凛とした声が響き渡るのと同時であった。
「風弾!」
「岩弾!」
「炎弾!」
3人の魔法使いの魔法が炸裂したのである。
その瞬間、クッカの姿は食人鬼の目の前から煙のように消えた。
突然、追いかけていた目標が消えても頭に血がのぼった食人鬼の群れは止まらない。
そこへ3属性の魔法が襲い掛かり、食人鬼達は大混乱に陥ったのであった。
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