第515話 「ロドニア王国対抗戦⑩」
イネス・バイヤールはフルール・アズナヴールの手を引っ張ってパーティスペースに戻って来た。
彼女達が戻る先には魔法武道部の皆が食事を終えて待っている。
「イネス!」
大事な友人と言われてフルールは無性に嬉しかった。
思わずフルールは目の前の同級生に呼び掛けてみる。
声を掛けられたイネスは可愛く首を傾げた。
「ん?」
「私達は食人鬼にとって平気で歯向かうかもしれない『強い兎』なのね」
「何、『強い兎』って?」
唐突なフルールの例え話。
ルウの話を聞いていないイネスには直ぐ理解出来る筈も無い。
イネスの質問を聞いたフルールは唄うように呟いた。
「普通の兎は敵から逃げるしか術が無い。もし逃げられなかった場合は無抵抗で殺されるけど……私達はそうじゃない」
イネスも勘の鋭い少女である。
フルールの呟きを聞いてにっこりと笑って頷いたのだ。
「貴女の言う意味……何となく分かるわ。後で絶対に聞かせてね」
「うん! 私……頑張る! イネスに負けないくらい、ね」
席まで来たイネスとフルールを見てジゼルはにっこりと笑う。
「2人とも何か晴々とした顔をしているな」
ジゼルには2人が仲直りした事など全てお見通しのようだ。
そんなジゼルの笑顔を見てフルールはホッとする。
まるで本当の血の繋がった優しい姉のような雰囲気だったからだ。
フルールは姉妹が居ない。
一人っ子として育ったフルールはジゼルを始めとした先輩達を姉のように見ていたのだ。
これはフルールを魔法女子学園に入学させた母の希望通りでもあった。
フルールの母リディは魔法女子学園のold girlsすなわちOGである。
リディ自身は残念ながら魔法使いとしては大成せず、卒業後にアズナヴール書店の主であるルイゾンに嫁ぎ、フルールを生み母となった。
成長したフルールに魔法使いの素質があると分かった時、リディは殊の外喜んだ。
自分が青春時代を過ごした母校、魔法女子学園に愛娘も入学させる事が出来ると考えたからだ。
リディはフルールを必ずしも上級魔法使いにするつもりは無い。
魔法使いとして大成すればそれに越した事はないが、一人っ子であるフルールが同じ魔法使いである良い友人、先輩、後輩に巡り会い、成長して欲しいと望んだのだ。
事実、リディは学園で親しくなった者とずっと仲の良い友として付き合いを続けている。
閑話休題。
ジゼルが鋭い目付きで部員達を見渡した。
「では早速、後半戦の作戦を練るぞ」
「はい!」
「ふふふ、向こうに聞えないように声を落とすからな」
幾つか席を挟んでロドニア王国のチームが食事を摂っている。
ジゼルはそちらをちらりと見て部員達へそう言うと、改めてフルールをじっと見詰めた。
「フルール、幸い我が魔法武道部は相手に大差をつけている。これは前半に食人鬼を狩った数の差に他ならない」
「はい」
「相手は当然『村』へ向うだろう。そこでお前の考えを聞きたい」
ジゼルの問いはロドニア選抜チームの作戦を見越して、こちらがどう対処するかを決めるものだ。
相手の動きを考慮するか?
それともこちらは相手を気にせず動くか?
フルールは一瞬考えたが、きっぱりと答えた。
「はい、私達も『村』へ向うべきです」
「そうなると、彼女達と『村』で食人鬼を狩る事を張り合うのか?」
「いいえ、そうなると余りにもあからさまで、相手の反感を買うでしょう。でもわざわざ相手に自由に狩らせるのもいけません。なので私達は『村』の周囲の食人鬼を狩ってしまいましょう」
フルールの提案はやはりポイントを高く設定された魔物である食人鬼を狙うといったものである。
『村』の中心部ほどではないが、その周辺にも食人鬼が結構居る事をジゼルやシモーヌに聞いてフルールはしっかりと認識していたのだ。
このような下調べをフルールがしていた事もジゼルは高く評価したのである。
「成る程な……さりげなく相手の得点源を断ち、それを我が方の得点とする。私は良いと思うぞ」
ジゼルは満足したように笑顔で頷いている。
何だ、あいつ……完全に変わったな。
苦笑いしているのはジゼルの親友のシモーヌだ。
これまでのジゼルであればこのような作戦は却下していた筈なのである。
あくまでも正々堂々と、正面から戦う!
典型的な騎士としてロドニア王国のマリアナ・ドレジェルに近い考え方だったのだ。
シモーヌの気持ちはジゼルには筒抜けだったようである。
ジゼルはシモーヌを軽く睨むと、今度はミシェルに問う。
フルールに刺激されたらしいミシェルが食い入るようにジゼルを見詰めていたからである。
ミシェルは何か作戦面で進言したいようだ。
「部長、宜しいですか?」
「ああ、発言を許そう」
「後半戦の作戦を提案します。私も『村』周辺の食人鬼を狩るのに賛成です。で、あれば前半戦の索敵の精度をより高める必要があります」
索敵の強化!
遺跡をピンポイントで攻めるより、『村』の周囲に居る食人鬼をしっかりと狩るには確かに個々の位置確認が必要となる。
これは効率と危険回避を考えれば当然であった。
「ほう! その通りだな」
納得するジゼルに対してミシェルは更に勢い込んで言う。
「はい、恐縮ですが人選も提案させて頂きます。まずジゼル部長、シモーヌ副部長。これは索敵魔法発動可能な魔法使いという理由です。次にイネス、これは攻撃役として期待します。そしてデジレ、彼女の土の魔法が役に立つ作戦を考えました。そしてフルール、彼女の頭脳が『クラン』には必要です」
フルールはまたもや耳を疑う。
先輩から後半戦も自分が出場するように促されたからだ。
「ミ、ミシェル先輩! 私なんか! 先輩やオルガ先輩を差し置いてなど!」
驚くフルールにミシェルは悪戯っぽく笑い、手招きする。
「ちょっと、耳を貸せ、フルール」
「え!?」
耳を寄せたフルールにミシェルは優しく囁く。
「ジゼル部長とシモーヌ副部長は最後の公式戦だ。思い切り暴れて貰い、気持ち良く引退して貰おうじゃないか」
「そ、そうですね……た、確かに!」
ミシェルの深謀遠慮に感心したフルールは思わず声が大きくなりかけた。
「しっ、声が大きいぞ。次に作戦だが……」
ミシェルから伝授された作戦は、自分も考えていた作戦のひとつであった。
『村』の周囲の食人鬼を掃討するには妙案とも言える策である。
「私も賛成です。他にこのような策は如何でしょう?」
フルールはミシェルの作戦を認めると、他に考えていた作戦も打ち明けた。
ミシェルはじっくりと聞いていたが、直ぐに結論が出たようだ。
ルウから熟考タイプと評されたミシェルではあるが、実は常人とくらべものにならぬ程、判断が早いのである。
「ふふふ、私は問題無いと思う。だが、やはり凄いな、フルールは。後半戦は私とオルガの分まで頑張ってくれ」
「はい!」
ミシェルからエールを送られたフルールは元気な声で返事をして、大きく頷いた。
これ以上悪戯に固辞すると却ってミシェルやオルガに対して失礼にあたるだろう。
「力の限り頑張って絶対に優勝します!」
大きく叫んだフルールを会場に居た全員が注目する。
イネスもそんなフルールに慈愛の視線を注いでいた。
フルールは今この時、確実に成長を見せたのである。
頼もしい後輩達に対してジゼルとシモーヌは目を細めて笑顔を見せていたのであった。
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