第514話 「ロドニア王国対抗戦⑨」
「私って、駄目な子ですね……ルウ先生は魔法武道部にとって大事な出場選手に何故こんな私なんか選んだのですか?」
フルールは目を真っ赤に腫らしていた。
ずっと泣き続けていたようであり、大きく切なげに溜息を吐く。
朝の溌剌さはどこへやら、完全に元気を無くしているフルール。
だがルウは落ち込んだフルールの事など関係ないようにあっさりと答えた。
「決まっている、お前には優れた素質があるからさ」
「優れた素質? 先生は絶対に見間違っています、そんなの全然無いですよ……」
ルウに優れた素質があると言われても、フルールには全然嬉しそうな素振りが無い。
しかしルウはゆっくりと首を横に振った。
「そんな事は無いぞ、フルール。 お前は好奇心がとても旺盛な子さ。それは悪い事じゃないし、人間は学びながら成長するんだ。今回もイネスに色々教えて貰って成長出来たのだから、却って良かったじゃあないか?」
「でもイネスは馬鹿な事を言った私に酷く怒っているのでは?」
何も分っていない自分が魂に傷を持つイネスを怒らせてしまった……
フルールは1番それが気になっていたのである。
「そんな事は無いさ。お前は今見せているように、とても優しくて繊細な面があるじゃあないか? まるで自分の事のようにイネスの身の上を感じてしまったのだろう」
ルウの言葉により。フルールが改めて実感出来るのはイネスが幼い日に味わった辛い気持ちだ。
目の前で親友が食人鬼に喰われてしまう。
どんなに辛かった事か、フルールにとっては想像もつかない。
「ううう、魔物よりずっと可哀想なのはイネスとその亡くなった親友ですよね」
「ああ、人の側から見れば確かにそうだし、俺達は人間だ。そう考えるべきだろう」
「人の側から? そう考えるべきなのですか?」
ルウが気になる事を言った。
フルールは何故か『人の側』という言葉が気になった。
「ああ、そうさ。この世界は『食物連鎖』という創世神が造ったシステムで成り立っているからな」
「食物連鎖? 神様が造った?」
今度はまた違う言葉がルウから出て来る。
フルールは落ち込んだ気持ちが段々と薄まって行くような気がした。
ルウはフルールのそのような気持ちを察してか、詳しく説明してくれる。
「ああ、食物連鎖とは分かり易く言えば食う、食われるの関係だ。例えば種から草が生えて、それを兎が食べる。人間がその兎を捕まえて食べる。そして人間は……悲しい事だが文字通り、食人鬼からすれば食べ物なんだ」
「私達が食べ物……怖いです、先生」
自分達が食人鬼の食べ物……フルールは背筋に冷たいものが走った。
ルウは小さく頷きながら、例え話をしてくれる。
「怖いのは俺も同じさ。所でさっき話の出た兎だが、お前は普段食べているのか?」
「兎ですか? ……それ私は大好物です! 普段一杯食べています」
「じゃあ少し考えてみようか、お前がもし力の無い小さな兎だったら」
自分がもし兎だったら?
フルールはどんどん自分がルウの話に引き込まれて行くのを感じていた。
「私が兎だったら……いつもびくびくしながら暮らしていかなければならないでしょう」
「そうだな、兎にとって敵は多い。自分を狩りに来る大狼や狐は勿論、中でも人間の猟師はまるで食人鬼に映るだろう。とっても怖い筈だ」
「確かに怖いです。凄く怖いです」
「兎の武器は神から与えられた早く走る事の出来る足のみだ。彼等はその足で逃げるしか抵抗する術が無い」
ルウがそう言うとフルールは、はたと手を叩いた。
答えを教えなくても、自分で正解を見つけたようだ。
「だけど人は違う、そういう事ですよね」
「ああ、そうだ。人には剣や体術、そして魔法など対抗出来る様々な術がある。それを磨いて抵抗し、ひいては自分以外のものを守る為に戦う! それらが神が人の子へ与えてくれた加護だ。食う者、すなわち捕食者に対して俺達が抵抗出来る素晴らしい力なんだ」
ルウはフルールの頭に手を伸ばして優しく撫でてくれた。
普通なら父親以外の男性に触られるのが苦痛なフルールであったが、自分でも不思議なくらい嫌悪感が無い。
それどころか、ルウの手から伝わる温かさに、とても気持ちが安らいだのである。
「……捕食者に抵抗する素晴らしい力……分ります、私、分かります!」
その時である。
パーティスペースに続くドアが開いてイネスが顔を出したのである。
イネスはルウとフルールを認めると脱兎の如く駆け寄って来た。
「お~い、フルール。あちこち探したよぉ!」
屈託の無い笑顔で話し掛けるイネスに対してフルールはつい、俯いてしまう。
「イネス、御免ね。私って本当に馬鹿な事を言って……」
フルールの謝罪の言葉に対してもイネスの笑顔は変わらない。
本当に魂から心配してフルールの事を探していたようだ。
「うふふ、良いのよ。だってこの学園の殆どの子は魔物となんか戦った事は無いのだもの。それに私だって貴女が言ったように無抵抗の魔物を一方的に殺したくはない……だけど、生きる為に戦う時には非情にならないと自分だけではなくて他の人に怪我をさせたり、命に係わる事にもなるから」
ルウの話を聞いた今ならイネスの言葉に魂から納得出来る。
フルールは大きく頷いていた。
「そうか……魔物に優しくして逆に自分や好きな人が殺されたら……本末転倒だものね。ねぇ、イネス、聞いて! 今、ルウ先生にとても大切な事を教えて貰ったの。良かったら後でお話したいの」
フルールの提案にイネスも嬉しそうに頷いた。
「OK! ぜひ聞かせて! だけどまずは会場に戻りましょう。ジゼル部長が後半戦のメンバーの件でフルールに相談があるのですって」
「了解! 直ぐ戻るわ。じゃあルウ先生、またお願いします。励まして頂いて本当にありがとうございました。私、また頑張れます!」
「ルウ先生、私の大事な友人のフルールを助けて頂いてありがとうございます。今日は相手チームの立会人でいらっしゃいますけど、普段のご指導に応えて私達絶対に勝ちますから!」
何気ないイネスのひと言にフルールはとても驚き、つい聞いてしまう。
「私の大事な……友人? イ、イネス! あ、貴女!?」
「うふふ、当り前じゃあない! 貴女は私の大事な友人よ。それより部長に怒られちゃう、早く行こうよ!」
「うん!」
力強く肯定されたフルールの胸に温かいものが広がった。
ルウはそんな2人を優しく見守っている。
間も無くフルールとイネスはルウに一礼すると身を翻してパーティスペースに戻って行ったのであった。
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