第51話 「闇の声」
普段の生活と比べて、何かの条件が変わると豹変する人が居る。
職場では威張る人が家庭では極めて大人しかったり、酒を飲むと大人しい性格がやけに強気になったり、とか……
例をあげるときりがない。
このジゼルも同様である。
彼女は根っからの戦闘狂なのだ。
魔法女子学園では凛々しい姿と言葉遣いの生徒会長が、敵との戦いになると豹変してしまう。
普段から、何かストレスがたまっているのだろうか……
但し、豹変するのはひとりの時か、ナディアの前でだけ……
学園内で行われる対人間との試合や練習では、そんな事にならないのが唯一の救いではあった。
「ひゃっは~! 死ね,死ね、死ね~!」
魔法剣士ジゼルの武器は卓越した剣技と水属性攻撃魔法の連携である。
魔力で強化されたミスリル製の魔法剣で敵を切り刻みながら、指先から噴出する高圧化した水流で相手の急所を刺し貫く技を得意としていた。
また、この狩場の森は何度も戦った事のある勝手知ったる場所だ。
囲まれない場所を先に確保すると、ジゼルはオーガの群れを挑発した。
単純な知能しかないオーガは呆気なくジゼルの誘いに乗り、無防備に突っ込んで行く。
戦闘本能が満たされ……
嬉しそうな笑みを浮かべたジゼルは夢中になって、次から次へと襲い掛かって来るオーガを倒し続ける。
そんな獅子奮迅の戦いを見せるジゼルへ、一見熱い声援を送りながら、ナディアは内心全く違う事を考えていた。
ははは、やってる、やってる。
ジゼル……君はね。
心に大きな葛藤を抱えている。
ボクはそんな君の心に、ちょっとした仕掛けをしたのさ。
そんな君を、巧く『駒』として使い、ボクはこの学園で実績を残す。
万が一、君が壊れても、たとえ死んだって構わない!
もしそうなったら……
後任の生徒会長として、ボクが君の任期を全うしてやるよ、あはははははっ。
一方、ナディアの黒い企みを知りもせず、ジゼルはますます戦いに熱中して行った。
彼女ひとりで倒したオーガの数はもう7体に及んでいる。
ふふ、さすがにやるねえ。
そろそろ頃合……かな?
理事長の手前もあるし、ボクも点数を稼がないと。
そう考えたナディアは、大声をあげてジゼルの『呪縛』を解く。
「お~い! ジゼル! 早く誘き出してくれよぉ!」
ジゼルはハッと気が付き、我に返った。
ナディアの声が届いたようだ。
「君は凄い! 君は強い! もう充分だぞ! こっちだ、こっち!」
ナディアに呼ばれたジゼルはすぐに反応、通路から抜け出した。
そして追い縋るオーガ達を軽くあしらい、挑発しながら、こちらにやって来た。
ジゼルを追うオーガの数は、まだ10体も居た……。
ふふふ、オーガめ、来たね!
ボクの魔法で一気に片を付けるよ。
彼女が倒した数より多いし、絶好のアピールになる。
「よおし、ジゼル、安全な所に退いて。後はボクに任せてよ!」
ナディアが一流の使い手とされるのは、無詠唱に近い魔法発動の迅速さだ。
魔法女子学園に入学した頃には風属性に適性を持つ平凡な学園の生徒だったナディアであったが……
去年の半ばから、急激に実力をつけて来た。
魔法の上達と共に、優れたディベート技術も身につけたナディアは……
級友だったジゼルと更に親しくなった。
そして生徒会長であった彼女の後押しもあり、生徒会の副会長に抜擢されたのだ。
ナディアの体内魔力が高まり、小さな唇が僅かに動く。
「ふふふ、来たれ猛き風よ! 奴等を深く深く切り裂け!」
ジゼルが退避し、今度はナディアへ向かって来たオーガの群れへ……
ナディアから発せられたのは竜巻魔法。
荒れ狂う強力な風の刃がオーガ達を切り刻み、あっという間に屠って行く。
「あはは! やった~」
こうして全てのオーガは斃れ……
ジゼルが笑顔で駆け寄って来た。
「おお! ナディア、やったな! さすがだっ!」
「ははは、君の巧い誘き出しのおかげだよ!」
戦果をあげたジゼルとナディアは、立会人のアデライドの方を振り返る。
鼻高々という表情である。
「どうです? 理事長!」
「ボク達の実力が改めて分かったでしょう?」
ふたりの問い掛けに対し、アデライドは腕組みをして微笑を浮かべている。
「確かに素晴らしいわ……特にナディア……貴女の風の魔法については、後で詳しく聞きたいわね」
「は、はい?」
「まだ残り時間は充分あるし、とりあえず競技は続けるんでしょう?」
いきなり魔法の事を聞かれて、戸惑うナディアだったが……
アデライドが立会人として競技の続行を促したので、表情には出さず競技を続ける事にしたのである。
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一方、ルウとフランが訪れたのは村落を模した場所であった。
このアトランディアル大陸では……
ヴァレンタイン王国を含めて、いずれの国、そしてどこの都市、中小の町や村でも……
常に魔物の襲撃の脅威に晒されている。
捕食者である魔物共は襲撃先を徹底的に破壊し、蹂躙するのが常であり……
餌である人間達を貪り喰う。
フランが、かつての婚約者であるラインハルトを亡くした大破壊も……そのひとつ。
それ故、この場所は魔物との攻防戦、または敵の手に落ちた村を奪還する作戦を想定した際の演習場も兼ねている。
「ジゼル達に先回りされたが、こちらもオーガが結構居る」
ルウの言う通りであった。
12,3体のオーガが村のあちこちに座り込んでいる。
村の家屋は人間の住む建物をイメージした簡易で小さな物なので当然、オーガが暮らす事は出来ない。
だが障害物がある事で、巣として守り易いと考えているらしい。
「あれくらい、ルウなら楽勝よね」
「いや、油断するな。フランにも分かるだろう? 近くに別の大きなオーガの群れがある」
にこにこするフランを制し、ルウは真面目な表情で諭した。
「ええ……感じるわ。私の索敵魔法にもオーガの群れをね」
「よし! これは教訓として聞いて欲しいが……オーガに限らずこのような村で戦う場合は常に挟撃される怖れを想定して戦うべきなんだ」
「はさみうちって事?」
フランが納得したように頷くと、ルウは更に詳しく説明してくれた。
「ああ、もし人間が相手なら、建物の各所に敵が隠れていないか確認しながら戦わなければならず、リスクが殊更大きくなる」
「確かに……そうかも」
「万が一、掃討に手間取った場合や、欲張って深入りすると……不意を打たれた時に大きなダメージを食らい易い」
「成る程……納得。でも今回は身体の大きなオーガが相手だから、別の敵が家の中に隠れていて、不意打ちされる事だけは考えなくて良い……そういう事ね」
「まあな。だが別の群れが居る。だから村の中で挟撃される事だけは避けたい」
「そうよね……」
「村の中へは入らず、入り口から攻撃しよう……別の群れが来たら、俺達はすぐポジションを変える」
更にルウとフランは打合せを続けた。
結果、ルウが村に居るオーガへの攻撃に専念。
フランは別の群れに備え、索敵魔法を使っての監視役と背面の守りを担当する事になったのである。
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一方……こちらはジゼル組。
『遺跡』に居たオーガの群れを全て倒し、ジゼルとナディアは満足げだ。
倒した数は20体であり、序盤で圧倒的な差をつけたのは間違いない。
「後はオーガ中心に掃討して行きながら、効率良くポイントを稼いで逃げ切れば良い」
そう言うとナディアは悪戯っぽく笑う。
「ボクの索敵魔法で校長達が村落に向かったのは分っている。だからボク達は、それ以外のオーガの出没ポイントへ先回りしちゃおう」
「おお! さすがはナディアだ! いつも頼もしい!」
ジゼルはうっとりとして、ナディアを見つめた。
その碧眼は何かに取り憑かれたように病的である。
後ろで見ていたアデライドは、何か違和感を覚えた。
去年……
ジゼルとナディアは急速に親しくなり……
ナディアはジゼルの強力な推薦もあって生徒会副会長になった。
その頃からジゼルは何かおかしい。
気高く凛として大人の雰囲気を醸し出していた彼女が、子供じみて来た事に加えてやたら怒りっぽくなったのはどうした事なのだろう。
そう、アデライドは見ていた。
まるで母親を頼る幼児のように……
ナディアに対し、ジゼルが必要以上に依存する事が増えている。
そして1番の問題はといえば……
ナディアが先ほど行使した魔法の魔力波だ。
アデライド達が使う、魔法式から発動する風の魔法とは違う魔力波なのである。
以前、数少ない経験ながら体感した、風の精霊の魔法でもない……
でも……依存といえば、ウチのフランも、人の事は言えないか……
アデライドは苦笑するが、同時にその原因も考えていた。
ジゼルにも、フラン同様、何か気持ちの問題があるのではと……
と、その時!
意気揚々と先頭を歩いていたナディアが、急に倒れ込んだ。
「え!?」
慌ててジゼルがナディアを助け起そうとするが、何という事であろうか!
ジゼルまでもが同様に、地へと伏してしまったのだ。
「ジ、ジゼルっ! ナディアっ!」
アデライドも急いで駆け寄り、まずナディアを助け起そうとした時である。
抱き起すと心の中に不気味な声が聞こえて来た。
それは以前ルウがフランと話した事のある『念話』と同じ物だ。
『ふふふ、女よ! そなたの真の名とは、成る程―――そうか』
その声を聞いた瞬間。
アデライドもジゼル達と同様、意識を失い、その場に倒れ込んでしまったのであった。
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