第509話 「ロドニア王国対抗戦④」
狩場の森は鬱蒼としていた。
木々の間には草が茂り、視界は極めて悪い。
視認するだけで敵を補足するのは困難だと言えるだろう。
しかしシモーヌ・カンテの索敵魔法が50m先に現れたゴブリンの群れを捉えた。
ジゼルはすかさず部員達に陣形を取るように指示を出す。
盾役のシモーヌが前面に立ち、後方に攻撃役の2人、ミシェルが左翼、オルガが右翼に位置した。
その背後には攻撃役、支援役、回復役を兼ねたジゼルが最後尾のフルール・アズナヴールを守るかのように立ちはだかっている。
シモーヌが索敵で捉えた通り、前方にゴブリンが現れた。
ゴブリンの数は少ない。
5匹ほどの小さな群れである。
だが、ジゼル達を見て女ばかりで組し易しと判断したのであろう。
この世のものとも思えない奇声をあげて攻め込んで来たのである。
初めての実戦である2年生以下の生徒達はぶるりと背筋に悪寒が走った。
シモーヌが前面に立ち、両手を広げて部員全員を守るかのような仕草を見せると、震えが走った生徒達にも落ち着きが戻る。
シモーヌはゴブリン達を見て余裕の笑みを浮かべた。
彼女の口元が僅かに開かれる。
ゴブリンがいきなり攻め込まないように自分達との間に風の防御魔法を発動するのだ。
シモーヌの凛とした声で朗々と魔法式が詠唱された
「我は知る! 風を司る天使よ! 我等へ加護を! 邪悪な敵を寄せつけぬ大いなる風の守り手を遣わせ給え! ビナー・ゲブラー・ケト・ルーヒエル!」
シモーヌの両手から魔法風が巻き起こり、襲い掛かろうとしていたゴブリン達の速度が鈍り、中には転倒する者も居た。
その瞬間、ジゼルの鋭い声が響く。
「今だ! オルガ!」
日頃の厳しい訓練によって培われた充分な練度が、息もつかせぬ連携攻撃を生み出す。
「はいっ! 天に御座します偉大なる使徒よ! その聖なる浄化の炎を我に与えたまえ! マルクト・ビナー・ゲブラー・ウーリエル・カフ!」
火の魔法使いであるオルガの拳から炎の弾が撃ち出される。
オルガ・フラヴィニーが得意とする火の初級攻撃魔法、炎弾だ。
元々、火と風の魔法の相性は抜群である。
ゴブリン達を足止めしていた強風にオルガの放った炎が風に乗り、飛び散ると彼等に引火した。
たちまち炎に包まれるゴブリン達。
絶叫に近い悲鳴があがり、ゴブリン達の肉が焼ける嫌な臭いが辺りに立ち込めた。
頭では分かっている筈だが、想像以上の惨たらしさにミシェル・エストレは逡巡する。
その様子を見たジゼルは苛立った。
「どうした!? ミシェル! 今だぞ、斬り込め!」
「行くぞ、ミシェル!」
呆然とするミシェルの手をきゅっと掴み、引っ張ったのは親友のオルガである。
魔法を放ったばかりの彼女は素早く態勢を立て直すと、ミシェルに檄を飛ばしたのだ。
「オルガ!?」
「戦いの際にもし私達が躊躇えば、犠牲になる人がたくさん出る。その時に悲しんでも遅いぞ、ミシェル!」
「お、おう!」
首をぶるぶると横に振ったミシェルは正気を取り戻したようである。
「どうやら大丈夫だな、行くぞ! ミシェル、オルガ!」
前面に立っていた盾役のシモーヌが振り返ってにやりと笑う。
「「了解!」」
ミシェルとオルガを従えたシモーヌはロングソードを抜き放ち、裂帛の気合をこめて敵中に斬り込んだのであった。
――10分後、ゴブリン5匹は討ち取られ、その骸を森に晒している。
「よくやった、皆!」
ジゼルが部員達を労った。
今回、ジゼルは待機し、フルールを守りながら実戦には参加しなかった。
この『狩場の森』では最弱の魔物ながら実質3人で戦い、あっという間に屠ったのは魔法武道部の強さがなかなかである証拠だ。
「こ、これが……た・た・かい……」
最後方に居たフルールが、がたがた震えていた。
目の前にはシモーヌ達に切り刻まれたり、オルガの魔法で黒焦げになったゴブリン達の死体が転がっている。
フルールはショックを受けていた。
今迄、彼女が頭の中や机上で散々考え、イメージした魔物との戦闘が実際とは全然異なるものであった。
部員が相手の、日頃の練習とも違う生々しさにフルールはつい怯えてしまったのである。
その肩をミシェルがぽんと叩き、優しく囁いた。
「大丈夫か、フルール」
「せ、先輩!」
「私も臆してしまい、オルガに助けられた。お互いに挽回しないとな」
にっこり笑うミシェルにフルールはホッとして落ち着きを取り戻した。
そんな部員達をジゼルは慈愛の篭もった眼差しで見詰めており、彼女達を見守る魔法武道部顧問のシンディ・ライアンも微笑んでいる。
「初陣としてはまあまあだが、これでは安心して後を託せないぞ。さあ『遺跡』までは未だ距離がある、急ごう!」
「「「「はい!」」」」
先を促すジゼルに部員達は元気な声で応じたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方――
こちらはロドニア王国選抜である。
彼女達は立会人であるルウを伴い、目的地である『村』へ配布された地図を参考に進んでいた。
索敵役は当然、リーリャである。
ルウから魔導拳の基礎である魔力波読みの訓練を受けてから、リーリャの索敵能力は著しく大きくなり、周囲300m以内なら大体誰が近付いたか察知出来た。
事前に魔力波自体を覚えていないと当然氏素性までは分からないが、性別、年齢、背格好、職種、害意の有無、武器携帯の内容等まで識別してしまうのだ。
ただルウや他の妻達と同様、開花した才能を公式の場で披露したら大騒ぎになる事は目に見えている。
幸い索敵の報告は口頭なので、余り精度の高い報告をしなければ、マリアナ達にばれる事は無い。
聡明なリーリャはルウから言われなくともそのような対応が出来る、機知に富んだ女性なのだ。
そんなリーリャの索敵能力が魔物を捉える。
「マリアナ! 前方に魔物が居ます! どうやら女の敵、悪豚鬼のようです」
悪豚鬼……外見は醜悪にして不潔。人間より少し小柄で非常に頑健な身体を持つこの魔物は常に本能により破壊の欲求に突き動かされて行動する。
下劣で卑屈な性格をしており、他種族とは絶対に折り合わない。
本能の命ずるままに人間の女性を犯し、人肉を貪り、時には共食いまでするのが彼等オークであり、女性の間では通称『女の敵』と呼ばれる魔物なのだ。
「よし! 戦闘準備!」
マリアナ・ドレジェルが大声で叫び、ロドニア選抜は打ち合せ通りの陣形を展開する。
それは先程の魔法武道部とほぼ似た陣形であった。
しかし良く見れば、その布陣の性格の違いが分るだろう。
マリアナが普段、強調している通り、騎士達が中央突破をはかる為に前面は盾役兼攻撃役として騎士3人を並べた布陣だ。
中央に女性ながら偉丈夫と言って良い、2mを超える体躯のペトラ・エスコラが存在感を示し、やや後方の左翼にマリアナ・ドレジェルが指を鳴らし、右翼にミーサ・キヴィが剣の柄に手を掛けている。
リーリャ達、魔法使いの2人は少し離れた後方に支援役兼回復役として控えていた。
「リーリャ様、ラウラ!」
暫く経って、3匹の悪豚鬼が前方に現れた瞬間、マリアナはありったけの声で叫んでいたのであった。
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