第508話 「ロドニア王国対抗戦③」
ヴァレンタイン王国『狩場の森』、7月11日午前10時……
「では出発しよう!」
「「「「は、はいっ!」」」」
いよいよジゼルが率いる魔法武道部が出発する。
少し離れた後方に立会人として顧問のシンディ・ライアンが控えていた。
『狩場の森』へ初めて入る2年生と1年生は結構固くなっているのが分る。
牙と爪を抜き、束縛の魔法で力を弱めているとはいえ、人間を捕食する怖ろしい魔物と遂に相対するのだ。
特別な才能に恵まれた魔法使いとはいえ、彼女達は普通の少女である。
緊張するなと、言う方が無理なのだ。
遥か遠くまで見渡せる監視塔を備えた管理棟。
その正門から暫く続く道は半永久的な魔法障壁が働いており、魔物が襲う事が出来ないようになっている仕組みである。
大勢の人の気配を察してか、幸い正門の周囲に魔物は居なかった。
周囲を見て安全を確認したジゼルは部員達に呼吸法の実施を促した。
これは魔力と集中力を高める事は勿論、部員達を平常心に戻らせるように意図したものである。
ジゼルの提案にまずシモーヌが応じ、率先して呼吸法を実施する。
続いて下級生達も呼吸法を行い、彼女達はいつもの落ち着きを取り戻して行く。
「大丈夫そうだな」
皆の様子を見て晴れやかに笑うジゼルに部員達全員の表情も明るくなる。
以前のジゼルであれば、このような時は怒りの形相で軟弱者と叱責していたであろう。
それを考えれば信じられない変貌振りなのである。
「皆、行くぞ!」
「「「「はい!」」」」
ジゼルの声に魔法武道部員達が答え、シンディを含む彼女達の姿はやがて森へ消えて行った。
――10分後、続いてロドニア王国チームも出発する。
号令を発するのはマリアナ・ドレジェルだ。
「では我々も出発する、行くぞ!」
「「「「了解!」」」」
このメンバーの中で魔物と戦った事が無いのはリーリャだけであったが、ラウラ・ハンゼルカは心配していない。
ラウラ達とヴァレンタイン王国へ来たばかりのリーリャと比べれば、彼女の実力は天と地の差があると断言しても良かった。
ましてや今回は『夫』のルウが傍らに居るのである。
リーリャの表情を見ても怖れどころか、喜悦の表情しか浮べていないのだ。
競技中、立会人との質問以外の私語は基本、厳禁なので会話は交わしていないが、ずっとルウの方を見詰めて視線を外そうともしない。
一方、マリアナは先頭を切ってジゼル達、魔法武道部の消えた方角へすっすと軽やかに歩いて行く。
「マリアナ殿、リーリャ様が立てた作戦通りで宜しいな?」
ラウラが念を押すと、マリアナはさも面倒臭いと言わんばかりに頷いた。
「ふむ、相手が多分、食人鬼の最も多い『遺跡』へ向うだろうから、私達はこの正門に近い『村』で食人鬼を狩る! はぁ……素人の学生など、いかにも歯応えが無さ過ぎるが、それで良いのだろう?」
作戦を了解したマリアナだが、彼女の相手を軽く見るような態度が気になったラウラは再度問い質す。
「ああ、その通りだ。だが、マリアナ殿!」
「何だ? 煩いな」
「先程の先攻後攻の事だ。確かに相手は学生だが、ハンデを与え過ぎだ。私達はこの森の事を全く知らないのだぞ。それに作戦も再考した方が……」
油断して敵う相手ではない!
ラウラは懸命に諭したが、マリアナの耳には届かなかった。
「ラウラ! はっきり言っておく。この隊の隊長は私だ。これはリーリャ様の警護役としてロドニアを出立した時から変わらない。リーリャ様には理解して頂きたいが、魔法使いというのは所詮は支援役だ。お前は攪乱に徹して相手に隙を作る事に注力しろ。戦うのは我々騎士の役目だ」
「…………」
折角の忠告も一蹴されたラウラは仕方なく黙り込む。
そんなラウラにマリアナは止めを刺した。
「戦闘経験が浅いお前やリーリャ様を含めた他の魔法使い達は安全な所から魔法を撃っていれば良い……正面から中央突破! それがロドニア騎士伝統の戦い方なのだ」
ロドニア騎士の伝統!
そこまで言い切るマリアナは自分の言葉に陶酔している。
仕方なくラウラは首を横に振った。
「分った……では以後は口を挟まぬようにしよう」
溜息を吐くラウラの脇を突ついたのはリーリャである。
「ラウラ……マリアナは少し痛い目を見ないと……これではジゼル姉達には絶対に勝てないと思うわ」
こっそりと囁くリーリャにラウラも同意した。
「はい……私もルウ様の指導とジゼル殿の魔法を見ていなければマリアナ殿と同じ見方をしていたでしょう。井の中の蛙、大海を知らず……彼女はヴァレンタイン王国に入国しようとした時に受けた痛手を、もう忘れていますね」
「ラウラの言う通りです、……私達は無策のまま敗戦の屈辱をまたもや味あわないといけないのでしょうか?」
「リーリャ様……今は機会を……待ちましょう」
リーリャとラウラは顔を見合わせてほうと、息を吐いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、こちらは先攻を取り、先に出発した魔法武道部。
既に魔法障壁が無くなり、部員達は魔物の襲撃に注意しながら目的地へ向っていた。
「私と勝負した時、ルウ先生が勝ったのだ。縁起が良いから、『村』から攻めようか?」
ジゼルがわざとフルール・アズナヴールに問い掛ける。
「いえ、部長。お言葉ですが縁起とかいう不確かな物ではなくて、確率的に最も食人鬼が狩れる遺跡に直行します。そうでなければ事前に作戦を練り、先攻を取った意味がありません」
きっぱりと言い放つフルールに追随して、ミシェル・エストレも彼女を擁護した。
「部長! 作戦は私達やフルールに任せると仰って頂きましたよね、お願いします!」
以前の下級生は自分の顔色を窺ってばかりだった。
それが今や、失礼の無い物言いをしながら、先輩に対して約束を違えないようにと自分の意見をはっきり伝えるようになったのである。
ふふふ……
イネスやフルールが良い影響を与えてミシェルも自覚が出て来たな。
そのような事を考えながら、ジゼルも頭を掻いて「分った」と頷いた。
「よし! では魔物に注意しながら『遺跡』へ向う! シモーヌ、索敵を怠るなよ!」
自分以外に索敵の魔法を発動出来るシモーヌ・カンテへ指示を出すジゼル。
「部長、敵を捕捉しました! 50m先に魔物の反応、ゴブリンのようです!」
すかさず報告するシモーヌだが、表情には不敵な笑みが浮かんでいる。
決して油断はしていないが、相手を呑んで掛かるというシモーヌの迫力に部員達は奮い立った。
「よし、打ち合せ通りの陣形を組め。全員戦闘準備!」
ジゼルの鋭い声が深い森に響いたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!




