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第500話 「ケルトゥリの気持ち②」

 ここは王都セントヘレナ中央広場にある居酒屋ビストロ、英雄亭……

 店の奥の席でルウとケルトゥリ・エイルトヴァーラは向かい合っていた。

 傍らにはダレン・バッカスが立っている。


「呆れた! デートでフランをこの店に連れて来たの?」


「ああ、フランだけじゃない。他の子も連れて来たぞ」


「もう! 年頃の女の子はもう少しムードのある店じゃないと可哀想よ。当然、私もそうだからね」


 じと目でルウを睨むケルトゥリ。

 しかしそんな彼女を見てダレンは豪快に笑い飛ばした。


「はっははは! ファルクンはそんな物より食い気だろうよ。そもそも年頃って言うが、アールヴの女の年頃は一体何歳なんだ?」


 その瞬間である。

 鋭い蹴りがダレンの脛に入れられたのだ。


「あだっ!」


 大袈裟に痛がるダレンだが、『金剛鬼』と呼ばれた彼にとっては大したダメージではない。

 それより蹴りを放ったのは……


「おお、ニーナ!」


 険しい顔でダレンを睨んでいたのはメイド服姿のこの店の従業員、ニーナであった。


「もうダレン爺ったら、ケリーさんに失礼だよぉ! さっさと厨房へ行って仕事、仕事!」


「わ、わーったよ! ほんじゃあ、ケリー。ゆっくりしていけよな」


 金剛鬼ことダレンもニーナには頭があがらないらしい。

 それだけダレンがこの孫娘のような少女を可愛がっている証拠でもあった。


「ケリーさん、あのぉ……大変失礼致しましたぁ」


「ニーナ! ありがとぉ! それとあんたとも久々ね!」


 どうやらケルトゥリとニーナも顔見知りのようである。

 2人は屈託無く笑い合う。


「ニーナ、注文入れて良いか?」


「ああ、ルウ様、良いよぉ」


 ルウはケルトゥリの方を向き、目を合わせて頷いた。

 好きな物を頼めという、アイコンタクトである。


「ふふ、じゃあ、遠慮なく! まずエール大ジョッキ! それとフルーツサラダ大盛り、プレーンオムレツ、鳥の蒸し焼き、鹿肉のソテー、とりあえずそんな所かな」


「じゃあ、俺もエール大ジョッキに、フルーツサラダ大盛り、豚のスパイス焼き、鳥の串焼きを頼む」


「了解!」


 ケルトゥリとルウの注文を聞いたニーナは一礼すると素早い身のこなしで厨房に入って行った。

 

 ――暫く経ってまずエールの大型ジョッキが運ばれて来る。


「どんどん料理、持って来るからねぇ。じゃあごゆっくりぃ!」


 ニーナはにっこり笑うとまた厨房に戻って行く。

 そんな彼女の後姿を見送ったルウとケルトゥリはすかさず乾杯をする。


「「乾杯!」」


 陶器製の大型ジョッキが合わされ、乾いた音をたてた。

 ケルトゥリは大きなジョッキに口をつけるとくいっと飲む。

 白い喉がこくこくと動き、ジョッキのエールがどんどん減って行く。


「ぷあ~、美味しい! 昼間飲むエールはやっぱり良いわね」


 満足そうに唸るケルトゥリを見てルウも相槌を打った。


「そうだな」


 やがて料理が運ばれて来てテーブルの上はあっという間に一杯となる。


「頂きます!」


 エールで食欲をそそられたのか、ケルトゥリは凄い勢いで料理を平らげて行く。

 いかにも美味そうに食べるケルトゥリ。

 ルウはサラダをつまみながら、黙ってその様子を眺めている。


 暫くして、とりあえずひと息ついたらしいケルトゥリは残ったエールを飲み干すと、ニーナへお代わりを注文オーダーした。


「エールお代わり! 大ジョッキで!」


 ケルトゥリの飲みっぷりの良さにルウはにっこりと微笑む。


「ははっ、そうやって見るとひと仕事終えた、冒険者って感じだな」


「そりゃそうよ! 2年間それで生活していたからね」


 きっぱりと言い放つケルトゥリであるが、美しい菫色の瞳に寂しそうな影が差す。


「……でもアールヴの里にあんたが居た時は楽しかったわ……シュルヴェステル様があんたを連れ帰ったばかりの頃は特に、ね」


 ぽつりと呟いたケルトゥリは遠い目をしている。

 シュルヴェステル・エイルトヴァーラがルウを森の中で保護して、アールヴの里に連れ帰ってから、彼の世話をしたのはリューディアとケルトゥリのエイルトヴァーラ姉妹だったからだ。


「以前も聞いたが、ケリーは何故里を出たんだ?」


「どうでも良いじゃない……あんたがどうしても知りたければ、私の魔力波オーラを読めば分るわ」


 ケルトゥリはルウが魔力波オーラ読みの達人である事を知っている。

 ルウはその能力で相手の魂の中を見通す事が出来るのだ。


 ケルトゥリはこころを読み取られないように閉ざす魔法も知ってはいるが、敢えてルウへさらけ出した。

 まるで彼に自分が里を出た理由を知って欲しいというように。

 しかしルウはゆっくりと首を横に振った。


「何よ! 私の魂をのぞかないの?」


「ああ、ケリーが自分から言うまで聞かないさ」


「………馬鹿!」


「ははっ、そう……かもな」


「あんたはいつもそう!」


 ケルトゥリが唄うように言う。


「他のアールヴの子供が嫌がって逃げるような仕事もあんたは進んでやっていたし、里の皆はあんたの事を最初は馬鹿だと思ったわ。だけど……あんたは違った、優しくて困っている人が居たらほっとけなくて……表も裏も無い奴だったのよ」


 アールヴは通常、排他的な種族である。

 いかに長であるソウェルが連れ帰ったとはいえ、人間の子供など直ぐには受け入れない。

 しかしどんな雑用も進んで行い、誰にでも分け隔てなく接し、優しい性格のルウを里のアールヴ達は徐々に認めるようになった。


 やがてルウはアールヴの子供達と一緒に魔法の修行をする事が許された。

 そこでルウが見せた恐るべき魔法の才能……

 シュルヴェステルはルウに自分を超える素質があるのを見抜き、徹底的に鍛え上げたのである。


 そこからはあっという間であった。

 ルウはアールヴが受ける儀式で4つ全ての精霊に祝福されると一気に覚醒したのだ。

 数多のアールヴを差し置いてシュルヴェステルに次ぐ実力を身につけたのである。

 ……いや、師であるシュルヴェステルをも凌ぐ勢いで魔法と武技を習得して行ったのだ。


 姉のリューディアはルウの実力を認めた。

 可愛がっていたルウへの愛が尊敬に変わって行った。


 しかし!

 妹のケルトゥリは……嫉妬した。

 ルウに対する可愛いという気持ちは変わらなかったが、ルウの実力を、シュルヴェステルに可愛がられる事をうらやんだのである。


 数年後、ケルトゥリは皆には理由を告げず、密かにアールヴの里を出たのであった。


「今日、ケリーが俺を誘った理由は分る……バートランドで会ったミンミから聞いたよ」


「そう……あの娘も、あんたにぞっこんだったものね」


 バートランド冒険者ギルドのサブマスターであるミンミ・アウディオ。

 彼女がルウに告げたのはリューディアに託したソウェルの地位を再びルウに譲るという触れである。

 リューディアが寄越した使い魔から賛成か、反対か判断を求められたケルトゥリであったが、結局どうするかを返事はしていない。


「リューは諦めないわよ、絶対。……あんたをソウェルにする事を」


「俺の考えは変わらないさ。彼女リューはやがて俺に会いに来るだろう。その時に、また……話すよ」


 淡々と話すルウはいつもの穏やかな表情である。


 子供の頃から変わらない彼の笑顔を見て、ケルトゥリは何故か安らかな気持ちになったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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