第50話 「豹変」
ルウとフランがオークの群れを屠った頃……
ジゼルとナディアは『狩場の森』で人為的に造られた遺跡に向かっていた。
ナディアによれば……
「ゴブリンやオークをちまちま狩るなんて馬鹿げている」と言う。
確かに、この『狩場の森』において最もポイントが高い魔物はオーガなのである。
「せっかくだから頭を使おうよ。作戦はボクの言う通りにしてくれるかな、ジゼル」
「お前の言う通り?」
「ああ! オーガを密度の高い場所で一度に大量に狩れば良いのさ」
オーガはこの森でも村や遺跡など、群れが暮らし易い場所に他の魔物を排除するような形で縄張りを持っている。
ナディアはそう言いながら、アデライドを見た。
さりげなく、自分の提案だという念を押すのを忘れない。
ナディアから同意を求められたアデライドは曖昧に笑う。
試合の立会い人であるアデライドやケルトゥリは、競技者に対しては不干渉が原則だ。
良くある独り言レベルならば許される範囲だが……
具体的なアドバイスを与えたり、ましてや魔物を倒すのに手を貸すのは大変なご法度なのである。
それから1時間後……
道中、ゴブリンやオークの群れに遭遇しそうになるのを巧みに躱しながら……
ジゼル、ナディア、そしてアデライドの3人は『古代遺跡』と呼ばれる場所を見下ろす丘に到着した。
女性の足で急いで歩けば疲労困憊になるこの距離も……
さすがは魔法使いである。
3人共、身体強化魔法のお陰で、身体に殆ど影響を及ぼしてはいない。
「おおっ! 居る、居るっ!」
オーク達の姿を認め、ジゼルが嬉しそうに叫んだ。
ジゼルの言う通り、丘の上から見ると、オーガの群れが居た。
各自思い思いに寛いでいる。
その数、約20体―――結構な数であった。
オーガとは……
不器用で頭の回転が遅い。
だが、オーク以上に凶暴で残忍な性格を持つ、巨体且つ怪力の魔物である。
オーガには男のオーガ以外に女のオーグレスも居た。
この森では食物連鎖の頂点に立つせいか、自然に繁殖してその数を増やしている。
オーク同様に人肉を、特に若い人間の肉を好む為……
魔法女子学園の生徒達には戦闘本能を如何なく発揮、訓練用の魔物としては申し分ない。
魔法に対する抵抗力は低いが……
自然繁殖で生まれたものはこの『狩場の森』の能力ダウンの仕様ではなく、オーガ本来の能力をそのまま持って生まれて来ている.
なので危険のない様、大人数で狩るのが普通である。
そんなオーガを、たったふたりで狩る。
アデライドが許可を出したというのは、ジゼルとナディアの力がいかに傑出している事の証明である。
「ふふふ、競技時間は限られている。ジゼル、早速行くよ」
「分かった。いつもの通り私が盾役で敵を引きつけ、お前の魔法で一気に片をつける。それで良いんだな?」
「うん、そういう事。宜しくね!」
笑顔で返事をしながら、ナディアは心の中で「ぺろっ」と舌を出した。
ボクみたいな華奢な魔法使いが前衛に立つなんて、ありえない。
理事長の前で、醜態を晒す怖れだってあるし、逆にマイナスイメージになっちゃう。
下手をすれば、命にかかわる大怪我だってしかねないもの。
こういう時は……愚か者のジゼル。
頑丈で体力馬鹿の君に、大活躍して貰うに限るよ、ふふふ。
そんなナディアの黒い思惑も知らずに……
ジゼルは裂帛の気合を発し オーガの群れに突っ込んで行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、こちらはルウとフラン……
そして立会人のケルトゥリ。
歩きながら、ルウは首を傾げ言う。
「アデライドさんが立会人なんて、あのジーモンさんが良く許したなぁ」
「当然ジーモンは今回も必死で止めた筈よ。とても危ないって」
「やっぱり」
「ええ、でもね。魔法とか面白そうな事が絡むと、お母様はそんなの関係ないって押し切っちゃうの」
凄いな!
アデライドさんは、まるで爺ちゃんと同じだ。
ルウは修行時代を思い出し、懐かしい気持ちになった。
さてさて……
3人がどこに向かっているかと言うと、『遺跡』に次いでオーガが多いと思われる『村落』である。
ルウの索敵、つまり風の精霊の囁きにより、先行したジゼル組が遺跡に向かったのが判明したのである。
競技はポイント制なので、ルウ達もナディアと同じ事は考えていた。
「でも、ケリー。茶番って何?」
フランは振り向き、後ろから着いて来るケルトゥリに話し掛けた。
どうやらケルトゥリが吐き捨てるように言った言葉が気になっているらしい。
訝しげな表情を見せるフランに対し、
ケルトゥリは「そんな事も分からないの?」
と言わんばかりに「ふん!」と鼻を鳴らした。
「貴女もアデライドも……ルウの事を馬鹿にしてない?」
肩を竦めるケルトゥリに、今度はフランが食ってかかった。
「ななな、何!? ルウを馬鹿になんてしていないわ」
ケルトゥリはむきになるフランを見て苦笑し、首をゆっくりと横に振る。
「まあ、あんたたちに悪意は無いんでしょうけど……アールヴのソウェルへの認識が無さ過ぎるわ」
「え? アールヴのソウェルへの認識?」
「どうせソウェルを、アールヴ一族を束ねる長としか見ていないでしょ?」
「そ、そんな! ……単なるとは思っていないわ。ルウを見れば凄いと思っているし……」
「はぁ? 凄い?」
フランの言葉を聞いたケルトゥリは、今度は大袈裟に肩をすくめた。
やれやれといった表情だ。
「もう! ソウェルはね、単に凄いという形容詞じゃいけないの!」
「単に凄いじゃ、いけないって! わ、分からないわ!」
「分かったわ。あまり詳しくは言えないけど……フラン、あんたに少しだけ教えてあげる」
そう言うと、ケルトゥリは淡々と語り始めた。
原初のアールヴが生まれた頃には……
様々な神や精霊が現世に降臨し、知恵と力を授けていた。
元々アールヴは神の眷属と呼ばれた妖精族の末裔である。
人に比べると、神や他の妖精と交歓する機会も多かった。
その結果……
神代から現代に到るまで……
得られた膨大な知識が蓄積され、様々な方法で実践もされた。
その知識の一部が精霊魔法であり、秘伝の体術なのである。
この膨大な知識と経験が代々受け継がれて行くとしたら……
どうなるのか?
ケルトゥリの話を聞いたフランは、考えた末、ある答えに行き当たる。
認識したとてつもない事実に、思わず手で口を押えてしまった。
「それって……まさに神や精霊と一緒の存在だわ……」
「そういう事……」
ケルトゥリは静かに呟いた。
「ルウは所詮人間だし、偉大なるソウェルの力、全てを発揮出来るか分からないけど……」
ケルトゥリはフランからルウへ視線を移し、話を続ける。
「何といっても、最強のソウェルと称された、シュルヴェステル様がお認めになったのよ」
「…………」
「歴代のソウェルに近い力を持っている筈だし、シュルヴェステル様が亡き今、次にソウェルになる者へ持てる力の全てを伝える義務がある」
ソウェルの果たすべき義務……
ケルトゥリの言葉を聞き、ルウも力強く頷いて応えたのである。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




