第5話 「葬送」
「最初は、遺品を少しだけ回収しようと思ったけど……やはり、このままにはしておけないな」
ルウは、穏やかな表情でフランに話し掛けた。
彼によれば、この付近には他に魔物や獣も沢山いる。
その為、亡くなった騎士達の遺体を更に食べ散らかされた挙句、不死者になる可能性だってあるのだという。
「ここにある骸は、魂が旅立った後の単なる肉体の器に過ぎ無い。だけど、フランを守って命を捧げた彼等をこれ以上悪戯に穢される訳にはいかないだろう」
ルウは殉死した騎士達を、ちゃんと葬ってやろうと言うのだ……
それを聞いて、フランはまた涙ぐんで小さく呟いた。
「もう大丈夫よ。そうね、ルウの言う通り、ちゃんと弔わないとね」
ルウは騎士達の遺体を丁寧に一列に並べると、フランに目で合図をする。
フランはそれを見て、遺体の前に手を合わせて跪いた。
フランが完全に跪くのを待ってから、ルウは息を吸い込んだ。
独特の呼吸法らしいリズムで、ルウの体内魔力がどんどん高まっていく。
僅かに唇が動き、朗々と言霊が詠唱されて行く。
「命の理を司る大いなる存在よ! 彼等の魂は天空の貴方のもとに旅立った。残された肉体の器を、母なる大地に返す御業を我に与えたまえ! 母なる大地も我に力を! 貴女のもとに帰る為の道標を我に示せ! 我は天空の御業を使おう、その道に貴女の子等を送る為に!」
ルウの口から詠唱されるその言霊に、フランは覚えがあった。
言霊の表現は違うが、それは神々に仕える司教や修道士が使う葬送魔法であったからだ。
やがて魔力の高まりが頂点に達した時、その魔法は発動した。
「鎮魂歌!」
眩い白光が、ルウを包んでいる。
ルウが両手を動かすと、その白光は辺りを満たし、遺体をも包んで行った。
すると目の前の騎士達の遺体が、あっという間に塵となって行く。
やがて白光が収まると……
その場には、騎士達がその身につけていた鎧や兜のみが残されているのみであった。
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「とりあえず、収納の腕輪に入れておこうか」
ルウが手に取ったのは、騎士達が身につけていた鎧などの装備品である。
これらも「遺品として、全て遺族に渡せば良い」とルウは言った。
「フランの荷物は?」
ルウの言葉にフランが辺りを見回すと……
見覚えのある愛用の鞄が、破壊された馬車の傍に放置されていた。
服などの私物や隣国での研修に関する書類しか入っていないから、持ち去られなかったらしい。
フランは自分の鞄を拾い、そっと胸に抱き締めた。
「では行こう! フランの家へ」
ルウは、相変わらず穏やかな笑顔である。
ホッとしたフランは、先程と同様に抱きつくと、しっかり両腕を背中に回した。
それは誰が見ても、女性が愛する人に身を任せるような何の不自然さも無い行為であった。
ルウの口からはまた、あの飛翔魔法の言霊が呟かれ……
ふたりはあっという間に上昇し、大空の彼方に消えて行ったのである。
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「フラン、このまま街に降りるとまずいよな」
「ええ、そうね。少し街から離れた所に降りて貰って歩くのが得策かしら」
ふたりは、ヴァレンタイン王国王都セントヘレナへ向かって飛翔している。
フラン曰く、ルウの力があまり露呈すると後で面倒な事になるという。
「面倒な事って何だ?」
「ルウの力は、ひとりの魔法使いとしての枠を遥かに超えているもの。いわば勇者ね」
フランから勇者と言われ、ルウは渋い顔となる。
「冗談じゃないよ。そんな事が嫌だから、俺はアールヴの里を出てきたんだから」
「でも、まだまだ使える力があるんでしょう?」
「う~ん、まあ……」
やっぱり、まだ行使出来る魔法があるんだ……
ばつが悪そうに、顔をしかめるルウが何故か可笑しくて、フランは「くすり」と笑ってしまう。
そして、ルウの背中へ回した手に力を籠める。
「もう! 忘れたの? 貴方は私の学校の教師になって貰うのよ」
「教師って…… 先生か? いわば爺ちゃんと同じかな」
ルウには、あまりピンと来ないようだ。
しかしフランはルウの顔を見ながら考える。
困る、彼にはウチの学校の教師になって貰わないと困る。
冒険者なんかになったらもう……会えないもの。
だから……はっきり言おう! 言いたい! 言わなくては!
「そう! 貴方の才能は人に教える事にも役に立つと思うわ。それに……」
「それに?」
「……ううん、何でもない。さあもう王都よ、あの辺りに降りてくれる」
フランは、自分の気持ちをやはり言えなかった。
そんな自分の勇気のなさに彼女は嫌悪感を感じていた。
ルウとフランは、王都セントへレナから少し離れた街道に、人影が無いのを確認し……
街道から少し入った雑木林の中へ、目立たぬように降りていったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから30分後……
ルウとフランは、セントヘレナの北正門前に居た。
「こ、これはっ! フランシスカ様! い、一体、どうされたのですかっ!」
北正門に詰める衛兵は、フランの泥や埃まみれの姿に吃驚して叫んだ。
対して、フランは少し強張った表情で言う。
「いつもお疲れ様、詳しい話は王都騎士隊隊長のライアン伯爵にお話しするわ。とりあえず屋敷まで同行していただけます? ああ、その彼も一緒に」
指示を出し終わり、フランは軽く息を吐いた。
やっと家に帰れるという気持ちから、少し疲れが出たらしい。
衛兵は、直立不動で敬礼をする。
「は、ははっ! ドゥメール伯爵様のお屋敷まで、我々が同行させて頂きます。で、この者は?」
衛兵は、後ろに居るルウを指差す。
汚い身なりのルウが何故、フランと一緒に居るのか不可解?
といった面持ちだ。
「彼は、私の……命の恩人です。失礼は許しません!」
衛兵が、露骨にルウに指を差すのを見たフランは……
眉をひそめると、きっぱりと言い放った。
「は! 了解致しました、おいっ! ここの持ち場を誰か代わりに頼む。後、馬車1台とフランシスカ様を警護する応援を呼べ」
衛兵が再び叫ぶと、ばらばらと他の衛兵が駆けつけた。
ひとりが正門の前に立ち、もう3人は今まで居た衛兵と共にフランの脇四方を固め、鋭い視線を周囲に投げた。
ルウはそれを見て、フランは貴族のお嬢さんなんだな……と改めて実感する。
物々しい雰囲気に包まれてフランが衛兵に警護されながら、門の傍に停めてある馬車に向かって歩いて行った。
ルウはその後から飄々とした感じで後をついて行く。
今までアールヴの里で暮らしていた彼には、王都の雰囲気とその喧騒がとても新鮮だった。
到着した馬車の扉が開き、フランが乗り込むと、中から彼女の白い手が差し出される。
それを見た衛兵達は怪訝な顔をしたが、フランはルウの手をしっかりと掴み、馬車の中に招き入れたのであった。
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