第498話 「逆手」
魔法女子学園職員室、土曜日午前9時……
土曜日は本来、魔法女子学園の教師及び一般職員は休みである。
しかしルウ達教師は夏季休暇中のスケジュール打ち合せの為に出勤し、職員会議に臨んでいた。
出席者は理事長のアデライド以下全員で、司会進行は教頭のケルトゥリ・エイルトヴァーラである。
ケルトゥリの傍らの壁面には大判の紙に夏季休暇のスケジュールが書かれた紙が掲出されていた。
「皆さん、おはようございます。明後日7月10日に当学園は今年度上期の終業式を行い、9月9日までの夏季休暇に入ります。そこで本日は休暇中のスケジュール確認の会議を行う為に休日出勤をして頂きました」
コホンと咳払いをして話を続けるケルトゥリ。
「夏季休暇は7月10日のお昼から9月9日までとなっております。但し、この夏季休暇中も職員はいくつか業務がありますので担当の方には出勤して頂く事になります」
ケルトゥリはそう言うとルウをちらっと見た。
「直近では7月11日に魔法武道部がロドニア王国選抜チームとの対抗戦を行います。いわゆる親善試合です。理事長、フランシスカ校長代理、ライアン主任、ブランデル教諭、そして私エイルトヴァーラが出勤致します。このように行事等の担当の方は出勤届けをご提出下さい」
壁面に張られたスケジュール表でケルトゥリは説明を続けて行く。
「7月25日から7月31日には魔法発動訓練。続いて8月8日から8月12日までは夏期講習、2回目の魔法発動訓練が行なわれる他に学園出身のold girlsによる講演会と座談会が数回実施されます」
夏季休暇と言いながら魔法女子学園ではイベントが結構ある。
但し、レクリエーションではなく進学、就職の目的の為なのは当然だ。
「夏期講習は皆さんに言うまでもありませんが、専門科目の補習授業です。強制ではなく任意参加の授業ですが、上期に出された課題クリアの為に有益な授業が行われる事を期待致します」
夏期講習と平行して教師対象の職員研修も行われると、ケルトゥリは言う。
「職員研修は下期の対策に関しての打ち合せ、及び理事長と教師の個人面談です。これは理事長が我々職員へどのような評価をしているか、または注意等を含めて来期報酬の査定の材料のひとつとなります」
理事長との面談と聞いて明らかに表情が曇る者も居た。
カサンドラ・ボワデフルなどは不安げな顔付きを隠さない。
「更に8月13日は当ヴァレンタイン魔法女子学園来年度入学者対象のオープンキャンパスが行われます。この日は入学希望者が親御様と一緒にいらっしゃいますので担当職員の方は対応宜しくお願いします」
オープンキャンパスとは魔法女子学園のキャンパス内の施設・設備を開放しての学校の紹介を行うのは勿論、関係者の講演や説明会など様々な手法で入学希望者に理解を促すものだ。
ちなみにオープンキャンパスは8月14日にはヴァレンタイン王国騎士士官学校、同魔法男子学園にて、8月15日はヴァレンタイン魔法大学でも行われるらしい。
「休日出勤の方は代休等で対応します。休暇中ですが、生徒達の動向には気を配って頂き、問題が起こらないように注意して下さい。当然、皆さんに関しても同様です――私の説明は以上となります。理事長は何かございますか?」
ケルトゥリに促されたアデライドは小さく頷くと口を開いた。
「まずは皆さん、上期はご苦労様でした。取り立てて大きな事故もなく無事に来れたのは皆さん全員のお陰です。面談では来期の報酬の話もします。引き続き頑張って下さい」
ケルトゥリは次にフランに何かあるか問う。
「はい! 進路相談を行ったばかりの生徒達は色々と心配になって揺れている子も居ると思います。申し出が無くてもこまめに声掛けを行って彼女達が不安がらないようにお願いします」
フランの言葉に最もだと頷いた者が殆どであった。
勿論ルウもその1人である。
アデライドとフランの話が終ったのを確認したケルトゥリは次に質問をするように促した。
それに対して数人の教師から質問が為されて質疑応答が行われる。
暫くして質疑応答が終わると、ケルトゥリは職員会議の終了を告げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「フランシスカ校長代理、エイルトヴァーラ教頭、ブランデル先生。以上の3人は5分後に理事長室へ来て下さい」
職員会議が終了した直後、アデライドは3人を理事長室に呼んだ。
何か相談事があるのは明らかであった。
何人かの教師が気にするような素振りを見せる中、呼ばれた3人は理事長室に向った。
フランが軽くドアをノックをすると既に理事長室に戻っていたアデライドは入室するように促した。
「理事長、一体何でしょうか?」
入室したケルトゥリが用件を聞こうとする。
しかし、まず座るように、とアデライドは微笑みながら、肘掛付き長椅子を勧めたのである。
座った3人を見て自らも座ったアデライドは漸く話を切り出した。
「皆さんをお呼びした用件とは今後のロドニア対策の事です。ケルトゥリ教頭、いきなりですが、実はルウ先生がリーリャ王女と結婚します」
「はぁ!?」
吃驚するケルトゥリに皆が済まなそうに頷く。
「御免なさいね、教頭の貴女にも黙っていて……実は急に決まった話なのよ」
アデライドに謝られてはケルトゥリも怒るわけにはいかなかった。
「……リーリャ王女がルウ先生に好意を持っているのは分り過ぎるくらいでしたけど……」
「ははっ、悪いな、ケリー」
「良いですよ、分りました。で、本題は何ですか?」
動揺したケルトゥリであったが、間を置かずに落ち着きを取り戻した。
菫色の瞳がちらっとルウを恨めしげに睨むと、直ぐにアデライドに向けられたのである。
「ルウ先生がロドニア王国の彼女のご両親、つまりボリス・アレフィエフ国王ご夫妻へ夏季休暇中に結婚の申し込みに行きます」
それは……そうだろう。
ルウが勝手に結婚すると言ってもそんな希望は簡単には通らないに決まっている。
何せ相手は大国の王女なのだ。
ケルトゥリはそう思ったが、アデライドの話は続いている。
「リーリャはお許しが出たら、ヴァレンタイン王国に帰化します。帰化の手続きは問題無く行えそうです」
「まあ……そうでしょうね」
ケルトゥリから見てもリーリャは魔法使いとしては天才肌だ。
ヴァレンタイン王国としてはロドニアさえ問題なければ受け入れには問題が無いし、それどころかぜひ欲しい人材であろう。
問題はボリス国王、いやロドニア王国側がルウとの結婚を承知するかどうかである。
アデライドはここでにっこりと笑った。
「そこで私達は大胆な作戦に出ます」
「大胆な作戦?」
アデライドの笑顔の意味が分からず戸惑うケルトゥリであったが、反射的にアデライドの魔力波を見て分った事がある。
相手が望む事を行う逆手に出るのだと!
「私達はロドニアに魔法学校を創設する事を提案し、全面協力する事を合わせて申し入れます」
「えええっ!?」
しかしアデライドの話はケルトゥリの想像の域を超えていた。
「これは王家の了解を取ってあります。詳しい内容はこれから詰めます」
相変わらず笑顔のアデライドに対してケルトゥリは再度、吃驚して目を大きく見開いていたのであった。
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