第493話 「戦乙女達②」
「高貴なる4界王」の異界、フラン達が訓練している同じ金曜日の夜……
ジゼルは現在の自分が魔法使いとしては、とんでもない高みにある事を認識している。
だが幸いにも自分の才能の底は見えて来ない。
自分にはまだまだ先がある!
魔法は勿論、武技や馬術などもそう実感して行く中で毎日が充実しているのだ。
ジゼルが充実感を覚えている原因に良きライバル達の存在があった。
実はジゼルにとって最大のライバルは偉大な師でもある夫のルウである。
これはさすがに公言出来ない永遠の夢であり、彼女の最終目標と言える相手だ。
他の妻達だが、フランに関して言えば、回復魔法の習得に関してはあっという間に追い越されてしまった。
ジゼルから見てもフランの魔法は天賦の才とも言えるものである。
火蜥蜴に祝福されながらも風の精霊の加護も受けるという大変な才能であり、今度は召喚魔法にも手応えを感じているという。
加えて魔導拳は全くの素人から始まって現在は結構な遣い手にまでなっており、ジゼルは驚嘆するしかない。
これは今迄天才と言われて悦に入っていたジゼルが、ルウやモーラルも含めて世の中に上には上が居ると思い知らされた衝撃の事実であった。
しかしこれでめげないのがジゼルの良い点である。
最後に笑えば良い!
その為なら私は可愛い兎ではなく最後には確実にゴールする鈍重な『亀』で良いのだ。
いつものジゼルなら他の妻に負けじとしゃかりきになる所だが、珍しく自分の習得ペースを崩してはいないのはこの誓いがあったからである。
この誓いもジゼルの成長をはっきりと示すものだ。
ジゼルは今夜改めて自分の習得状況を思い直した。
魔法式系の水属性の攻防の魔法はほぼ習得している。
同じく魔法式系の回復魔法も大体習得しており、剣士としては万能型の区分に入る。
冴え渡る水属性の魔法剣を武器とし、召喚馬ベイヤールと共に『天翔る騎士』としてクラン『ヴァルキュリユル』の中では主力と言えるし、ルウ直伝の魔導拳の実力も達人級だ。
ルウと出会った頃の自分と比べると心技体全てが雲泥の差である。
だが!とジゼルは思い直す。
魂が、身体が言っている。
この程度で満足するなよ、と……
「自分の課題は分っている……」
ジゼルは独り言ちた。
「魔力波の制御と魔力の効率化だ。そして……」
フランから聞いたルウの使う不思議な剣法をいずれ学びたい!
ジゼルはそう考えていた。
元々、この大陸の剣法は技よりも膂力優先のものであり、剣もその前提で誂えられている。
はっきり言えば力を使い、剣自体の重さを利用して相手を叩き切る傾向が強いのだ。
これでは身体能力が全く違う女性は圧倒的に不利である。
そこでジゼルは考えたのだ。
しかしリシン流と呼ばれるヤマト皇国の戦士サムライの剣法ならば!
私達、女性剣士の致命的な弱点を補えるかもしれない。
「ジゼル姉! 支度が出来ました!」
そんな思いに耽っていたのを現実に引き戻したのは少し離れた所で訓練の用意をしていたオレリーである。
最近ジゼルはモーラル同様に師範代格となってナディアやラウラ、そして『妹』達に対して剣や魔法、魔導拳を教えているのだ。
最近は魔法属性の同じオレリーと稽古をする事も多い。
「分った! オレリーも魔導拳の初歩の組み手は、大体会得しているから、今回は魔力波読みをもっと多用して打ち合おう!」
「はい!」
素直に返事をしたオレリーは革鎧と頬当て付きの兜を着用して、既に自然体で構えている。
ジゼルはオレリーの顔を見て自然に笑みが浮かぶ。
考えてみれば、2年生の学年首席という事で名前だけは知っていたが、この子とこんなに深い『付き合い』になるとは思わなかったな……
「ジゼル姉、宜しくお願いします!」
一礼するオレリーを見ながら、こちらも礼をしたジゼル。
しかし真剣なオレリーの顔を見ながらジゼルは未だ考え事をしていたのだ。
この子は少々、人見知りをするが……それを補って余りある長所が一杯だ。
笑顔が素敵で、朗らかで、優しくて気配りの利く……とても良い娘だ。
私には無い物をたくさん持っている。
他の妻達もそうだ!
だから私も切磋琢磨して成長できるのだな!
「ああっ、ジゼル姉ったら! ちゃんと訓練に集中して下さい! たあおっ!」
オレリーはジゼルが考え事をしていたのを見抜いたらしい。
何とジゼルを叱咤しながら、突きを打ち込んで来たのである。
ふふっ、魔力波を読まれていたか!
さすがは『英雄を癒す者』だ。
その称号、私には少し羨ましいぞ!
「済まぬ! とうっ!」
「そんな上の空じゃあ『突き』の軌道が直ぐ分りますよぉ! たあ!」
しかしオレリーの追求はやまずジゼルの突きを片手でいなして、すかさず前蹴りを繰り出したのだ。
虚を突かれた形になったジゼルは慌てて飛び退った。
「おっとぉ!」
師範代格のジゼルから見ればオレリーの突きや踏み込みはまだまだ甘い。
しかし魔力波を読み込む能力は経験を積めば積むほど上昇している。
自分だけでなく彼女達も才能の底が見えていないのだ。
そのような時に嫉妬や落ち込みを感じる者も居るが、ジゼルは真逆であった。
「ようし! 来いっ! うおりゃ!」
やっと気合が入ったジゼルはオレリーと魔導拳の訓練を続けたのであった。
――20分後
※但し、異界では現実とは時間の進み方が違います。
良い汗を流した2人はお互い笑顔で向き合っている。
「ふう! やるようになったな、オレリー!」
「ありがとうございました、ジゼル姉。でも最初は考え事をしていましたね」
オレリーの突っ込みに苦笑するジゼルであったが、その原因も白状した。
「……悪かったな。実はオレリーの事を考えていたのだ」
「私の……事? 一体何ですか?」
大きく目を見開いて聞くオレリーを見てジゼルはもっと、からかいたくなった。
「オレリー、お前は私に無い良い物をたくさん持っていて、羨ましいと、な」
「えええっ!? な、何を言っているのですか!」
褒められて、案の定動揺するオレリーであったが、悪戯っぽく笑って直ぐに反撃する。
「ジゼル姉の方が羨ましい所はたくさんありますよ! 例えばその『胸』とか!」
「な!? む、胸!?」
「はい! フラン姉とジョゼと3人で誰が1番大きいか、この前ナディア姉と賭けをしました、ふふふ」
「な、に! あ、あの女狐めぇ! くだらない事を吹き込みおって! これから懲らしめに行ってやる!」
ナディアがオレリーを誘って他愛も無い賭け事をしたのを聞いて怒るジゼル。
しかしオレリーはジゼルを抑えて言う。
「駄目ですよ、ジゼル姉。今回はお互いに教師役になりきって将来の為の予行演習をしようと決めたじゃあないですか。今度は私が回復魔法を教える番です」
「ううう……」
餌を取り上げられた犬のようになおも唸るジゼルをオレリーは優しく宥めた。
「そんなに怒りっぽいと生徒に直ぐからかわれますよ。ジゼルせ・ん・せ・い」
「くうう、ナディアめぇ!」
無念と叫ぶジゼルの声が真っ青な異界の空に大きく響いていたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
 




