第482話 「祝いの舞」
魔法女子学園実習棟2階ルウ・ブランデル研究室、木曜日12時過ぎ……
時間は丁度昼休み……
ルウと2年C組の学級委員長エステル・ルジュヌが向かい合っている。
どうやらエステルには何か伝えたい事があるようだが、表情からして決して良い話ではなかった。
先日ルウとフランが彼女の相談に乗った事と無縁ではない様子だ。
エステルは淡々と話し始める。
「昨日、内務省の方が来て父と共に任意同行を求められました」
来たのは宰相フィリップ・ヴァレンタイン直属の内務省特務隊の人間のようだ。
内務省特務隊とは主に王族の特別警護を任務とする別働隊であるが、それは表向きで宰相の指示で裏働きをする特別な組織だという噂であった。
裏働きの最も大きな役割としては貴族達の内務監査らしい。
その為、貴族が何か事件を起せば彼等、特務隊が動くという。
ルウは悪魔や精霊達の報告で彼等の存在や力量を既に知っている。
その為、今回の件ではエステル達に危険は及ばないという想定をし、その通りになったので表情を変えずに聞いているのだ。
「理由は月曜日の夜から火曜日の朝にかけてファブリスが行方不明になり、火曜日の夕方にマチュー・トルイユ子爵が愚連隊に殺されたと言われて……彼等と親しかった私達が何か関わりがあるのではと思われたのです」
「大変だったな」
「いいえ、大した事はありません……少し事情を聞かれましたが、幸い月曜日の夜は私、招かれてルウ先生の家に居ましたし、父は私が外泊すると聞いて母と一緒に観劇と外食に出掛けたのです」
エステルは何か思い出したように苦笑した。
「いつもはそのような事を言わない質素が旨の父がたまには贅沢をと、そのまま母とホテルセントヘレナに泊まったのです。火曜日の父は朝から夜までずっと公務でしたし、身内以外の証言もあり、私達は関係ないと放免されました」
しかし事件が気になったエステルは特務隊の捜査官へ逆に聞き込みをしたという。
「私はどうしてトルイユ子爵が殺されたのか、理由を聞きました。内務省の方によると詳しくは話せないと言いながらですが、何か私腹を肥やす悪い事をしていてその道具に愚連隊を使っていたとか……あの人の良さそうな子爵ってそんな方だったのですね」
エステルはがっかりしたように項垂れた。
ルウは彼女を力付けるように軽く肩を叩く。
「残念だな」
「ええ、父もがっかりしていました。更に悪い事に元々、その愚連隊はファブリスと繋がりがあったようで……彼、私の知らない所でとても酷い事をしていたのですね……私にした以上に」
エステルは眉を顰めた。
1度は好きになって付き合った相手なのだ。
さすがに複雑な思いがあるに違いない。
「父は子爵との仕事の件も根掘り葉掘り聞かれていましたが、トルイユ子爵に便宜を図った事もその逆も一切ありませんでしたので……」
ルジュヌ男爵の人柄はルウも確認している。
それでなくては今回のように特務隊が来るような『処置』をしない。
「お父上は真面目な方なんだな」
ルウはいつもの穏やかな表情で彼女の父を称えた。
「ええ、お酒も飲まないし、仕事が終わったら真っ直ぐ家へ帰るし……」
「そしてお母様には、とても優しいのだな」
「ええ、私の理想の男性ですね」
今回の件でエステルは今迄父に抱いていた真面目で女性に優しい男性が好きだという思いをより一層強くしたようである。
そんなエステルをルウは慰めた。
「……残念ながらファブリスはお前が愛する、そしてお前が愛される男ではなかった」
「…………」
ルウの言葉をエステルは黙って聞いている。
「お前の運命と奴の運命は結局交わる事はなかったのさ」
「先生……」
何か言いたそうなエステルにルウは大きく頷く。
「人生とは出会いと別れの連続だ。お前にとって大切な人はきっと現れる。それまで力を蓄えるんだ」
「力を……蓄える?」
ルウの言葉に可愛く首を傾げるエステル。
そんな彼女にルウは実体験とも言える言葉を投げ掛けた。
「ああ、俺にも良く分ったよ。愛し愛されるって覚悟と力が要るのだってな」
ルウの言った意味を勘の良い彼女は直ぐに理解したようだ。
「あはは、先生の家に行って分りました。吃驚したけどあれだけ可愛い奥様達が居たら大変ですね……でも」
「でも?」
「ええ、私も先生みたいな彼氏が欲しいな」
エステルはつぶらな鳶色の瞳でルウを見詰めた。
ルウが好きだというのではなく単なる憧れのようだ。
「ははっ、それは光栄だが、もっと恰好良い彼氏を作れよ」
「先生は凄く恰好良いですよ。だけど私はやはり自分だけを見てくれる男性が良いから」
「ああ、頑張れよ」
エステルはやはり父親譲りの性格らしい。
それが良い方向に現れているとルウは思う。
「でも彼氏を作るより、まずは私、工務省入省目指して頑張ります! どんどんアンノウン召喚の特訓をしなくちゃ!」
「おお、その意気だ」
ルウの机の上に一体の古ぼけた仮初の人型がある。
にっこり笑ったルウはパチンと指を鳴らす。
すると何という事であろうか、机上の人型がぴょこんと立ち上がったのだ。
「うわっ、先生! こ、これって!?」
仮初の人型は飛び上がると見事に蜻蛉を切った。
空中で回転して着地もぴたりと決めた人型はぺこりとお辞儀をする。
「凄い……これ、先生のアンノウン。あの……無詠唱ですよね」
「ああ、そうだ」
ルウはまたパチンと指を鳴らす。
すると今度は軽やかに人型が踊り出した。
それはまるで踊りの名手が舞うような華やかさである。
召喚魔法のアンノウンと術者の関係は地道な積み重ねが必要であり、強い絆が求められる。
まだ半人前のエステルが見てもルウの召喚魔法の腕とアンノウンとの結びつきは並大抵のものではなかった。
仮初の人型の踊りは未だ続いており、エステルは目を輝かせてその華麗な舞を見詰めている。
気持ちを新たにした自分に贈ってくれた祝いの舞。
そんなルウの優しさがエステルには、はっきりと分ったのであった。
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