第48話 「策士」
立会人を変更しました。
アデライド⇒ジゼル組、ケルトゥリ⇒ルウ組にします。
週末……
ルウ、フラン組対、ジゼル・カルパンティエ、ナディア・シャルロワ組が勝負をする日がやって来た。
何と!
ここ数日のうちに、この勝負は、教師、生徒を含め学園中に知れ渡っている。
ルウ達やジゼルは、この勝負の事を一切言わなかった。
となれば、3人以外の何者かが、意図的に広めたに違いない。
それが誰なのか、ジゼルはすぐ知る事となった。
魔法武道部の生徒から聞いたのである。
今、ジゼルとナディアは『狩場の森』へ向かう馬車にゆられている。
ジゼル達が乗っているのは……
公的な定期便の馬車ではなく、カルパンティエ家が特別に手配した専用の貸切馬車であった。
「おい、ナディア、お前どういうつもりだ?」
ナディアが話を広めた事実を知ったジゼルは愕然とした。
何故わざわざひろめるのか、ナディアの意図が見えない。
ジゼルは、張本人のナディアを詰問する。
だが、ナディアは何処吹く風だ。
「うふふ、ジゼルったら、何言ってるの? 当然学園中に、君とボクの得る栄光の勝利を知らしめる為さ」
「わ、私は、そんなに派手にするつもりはない……」
「ノンノンノン。駄目だよ、ジゼル! ここでボク達の実力をしっかりアピールしておくのさ」
「私達の実力?」
「うん! 何せ勝負の相手は校長代理でボク等の立会人は理事長だろう? あの母娘に勝つ事でこの学園の主導権は生徒会が握る! こんなチャンスは滅多にないよ」
「この学園の主導権を握る―――のか?」
ナディアの弁舌は巧みであった。
その甘い囁きに、思わずジゼルは引き込まれた。
理事長と校長代理を抑えて、この学園の主導権を自分が握る―――
何と言う甘美な響きだろうと。
理事長母娘の力が弱まれば……
生徒会の様々な要求は、ふたりの家を含め、外部の色々な圧力も加わって通り易くなる筈。
そして自分は歴代生徒会長の中で、最も傑出した存在となるだろうと。
「成る程、さすがはナディア。私の為にありがとう!」
ジゼルはそこまで考えると、ナディアに悪戯っぽく笑いかける。
笑いかけられ、ジゼルにそれ以上の腹黒い笑みを返すナディア。
「ふふふ、栄光を君に!」
ナディアの言葉の裏には更なる企みがあるなど……
今のジゼルは知る由もなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジゼルとナディアが『狩場の森』に到着すると……
ルウとフラン、そして立会人であるアデライドとケルトゥリは既に現場で待っていた。
更に!
ナディアの宣伝が功を奏してか、教師や生徒など多くのギャラリーが勝負の始まるのを待っていたのだ。
「待たせたようだな!」
ジゼルの凜とした声が響き渡り、彼女は軽やかに馬車から降り立った。
続いてナディアもやや小柄な身体を馬車の外に現し、ジゼルに手を引いて貰いながら降り立つ。
ルウとフランが居るのを認めると、ナディアの鳶色で切れ長の眼は細くなり、口元には笑みが浮かぶ。
ちなみにルウとナディアは今回が初対面である。
「お前がナディアか? 大言壮語は時には身を滅ぼすぞ」
ルウが言い放つと、ナディアは挑戦的な態度で言葉を返す。
「やあ、貴方が校長の従者で新しい先生かい?」
「そうさ、俺がルウだ」
「ルウっていうの? ボクがジゼルのタッグパートナー、ナディア・シャルロワさ。貴方は先生だから一応敬意は払っておく。但し今の言葉はそのままお返しするとしよう。……それと!」
そう言うと、ナディアはルウへ怒りの目を向ける。
「ジゼルだけじゃなく、やっぱりボクにもお前って言ったね! ボクが勝ったら、しっかりと無礼な言葉遣いを改めて貰うよ」
「まあ、お前が勝てたらな」
「また言ったね! もしも負けたらボクの靴を舐めて貰うから、覚悟しなよ!」
アデライドはナディアがこの勝負を広めたらしいと聞き、何かがあると思ったが……
今の発言で完全に彼女の思惑を見通した。
一見、無礼なルウに対し、貴族令嬢であるナディアが怒るのは当然のように見える。
しかし、何気なくルウに屈辱的な事を要求し、認めさせた理由は、ジゼルではなく、自分の力をアピールする為なのだと。
一方、フランは今の約束をすぐ撤回させようとした。
負けたら、ナディアの靴を舐める!
そんな屈辱的な事を、教師であるルウにさせるわけにはいかないから。
だが、ナディアは慌てるフランを鼻で笑う。
「へぇ! 大人は約束をすぐ反故にするのかな?」
こう言われては……
フランも約束を撤回させる事など出来ない。
心配するフランに、ルウは穏やかな表情で頷く。
そしていつもの通り、告げた。
「まあ、任せろ」と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
午前9時……
イベールが2組のチームと立会人へ、改めてルールを説明して行く。
競技時間は昼を挟んで午後3時まで。
ポイント制で高得点を上げたチームの勝ち、つまりふたりのポイントを合わせた数字となる。
魔力が尽きたり、負傷して競技の参加継続不可能となった場合、その場でリタイア扱いとする。
リタイアの判断は立会人が行なう事。
また、公平を期す為にルウとフランの立会人はケルトゥリ、ジゼルとナディアの立会人はアデライドがやる事になっていた。
ちなみに立会人は、参加者の安全を守ると共に、不正を行なわない監視役も兼ねている。
出発の後先はコインの表裏で決められたが……
結局は、ジゼル組が先に行く事になった。
「ふん! では遠慮なく先に行かせて貰うぞ」
ジゼルは肩を聳やかして、ナディアは皮肉な笑いを浮かべながら指を左右に振る。
その後を……
苦笑し、首を僅かに傾げたアデライドが、こちらに手を振りながら歩いて行く。
3人は開け放たれた正門から森の中に消えて行った。
少し間を置いて……
ルウ、フラン、そしてケルトゥリが出発する。
正門が完全に閉められると、ケルトゥリが悪戯っぽい笑みを浮かべ、ルウの脇腹を突いた。
ケルトゥリの馴れ馴れしい態度を見て、フランの表情に不快の影が差す。
脇腹を突かれたルウも苦笑し、言う。
「おい、何だよ、ケリー?」
「いえね、こんな勝負、本当に茶番だと思ってさ」
「茶番?」
今度はフランが不思議そうに聞く。
「馬鹿ね! 分からないの? もう! こうなったら、腹を割って話そうじゃない。あんたをフランシスカって呼んでいいかしら? 私の事もケリーで良いから」
ケルトゥリはフランの方に向き直ってざっくばらんに言い放つ。
「じゃあ、私の事もフランで良いわ」
「分かったわ」
フランから愛称で呼ぶ事を持ちかけられて、ケルトゥリは同意したと頷いた。
こうなるとフランも遠慮なく話しかける。
「でも、ケリー。貴女は学園の中での気難しい表情が、ルウの前だと全然違うのね」
いまだに態度が一変したケルトゥリに戸惑うフラン。
だが、ふと相手にそう聞くと、とんでもない答えが返って来た。
最近のフランの前向きさが以前とはまるで違っている事を、彼女自身が気付いてはいなかったのだから。
「それ、そのままあんたに返してあげるわ。そもそも自分の渾名って知っているの?」
「私の渾名? 渾名って何?」
「鉄仮面よ!」
ケルトゥリの容赦ない指摘にフランは呆然とし……
さすがのルウも俯いてしまったのである。
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