第477話 「進路相談⑩」
魔法女子学園実習棟2階ルウ・ブランデル研究室水曜日午前10時前……
2年C組、本日最初の進路相談者はミシェル・エストレである。
ミシェルは物心ついた子供の時からある女性騎士に憧れていた。
その人物とは女傑とも鉄姫とも呼ばれ、かつてその武勇と魔法の才能を謳われたヴァレンタイン王国史上最強の女性魔法騎士シンディ・オルブライトだ。
幼い頃から優れた魔法使いとして評判であり、成長するに従い女性らしからぬ膂力を誇った剣技と併せてヴァレンタイン魔法女子学園では彼女が入学した当初から有名な存在であった。
シンディは魔法女子学園を首席で卒業後、当時では珍しい女性魔法騎士としてヴァレンタイン王都騎士隊に入隊するとあっと言う間に頭角を現していく。
やがて女性だけの王都騎士隊が創設されると、群を抜く実力でその中心メンバーになり、最後はヴァレンタイン王家第一王女の護衛まで務め上げた。
その後、王都騎士隊のエース、キャルヴィン・ライアン伯爵と恋愛結婚し、華麗に寿除隊。
男尊女卑の傾向があるヴァレンタイン王国としては余りにもイレギュラーな生き方に多くの女性が憧れたのだ。
皆が憧れた女性の理想の生き方を幼いミシェルは母や周りの女性から散々聞かされたのである。
そうなると憧れない方がおかしかった。
結局ライアン伯爵との間に一子を儲けたシンディは子育てが落ち着くと、騎士には復帰せず、後輩を育てるという趣旨で母校ヴァレンタイン魔法女子学園の教師となる。
かつてのシンディ・オルブライトは現在魔法女子学園主任教師シンディ・ライアンとして、勤務するに到っているのだ。
シンディが魔法女子学園に教師として在籍していると知ったミシェルは絶対に同学園に入学しようと決意する。
それは同時にシンディが先鞭をつけた王都女性魔法騎士を目指す決意に他ならなかった。
女性魔法騎士を目指すのを更に後押ししたのが、シンディの再来と言われた1年先輩の才媛ジゼル・カルパンティエだ。
ジゼルの存在はミシェルにとって現実感のある身近な目標と第2の憧れの存在、両方の誕生でもあった。
ミシェルは魔法の才を磨き、剣技の稽古に励む傍ら、魔法女子学園の情報を収集し、入学したら魔法武道部に入るという明確なビジョンを持ち、難関を突破して魔法女子学園に入学したのである。
「ミシェル・エストレ、入ります!」
ルウの研究室をノックし、入室の許可を聞いたミシェルは声を張り上げた。
何と言っても騎士志望、そのような受け答えが既に身についている。
「うふふ、いつも元気ね!」
「ミシェル、気合が入っているな。まあ座れ」
「失礼します!」
ルウから肘掛付き長椅子を勧められたミシェルは一礼してからすっと座る。
こんな立ち居振る舞いも彼女はぴしりと筋が通っていた。
「ええっと、早速進路相談に入るわね。ミシェルさんは王都騎士隊志望……そうだったわね」
「はい! フランシスカ先生の仰る通り、王都騎士隊入隊希望です!」
「水属性の攻撃、防御魔法とも課題クリア、召喚魔法も使い魔召喚済みで課題クリア……と、問題無く順調ね」
フランがそう言うと珍しくミシェルの表情に影が差す。
そしてぽつりと話し出した暗い口調は彼女が悩んでいる証拠であった。
「……実は悩んでいます。先生達だから告白しますが……私は自分の欠点を良く知っています」
「欠点?」
自分に欠点があるというミシェル。
ルウとフランはじっと彼女を見詰めた。
「はい、欠点です。私は……小心者なのです。実は弱い女なのです……騎士としては不適格者なのです」
小心者と自分を卑下するミシェルにいつもの面倒見の良い明るい少女という面影は消えていた。
相当に深く悩んでいるようだ。
フランが改めてミシェルに問う。
「何故、そのように思ったの?」
「はい! 以前理事長のお屋敷でルウ先生とジーモンさんの戦いを見て足が竦みました。というかまず敵を何百人も殺したと言うジーモンさんを見て私は怯えたのです……その時一緒に居たジョゼには呆れられましたが……」
※第72話参照
フランは鬼のように怖ろしいジーモンを思い浮かべて苦笑した後に、ミシェルを労った。
「普通の女の子はあの人を見たら怖がるわ。無理もないのよ」
しかしミシェルは自分が恐怖を感じた事実を許せなかったようだ。
「いいえ、後から考えると私は自分が情けなかったのです。このような事で騎士が務まるのか? 誉れ高き王都騎士隊の名を汚すような子は騎士になろうと考えるのもおこがましいのではないか、と」
ミシェルはそこまで言うと「ふう」と深く溜息を吐き、俯いてしまった。
それを見ていたルウはフランに目で合図を送った上でミシェルの名を優しく呼んだ。
しかし彼女は俯いたままである
ルウは構わずそんなミシェルに語り掛けた。
「無鉄砲な勇気は蛮勇とも言う。どんな敵をも怖れず進む勇気はとても味方を力付けてくれる」
「…………」
「だが小心から生まれる勇気もある。その勇気は戦場で皆を守れるくらいの強さがあるのだ」
「え!?」
ルウが言った事は真逆に聞えるが、却って新鮮でミシェルには興味が湧いて来た。
「俺はな、ミシェル。自分の弱さを本当に認め、受け入れられる者が真の強者だと考えている。何故か? それはな、自分の弱さを受け入れられる者はその弱さをいずれ自分の強さに変える事が出来るからだ」
「自分の弱さを……自分の強さに」
ミシェルはルウの言葉を噛み締めるように繰り返す。
そんなミシェルにルウは話を続けた。
「自分が単に弱いと思う人間はたくさん居る。問題はそこからだ。本当に弱いと認めれば、自分を客観的に見る事が出来るからだよ」
「客観的に……ですか?」
「ああ、そうだ。そうなったら人間は強い。自分の至らなさが見えればそれを克服しようとする。いや出来るんだ」
「…………」
「考えてみろ。他人から自分の欠点や弱さを指摘されても中々受け入れる事は難しいが、自分からなら未だ素直に受け入れられるからだ」
「私、分かるような……気がします」
確かにそうだとミシェルは思う。
性格など簡単には変わらない。
他人から言われれば悔しいし、傷つくのは当然だ。
「話を戻そうか。ところで小心者とはどんな人間か? 腰抜け? 意気地なし? 怖がり? 臆病者? いろいろな蔑み方がある。聞くに堪えない言葉ばかりだ。俺だって凄く落ち込むさ」
ルウはそう言うと屈託無く笑った。
ミシェルもつい釣られて一緒に笑う。
そしてルウと一緒に笑っていると独りで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなって来たのだ。
「しかし臆病さは、慎重さの裏返しだと考えたらどうだ? お前はじっくり考えて答えを出す子だ。自信を持て! 慎重さがお前の強い武器なんだよ……でもそれだけじゃあない」
「それだけじゃあ……ないのですか?」
「おお、模擬訓練に入ればお前の戦いぶりはジゼルやシモーヌにも劣らないぞ。大胆さと慎重さが上手く同居した絶妙のバランスだ」
バランス!
以前、ルウが大切だと強調したものであった。
自分にはそれがある!
ミシェルは重く悩んでいた気持ちが軽く、更に強くなって来るのを感じていた。
「バランスですか! 確かに戦いになってしまえば割り切って戦っていますものね。ああ、だから私を対抗戦のメンバーに選んで頂いたのですね?」
目の前のルウが自分を対抗戦に選んでくれた理由。
それを実感したミシェルに自信が少しずつ湧き上がって来る。
自信を裏付けてくれたのがルウの言葉であった。
「大当たりだ。お前がもし部下を引き連れた指揮官だとしたら、お前は部下達を戦場で無駄死にさせない有能な指揮官になると思うぞ」
「本当ですか! 私、小心者の自分をしっかりと受け入れます。そして改めて目標に向って頑張ります」
晴々と笑うミシェルは一時期は見えなくなっていた自分の将来のイメージがまた見えるようになったのであった。
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