第473話 「前祝い」
魔法女子学園キャンパス正門前、火曜日午後12時過ぎ……
正門の脇に1人佇む少女がいる。
茶色の髪を肩まで伸ばし、大きな鳶色の瞳を持つ小柄な少女。
2年C組のセリア・ビゴーであった。
その瞳に映る男性の姿がある。
セリアは嬉しそうに手を振った。
「ああ、先生!」
「おう、済まん! 直ぐ出掛けよう」
今日の昼休み以降、ルウに誘われたセリアは支度をして待っていたのである。
学園に対して、授業中の外出許可はルウが申請して取ってくれた。
セリアは最小限だけの物を持って身ひとつで待っていたのである。
魔道具製作のプロになれる可能性がある!
セリアにとってルウの言葉はずっと閉塞感のあった自分の学生生活に暖かい陽を当ててくれたのだ。
その上、午後は彼が王都の様々な店に連れて行ってくれるという。
セリアにとってはまるで天にも昇る気持ちであった。
ちなみに彼女は今迄身内以外の男性と2人きりで出掛けたことなど無い。
そこでセリアは自分にとっては一世一代の大仕事とも言える大胆な事をしようと決心したのである。
それは……
「ルウ先生、て、手を繋いで頂けませんか?」
「おう!」
おずおずと差し出したセリアの小さい手はそれほど大きくはないが、ルウの骨太ながっちりした手にしっかりと掴まれたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間的にはお昼休み真っ只中なので当然の事ながら、中央広場は混雑していた。
ぐうう……
セリアのお腹がふいに鳴った。
え、えええっ!
私のお腹ったら、こんな時に鳴るなんて!
なんて、お馬鹿なの!?
しかしルウはにっこり笑うとセリアの手をぎゅっと握った。
「悪い! 俺、腹減ると直ぐ鳴るんだ。どこかで食べような」
な、何!?
お腹鳴らしたのは、私なのに……ルウ先生……
「セリア、今日のお昼はお前が魔道具製作のプロになると決意した前祝をするぞ。折角だから飯とお茶とは別々にしようと思う。 ちなみに飯は美味しさ優先で行くからな。……って、お前、好き嫌いはあるか?」
「あ、ありません! 好き嫌いなんかありません!」
「おう、いい子だ。じゃあ行くか!」
ルウはぽんとセリアの頭を軽く叩いた。
そしてぐいっと彼女の手を引くと勝手知ったる例の店へ連れていったのである。
5分後――
「ここ……ですか?」
セリアは目を大きく見開いていた。
やはり今迄この店に来店した事の無い、常識的な女の子であれば基本的に同じ反応をするであろう。
その店は看板自体が木を製材せずに丸太を割ってその表面に焼印を押したような武骨な物だ。
ルウがセリアを連れて行った店、それはやはり『英雄亭』であった。
いわゆる冒険者や庶民向けの居酒屋である。
大きく開け放たれた店の入り口からは昼間だというのに喧騒が洩れていた。
「ああ、フランとも来たし、エドモンの爺ちゃんも美味そうに食べてたぞ」
「フランって……校長先生とこの店に? エ、エドモンの爺ちゃんって? あ、あの!?」
セリアはいきなり2人の名を聞いて驚いた。
そしてルウと2人がこの店で食事をするなど想像もつかなかったのである。
ルウは口が滑ったかというように苦笑し、それ以上追及するなという微妙な雰囲気で笑う。
「ははっ、何でも無い。まあ騙されたと思って食べてみてくれよ」
「は、はあ……え~と……」
食べれば分るというルウにセリアは訳が分からず可愛く首を傾げていた。
30分後――英雄亭店内
「おおお、美味しい~!!!」
セリアにとっては食べ慣れない趣の料理であった。
良く言えば、見た目が野趣溢れている料理過ぎるのだ。
なかなか手が出なかった彼女もルウが食べ始めて、空腹がピークになるともう我慢が出来なかった。
それが、今では!
セリアは大人しい淑女予備軍の仮面をかなぐり捨てて、ひたすらがつがつと食べているのである。
そんな彼女をルウは目を細めて眺めていた。
「ははっ、この店の後にとっておきのお茶をしに行くからな。少し抑え目でいけよ」
「だってぇ……凄く美味しいんですもの…って、でも……そのお茶……入るかしら」
料理を口一杯に頬張りながら悩むセリア。
だがルウの言葉を聞いた瞬間、持っていたフォークを取り落としそうになった。
「ははっ、金糸雀のカフェに特別予約を取ってあるんだ。あの店の焼き菓子はいけるぞ」
「え、ええっ!? 金糸雀って、あの金糸雀ですか!?」
「ああ、あの金糸雀さ」
金糸雀と聞いて、思わず聞き直すセリアであったが、ルウがはっきり店の名前を告げると唸り出してしまったのだ。
「ううう……」
「どうした? セリア、お腹でも痛いのか?」
「ち、違います! っていうか駄目です! これじゃあ私……太っちゃいますよぉ! ルウ先生、そうなったら責任取って下さいね」
「ははっ、食べ終わってひと息ついたら行くぞ」
何気に言質を取ろうとするセリアを飄々とした態度でいなすルウ。
やはりセリアよりはルウが何枚も上手である。
「あう! ルウ先生の意地悪!」
言質を取れなかったセリアはついルウに甘えてしまうのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
30分後――金糸雀、カフェコーナー
「ふうう~、やっぱり金糸雀のお菓子は滅茶苦茶美味しいですね」
「おお、最高だな」
ここは菓子店金糸雀の一角にあるカフェコーナー。
ルウが予約を取って陣取った甘党の2人はここで舌鼓を打っていたのである。
焼き菓子を頬張っていたセリアがふとルウを見る。
その眼差しは真剣だ。
「ルウ先生……」
「おう!」
「先生は気付いたかもしれませんけど、私って身内以外の男性とこうやって出掛けて食事をするなんて生まれて初めてなんですよ」
「そうか」
男性と2人で食事をした事が初めてだと告白したセリア。
しかしルウは素っ気無く返事をする。
落ち込んでいたセリアに元気が出た事を見極めたら、敢えて突き放している感がなくもなかった。
そんなルウの気持ちが分るのか、セリアは本当に嬉しそうだ。
「はい! とても楽しかったので……私、これから一生懸命頑張れます。でも誰とでも楽しいってわけではないんです。相手がルウ先生だから……特別に楽しいんです」
「そうか……ありがとう」
「ルウ先生だから」とさり気に伝える所にセリアの気持ちが篭もっていたが、肝心のルウの返事は相変わらずである。
しかしセリアは今日が新たな出発の日としてルウが前祝いをしてくれたと悟ったのだ。
だからこそ新たに誓いを立て、ルウに約束をして欲しいと頼んだのである。
「はい! 私、これから頑張って勉強して先生の仰ったプロの魔道具製作者を目指します。先生には既にフランシスカ先生もジョゼも居ますけど、私が1人前になった時、改めて向き直って頂けますか?」
「……分った! 頑張れよ!」
セリアの真摯な気持ちを受け止めたルウは大きく頷いて彼女にしっかりと約束をしたのであった。
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