第472話 「進路相談⑨」
モニク・アゼマが何度もお辞儀をして去り、次に現れたのがこれまたかつてのジョゼフィーヌの取り巻きの1人メラニー・バラボーである。
「宜しくお願いします!」
深く一礼をしてルウとフラン双方の顔を見渡したメラニー。
「この場は進路相談ですから本当は学園絡みの話じゃあないといけないと思うのですが……」
メラニーの含みのある言葉を聞いたフランは思わずルウの顔を見詰めたが、彼は分かっているといったように穏やかであった。
成る程!
旦那様は魔力波読みでメラニーの気持ちが分るのね?
フランは改めてメラニーに向き直る。
メラニーは一瞬、逡巡したようであったがルウとフランの顔をもう1度見詰めなおすと意を決したように話し出す。
「私、実は憧れている人が居るのです」
「憧れている人?」
いきなりの告白にフランは驚いて目を丸くした。
「はい! ルウ先生ほど強くはありませんけど……」
そう言いながらもメラニーは少し頬を赧め、夢見る乙女の表情である。
「先日、どうしても購入しなければならないものがあって召使いの女性と一緒に王都へ買い物に出掛けたのです」
メラニーが言うには目的のものを無事に購入出来ていざ自宅へ帰るという時だったらしい。
「中央広場を歩いている時でした。人相の悪い冒険者の一団が現れて、私に因縁をつけて一緒に居た召使いと共にどこかへ連れて行こうとしたのです」
そう言いながらメラニーはぶるぶると身体を振るわせた。
事が収まり、今だから安心して話せるとしてもその時は余程、怖かったのであろう。
ただメラニーの家は代々騎士を務める家柄であり、以前聞いた限りでは彼女も女性騎士志望であった。
当然、武技の嗜みもあり、一応抵抗はしたようだ。
「私も騎士の娘です。最初の1人は何とか撃退出来たのですが、相手は10人も居ました。こちらは女2人ですから多勢に無勢でした」
周囲に人は居たが皆、見て見ぬ振りだったらしい。
「大声を出しましたが、普段は居る筈の騎士や衛兵は中々来てくれませんでした。私は本当に身の危険を感じました」
そこに現れて助けてくれたのが件の男だった。
「その人はどこからともなく颯爽と現れて『この娘さん達に何をする!』と叫びながら、男達から守るように私達の前に立ち塞がりました」
メラニーの話によるとルウと同じくらい大柄で茶色の短い髪をした強面の『おじさん』だったという。
それを聞いたルウはにこっと笑う。
どうやらその『おじさん』に心当たりがあるようだ。
「そうか! それで?」
話の続きを促すルウにメラニーは王国のある法律の事を言い、顔を顰めた。
「こういった場合、王国には正当防衛云々の法律があります。もし襲われた私達を守ったとしても相手に怪我をさせ過ぎてはいけないというありえない法律です」
部下らしい若い男を引き連れた男はメラニーを連れ去ろうとした冒険者の一団を挑発して剣を抜かせたらしい。
「そうなったら、文句無く正当防衛が成立です。殺されるのを防ぐ為に相手を戦闘不能にする。場合によっては……という事になりますから」
でもと……メラニーは言う。
「その人……凄く強い人でした。剣など使わずに何と素手で部下の人と2人で戦って相手全員をあっという間に倒してしまいました……凄かったです、頼もしかったです」
おじさんであれ、王子様のような男性の登場だったのだ。
メラニーの感動はとても大きなものだったに違いない。
「冒険者が倒されると、私はその人に駆け寄りました。そして大声で泣きながら御礼を言いました。そうしたら綺麗なハンカチを渡されてこれで涙を拭くように言われたのです」
なおも泣きながら御礼を言うメラニーに相手の男は事も無げに答えたという。
「仕事だからって……この王都で貴女みたいな人が安心して買い物が出来るようにするのが仕事ですって! 風貌は怖くて、言い方はぶっきらぼうでしたけど……とても優しい人なんだなぁって直ぐ分かりました」
メラニー達を守った男はいくら彼女が名前を聞いても名乗らなかったらしい。
何とかお名前だけでも……そんな押し問答をしていたらやっと衛兵隊が来てくれたという。
男は衛兵隊の隊長へ理由を話して犯人達を引き渡したそうである。
「彼はそういった処理も手馴れている感じでした。相手も殺さずただ気絶させただけのようで……そして気が付いたら私達の前から消えていたのです」
慌てて周囲に居た人達に彼の事を聞いたら結構な有名人だったそうだ。
「鋼商会の会頭、リベルト・アルディーニさんって人だそうです」
それを聞いたルウは僅かに微笑んだ。
彼の予想はぴったりと当たったのである。
鋼商会という名に聞き覚えの無かったメラニーは色々と調べたようだ。
そして鋼商会がかつて鉄刃団と呼ばれた愚連隊であった事、今は真面目に仕事をして人々に信頼されている事などを知ったのである。
「年齢は絶対に30才以上のいかつい『おじさん』なんですけど……その日以来、とても憧れています」
メラニーはリベルトに憧れると同時に彼の『仕事』にも大きな意義を感じたと言う。
「私の父は騎士で普段は王宮で上級貴族の警護をしていますが……だけど本来守るべきものって弱い庶民じゃないのかって……」
メラニーの中でその思いはどんどん大きくなっていったようだ。
「私も女性騎士になって人々を守ろうと思っていたのですけど……考えが変わりました。彼のように本当に守るべき人を守れるような仕事をしたいって!」
メラニーは場所こそ王都だが、かつてライアン伯爵の息子ジョナサンが楓村で知ったのと同じ思いを持ったようである。
メラニーの話を聞いたルウとフランは彼女を褒めた。
「メラニー、お前はまたひとつ大人になったんだな」
「ルウ先生の言う通りね。私も偉いと思うわ」
「うふふ、おふたりに褒められると嬉しいです。で、相談なのですが……」
メラニーはここで大きく深呼吸をした。
何か、大きな告白をするようだ。
フランがルウを見ると腕組みをして目を閉じている。
「私……あの人みたいになりたい! 出来れば私、鋼商会に入りたいのです!」
「え! ええっ!」
驚くフラン。
そんなフランの傍らでルウは目を閉じたままじっと考え込んでいたのであった。
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